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目が覚めると、すでに昼を回っていた。

空はだいぶ気分が良くなっていることに安堵し、ほっと息を吐く。


昨夜は突然発情期が来てしまい、すごく焦った。予定ではまだ1週間は先のはずだった。今まではここまで大幅にずれることはなかったし、職場や家など、長時間いるところには薬を常備していたので、普段あまり薬を持ち歩かないのが仇となってしまった。


「志岐⋯?」


空は部屋の中を見回す。志岐の姿はなかった。

初めて来た志岐の部屋。昨日はあんな形になってしまったが、今更ながらドキドキしてくる。


「あ、空。起きた?」


部屋のドアが開いて志岐が入ってくる。


「気分どう?」

「だいぶ良くなった。あの⋯」

「うん?」


空は頰を赤く染めてちらちらと志岐の顔を覗き見る。


「ごめんなさい、迷惑かけて⋯」

「迷惑なんかじゃないよ」


そっと頭を撫でられた。そうされるとなんだかすごく安心して、ふっと口元が緩む。


「んーと、ゆっくり話したいこともあるんだけど、とりあえずそれは今度にしよう。空、お腹空いてない?」

「あんまり⋯」

「そっか。じゃあとりあえずこれだけ」


志岐はそう言って、空のサイズの水のペットボトルを渡してくれる。


「飲んだら家送ってくよ」

「うん。ありがとう」


ペットボトルを開けると、空はゆっくり時間をかけてそれを飲み干した。



   ✦✦✦


数日後、発情期の期間も過ぎ、すっかり体調が戻った空は、鼻歌を歌いながらベランダで洗濯物を干していた。


「あ、空、もう体調いいの?」

「匡。うん、もうすっかり」


匡は隣の部屋に住む友人だ。空と同じΩで、普段から色々相談に乗ってもらっている。


「花火大会行くっつって帰ってこないから心配した。次の日帰ってきたと思ったら寝込んじゃうし」

「ごめん」

「別に謝ることじゃないけど。そっち行っていい?」

「うん」


ベランダからいったん部屋に入った匡は、すぐに空の部屋のチャイムを鳴らしてきた。


「おじゃましまーす」


勝手知ったる空の部屋で、ソファに座って持ってきたジュースを開ける。空にも1本渡してくれた。


「発情期ずれるなんて珍しいじゃん」

「⋯うん」

「あれか、あいつが原因か」

「わかんない、けど⋯」


発情期は精神面に大きく影響するらしく、精神的に不安定だと周期が乱れることが多い。けれど、あの日は精神的に不安定だったとは思えない。あの日だけではなく、ここしばらく空は、花火大会が楽しみでずっと浮き足立っていた。


他に原因があるとすれば、志岐といつもよりも長い時間一緒にいたことだ。好意を持っている相手と一緒にいると、発情期が早まることがあると聞いたことがある。


「まあ俺は別に、空が誰と付き合おうが知ったこっちゃないけど」

「匡はそう言うと思った」

「相手があいつだからって言うのもあるけどな〜。なんていうか、無害って感じ」

「なにそれ」


匡の言うことに笑いながらも、少しわかるかもと空は思った。


志岐に初めて会ったのは、仕事を始めてしばらくたってからだった。


最初は志岐も、仕事で顔を合わせるだけの人間のうちの1人だった。けれど、1度空たちがクレーンで荷解きの作業をしているのを見てから、仕事を手伝ってくれるようになった。


食事に誘われるようになったのは、ちょうどその頃からだ。


最初は、ただ自分と友人として仲良くなりたいだけだろうと思っていた。けれど匡から、あの人は絶対に空のことが好きだと言われ、変に意識するようになってしまった。

そんな風に思って見ると、本当に好かれているように思えてきて、気付けば空の方が志岐のことを好きになっていた。


匡が部屋に戻ってからも、空は志岐のことを考え続けていた。


あの夜、好きだと言ってくれたのは本心だったのか、それとも、発情期に入ってしまった自分を気遣ってくれただけなのか。


あの日以降、志岐には会っていない。ゆっくり話したいと言っていたけれど、何について?

明日からまた仕事に戻る。そうすれば、また志岐に会えるだろうか。


早く会いたい。空は志岐の連絡先を聞いていないことに今更思い至って、次に会ったら必ず聞こうと心に決めた。


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