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登場人物

日下部くさかべ 志岐しき

大島おおしま そら


   ✦✦✦


目の前にカラフルな可愛らしい建物が見えてきて、トラックを運転していた日下部志岐はゆっくりとブレーキを踏んだ。


まるで遊園地のアトラクションのようなその建物は、フェアリーシティと呼ばれる小さな町の入口だ。


志岐は門の前に車を停めると、受付のベルを押した。


「はーい」


すぐに中から返事が聞こえてきて、志岐の前に、小さな、身長20センチくらいの人間が現れた。


「志岐さん、こんにちは」

「お疲れ様、空。今日の配達分持ってきたよ」


伝票を専用の端末に入れると、空と呼ばれた彼は、これまた小さなパソコンで慣れた手付きで処理を始める。


ここは、空のような、まるでおとぎ話に出てくる小人のような人間達が住む町だ。フェアリーシティなんて安直この上ない名前が付けられているが、それはつまり、それだけ歴史の古い町でもあることを示す。それこそ、彼らのような人たちを、妖精だと思っていたような時代の。


彼らはサイズが小さいだけで、知能は人間と変わらない。今ではセカンドヒューマン、通称セカンドと呼ばれている。


「門を開けたので、トラック中に入れてもらっていいですか?」

「おう」


志岐は車に戻ると、エンジンをかけて門の中へ入っていく。

志岐の仕事は運送業で、数日に1度、この町に荷物を運んでいた。


積荷を下ろすと、梱包を解いて箱を1つずつ所定の場所に置いた。そうしていると、空がトコトコとやって来る。


「荷解きもしてくれたんですね、いつもありがとうございます」

「全然いいよ。俺がやっちゃった方が早いしね」


本来なら、志岐の仕事は荷物を運び入れるまでで、梱包まで解いてやる必要はない。けれど、普通の人間が用意した荷物は、小さめにしてあるとはいえ彼らにはすごく大きいし、以前、クレーンのような機械まで使って荷物を整理しているのを見てからは、出来る限り手伝ってあげるようにしていた。自分がやれば10分とかからず終わるような作業なのだ。


「よし、終わり」


全ての作業を終えると、志岐はしゃがんで空に声をかける。


「今日は仕事はいつも通りに終わる?」

「はい」

「じゃあ迎えに来るから、終わったらご飯食べに行こうよ」

「え、でも⋯、わっ!」


背中に手を回すと、空を手の平に座らせて立ち上がる。落ちないように背中を支えてやると、小さな手で志岐の指につかまってきた。


正面から見つめると、空は僅かに頰を染める。


「だめ? 行きたくない?」

「行きたい、けど⋯」

「じゃあ行こ」

「ん〜⋯」

「行くって言うまで降ろさない」

「そんなあ。⋯行きます」

「よし」


良い返事を聞けたので、地面に降ろしてそっと頭を撫でると、空ははにかむように笑った。多少強引だが、空は遠慮しているだけで、行きたいが本音なのがわかっているので問題はない。


「じゃあ、後で迎えに来るね」

「⋯うん」


志岐は車に戻ると、残りの仕事を片付けるため、次の目的地へと向かった。



   ✦✦✦


セカンドの人々は、基本的に集落を作ってその中で暮らしている。集落の中へは、普通の人間は入ることは出来ない。

志岐も、仕事で入口までは行っているが、それ以上は入れなかった。


学校も別々だが、大学になると、普通の人とセカンドとどちらも通える大学もあり、仕事も一緒に行っているものもある。志岐が空に出会ったのも、この仕事を始めてからだった。


空とは何度か今日のように声をかけて、一緒に食事に行っている。今のところただの友人のような立ち位置だが、志岐が好意を持っていることはなんとなく伝わっているようで、それについて、空の方もまんざらでもなさそうな雰囲気だった。


仕事を終えてから、空のことを迎えに行く。空は門の前で待っていた。


「お待たせ。何食べたい?」

「んー、中華」

「りょーかい」


空に上着のポケットに入ってもらい、近くにある中華料理屋に向かう。この辺りには、人間とセカンドのどちらも利用出来る店が多く並んでいた。

といっても、経営者のほとんどが普通の人間なので、セカンドだけが利用すると言うよりは、志岐たちのように、一緒に入るための店という感じだ。


席に着くと、テーブルの上に更に小さなテーブルと椅子が置かれていて、空はそこに座った。


食事をしながら世間話をしていると、ふと、空が壁に貼ってあるポスターをじっと見ていることに気付く。花火大会のポスターだった。


「ああ、今月末のやつか」

「花火⋯」

「もしかして見たことない?」

「うん」


空は仕事中は敬語で話しているが、2人になると敬語が外れる。そんな小さなことですら嬉しく思っている自分がいた。


「そっちで花火大会とかないんだ」

「俺たちのところはないよ。他の町はわかんないけど」


花火大会の日は仕事は休みだ。土曜なので空も休みだろう。

この辺は田舎とはいえ、お祭りともなれば人も多い。セカンドだけで行くのは危ないし、来たところで人混みで結局見えないだろう。


「じゃあ、一緒に行く?」

「⋯いいの?」

「もちろん。月末は外出しても大丈夫?」

「うん」


実はセカンドには、自分たち普通の人間とはサイズ以外にもう1つ、大きな違いがあった。


それは、男女の他にα、β、Ωの第2性があること。空はΩで、定期的に発情期と呼ばれる時期があり、その期間は外出が難しい。


「じゃあ行こ。俺もお祭りとか久々だな。何食べよっかな〜」

「志岐さんの楽しみは食べ物の方なんだ」

「俺も空のサイズだったら綿あめにダイブしたい」

「ベタベタになっちゃうよ」


食事が終わり、会計を済ませて外に出る。


「あの、たまには俺が出します」

「いいよ。俺の方が高いし」

「でも⋯」

「俺が誘ったんだから、気にしなくていいって」

「うん⋯。ごちそうさまです」


再び空をポケットに入れて帰路を歩く。ゆっくり歩いてもすぐに門が見えてきて、志岐は名残惜しく思いながらも空を地面に降ろした。


「それじゃあ、またね」

「うん」

「お祭の日のことはまた連絡する」

「うん。おやすみなさい」


手を振って門の中へ入っていくのを見送ってから、志岐も家路についた。


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