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花火大会の当日、志岐は門の前まで空のことを迎えに行き、一緒に会場へ向かった。
志岐たちは彼らの町の中に入ることは出来ないが、逆は何の問題もなく、空たちセカンドは自由に出入りが出来る。
けれど、そのまま町中を歩いていると踏まれたりする恐れがあるので、大抵専用の乗り物に乗って移動している。目立つように旗やライトなどが付いていて、普通の人が歩く程度のスピードが出る。
おそらく花火大会に行くのだろう。いつもよりも、そんな乗り物に乗って移動するセカンドが多かった。
志岐はいつものように空のことをポケットに入れて、会場までの道を歩く。
「中、暑くない?」
「うん。気持ちいい〜」
ポケットの中には一緒に保冷剤も入れてある。今日はかなり暑かったので、すでに夕方ではあるが、しっかり対策をしないと熱中症になりそうだ。
空は、タオルで巻かれた保冷剤に頰をくっつけて見上げてくる。いつも以上に可愛く見えた。
「空、何食べたい?」
「うーん、からあげ」
「じゃあとりあえず、からあげと、綿あめと、あと焼きそばとたこ焼きだな」
「食べ過ぎじゃない?」
若干呆れられたが気にせず全部買って、事前に見つけておいた穴場スポットへ向かった。
穴場とはいっても、そこそこ人は多い。
花火が始まる時間になると、志岐は空のことを肩に乗せ、空の腰に付けたセーフティベルトの端を自分の手首に巻き付けた。こうすることで、万一肩から落ちてしまっても、空が地面に落ちることはない。
「しっかり捕まっててね」
「うん」
周りを見ると、同じようにセカンドを肩に乗せている人がちらほらいた。おそらく皆、友人か恋人か、夫婦だという人もいるかもしれない。
一昔前は迫害や差別もあったが、今はこうして共存することが出来ている。志岐は無意識に笑みを零した。
「あ! 始まったよ」
花火が始まると、空はうっとりと夜空に輝く光を見つめていた。
「すごい、綺麗⋯」
所詮は田舎の花火大会なので、そんなに数は多くない。それでも、初めてだった空にとっては心に残るものになったようだ。
「志岐さん、ありがとう、連れてきてくれて」
「どういたしまして。俺もすごい楽しかった」
「また来年も来たいな」
「また来ようよ。来年と言わず、他にもあちこちであると思うよ」
「⋯うん」
肩から下ろすと、セーフティベルトを外して再びポケットに入ってもらう。皆が帰路につく流れに乗って、志岐たちも家へ向かった。楽しい時間はあっという間だ。
言葉数が少ない空に、同じように寂しく思ってくれているのかと思って視線を向けると、ふと様子がおかしいことに気が付いた。
「空?」
「⋯⋯っ、」
「どうした? 気分悪い?」
空はぐったりした様子で、時折辛そうに息を吐く。明らかに具合が悪そうだった。
「だ、いじょうぶ。あの、もう1人で帰れるから、降ろして⋯」
「何言ってんの。そんなんで置いていけるわけないだろ」
顔が赤い。熱中症だろうか。さっきまで元気だったし、帰る前に保冷剤を交換したので、それほど暑くないはずなのだが。
額に触れようとすると、空はビクっと震えて顔を隠した。
「やっ⋯」
「空?」
その反応に、志岐はハッと原因に思い至る。
「空、うちすぐそこだからもうちょっと頑張って。揺れるの平気か?」
「ん⋯」
小さく頷くのを見て、志岐はなるべく揺らさないよう注意しながら家へ急いだ。
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家に着くと、ベッドの上に空を降ろす。空は保冷剤を巻いていたハンドタオルを抱き締めたまま横になった。
「それ、冷たくない?」
志岐が取ろうとすると、ぎゅっと抱き締めたまま首を振る。
「だめ⋯、志岐、の、匂いする⋯」
「えっ!?」
確かにいつも汗を拭いたりもしているハンドタオルだが、ちゃんと洗濯したのに臭うのだろうか。
空も恥ずかしいことを言ってしまったと思ったのか、ますます顔を赤くした。
「空、大丈夫? 何かして欲しいことあるか?」
空のこれは、おそらく発情期が来たせいだ。時期的にまだ大丈夫だと言っていたが、何らかの理由で周期がズレたり、突然やってくることもあると聞く。
薬を飲めば大したことはないと以前話していたが、今日はどうやら持っていないようだ。
そっと背中を撫でると、服の上から触れただけでもビクっと過剰に反応した。
「ぁ⋯、志岐、さ⋯」
潤んだ目を向けられて、志岐は唾を飲み込んだ。Ωの発情期はフェロモンが出るらしい。セカンドにしか効かないはずだが、好きな人のこんな様子を見てしまって、理性を保てるわけがなかった。
「空⋯」
志岐の纏う空気が変わったことに気付いたのか、空はふるふると首を横に振った。
「や⋯、志岐さんっ、だめ⋯」
「なんで? 空がして欲しいこと、なんでもしてあげるよ」
至近距離で囁くと、吐息がかかるだけでも感じるのか、小さく身体を震わせる。
「だめ⋯、志岐さんに、嫌われたくない⋯っ」
「ばかだな。嫌いになんかなるわけないだろ」
「っ⋯」
剥き出しの腕に指先で触れると、息を呑んで見上げてくる。
「ぁ⋯」
「言って。どうしてほしい?」
「⋯っと、さわって⋯」
耳を澄ませてやっと聞こえるくらいの声で、空は呟いた。それでも、志岐の耳にはちゃんと届いて、ふっと笑みを浮かべる。
頰を撫でると、目尻に溜まっていた涙が溢れた。発情期のせいだろうが何だろうが、この際どうでもいい。
「かわいい。大好きだよ」
「ぅ⋯、志岐さ⋯」
「志岐でいい。さっきみたいに、呼び捨てで呼んで」
「志岐⋯」
出来ることなら、ぎゅっと強く抱き締めてキスしたかった。それが出来ないのがもどかしい。
「空⋯」
頰を撫でながら甘い声で囁くと、空は蕩けたように力を抜き、そっと目を閉じた。