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登場人物
日下部 志岐
大島 空
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目の前にカラフルな可愛らしい建物が見えてきて、トラックを運転していた日下部志岐はゆっくりとブレーキを踏んだ。
まるで遊園地のアトラクションのようなその建物は、フェアリーシティと呼ばれる小さな町の入口だ。
志岐は門の前に車を停めると、受付のベルを押した。
「はーい」
すぐに中から返事が聞こえてきて、志岐の前に、小さな、身長20センチくらいの人間が現れた。
「志岐さん、こんにちは」
「お疲れ様、空。今日の配達分持ってきたよ」
伝票を専用の端末に入れると、空と呼ばれた彼は、これまた小さなパソコンで慣れた手付きで処理を始める。
ここは、空のような、まるでおとぎ話に出てくる小人のような人間達が住む町だ。フェアリーシティなんて安直この上ない名前が付けられているが、それはつまり、それだけ歴史の古い町でもあることを示す。それこそ、彼らのような人たちを、妖精だと思っていたような時代の。
彼らはサイズが小さいだけで、知能は人間と変わらない。今ではセカンドヒューマン、通称セカンドと呼ばれている。
「門を開けたので、トラック中に入れてもらっていいですか?」
「おう」
志岐は車に戻ると、エンジンをかけて門の中へ入っていく。
志岐の仕事は運送業で、数日に1度、この町に荷物を運んでいた。
積荷を下ろすと、梱包を解いて箱を1つずつ所定の場所に置いた。そうしていると、空がトコトコとやって来る。
「荷解きもしてくれたんですね、いつもありがとうございます」
「全然いいよ。俺がやっちゃった方が早いしね」
本来なら、志岐の仕事は荷物を運び入れるまでで、梱包まで解いてやる必要はない。けれど、普通の人間が用意した荷物は、小さめにしてあるとはいえ彼らにはすごく大きいし、以前、クレーンのような機械まで使って荷物を整理しているのを見てからは、出来る限り手伝ってあげるようにしていた。自分がやれば10分とかからず終わるような作業なのだ。
「よし、終わり」
全ての作業を終えると、志岐はしゃがんで空に声をかける。
「今日は仕事はいつも通りに終わる?」
「はい」
「じゃあ迎えに来るから、終わったらご飯食べに行こうよ」
「え、でも⋯、わっ!」
背中に手を回すと、空を手の平に座らせて立ち上がる。落ちないように背中を支えてやると、小さな手で志岐の指につかまってきた。
正面から見つめると、空は僅かに頰を染める。
「だめ? 行きたくない?」
「行きたい、けど⋯」
「じゃあ行こ」
「ん〜⋯」
「行くって言うまで降ろさない」
「そんなあ。⋯行きます」
「よし」
良い返事を聞けたので、地面に降ろしてそっと頭を撫でると、空ははにかむように笑った。多少強引だが、空は遠慮しているだけで、行きたいが本音なのがわかっているので問題はない。
「じゃあ、後で迎えに来るね」
「⋯うん」
志岐は車に戻ると、残りの仕事を片付けるため、次の目的地へと向かった。
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セカンドの人々は、基本的に集落を作ってその中で暮らしている。集落の中へは、普通の人間は入ることは出来ない。
志岐も、仕事で入口までは行っているが、それ以上は入れなかった。
学校も別々だが、大学になると、普通の人とセカンドとどちらも通える大学もあり、仕事も一緒に行っているものもある。志岐が空に出会ったのも、この仕事を始めてからだった。
空とは何度か今日のように声をかけて、一緒に食事に行っている。今のところただの友人のような立ち位置だが、志岐が好意を持っていることはなんとなく伝わっているようで、それについて、空の方もまんざらでもなさそうな雰囲気だった。
仕事を終えてから、空のことを迎えに行く。空は門の前で待っていた。
「お待たせ。何食べたい?」
「んー、中華」
「りょーかい」
空に上着のポケットに入ってもらい、近くにある中華料理屋に向かう。この辺りには、人間とセカンドのどちらも利用出来る店が多く並んでいた。
といっても、経営者のほとんどが普通の人間なので、セカンドだけが利用すると言うよりは、志岐たちのように、一緒に入るための店という感じだ。
席に着くと、テーブルの上に更に小さなテーブルと椅子が置かれていて、空はそこに座った。
食事をしながら世間話をしていると、ふと、空が壁に貼ってあるポスターをじっと見ていることに気付く。花火大会のポスターだった。
「ああ、今月末のやつか」
「花火⋯」
「もしかして見たことない?」
「うん」
空は仕事中は敬語で話しているが、2人になると敬語が外れる。そんな小さなことですら嬉しく思っている自分がいた。
「そっちで花火大会とかないんだ」
「俺たちのところはないよ。他の町はわかんないけど」
花火大会の日は仕事は休みだ。土曜なので空も休みだろう。
この辺は田舎とはいえ、お祭りともなれば人も多い。セカンドだけで行くのは危ないし、来たところで人混みで結局見えないだろう。
「じゃあ、一緒に行く?」
「⋯いいの?」
「もちろん。月末は外出しても大丈夫?」
「うん」
実はセカンドには、自分たち普通の人間とはサイズ以外にもう1つ、大きな違いがあった。
それは、男女の他にα、β、Ωの第2性があること。空はΩで、定期的に発情期と呼ばれる時期があり、その期間は外出が難しい。
「じゃあ行こ。俺もお祭りとか久々だな。何食べよっかな〜」
「志岐さんの楽しみは食べ物の方なんだ」
「俺も空のサイズだったら綿あめにダイブしたい」
「ベタベタになっちゃうよ」
食事が終わり、会計を済ませて外に出る。
「あの、たまには俺が出します」
「いいよ。俺の方が高いし」
「でも⋯」
「俺が誘ったんだから、気にしなくていいって」
「うん⋯。ごちそうさまです」
再び空をポケットに入れて帰路を歩く。ゆっくり歩いてもすぐに門が見えてきて、志岐は名残惜しく思いながらも空を地面に降ろした。
「それじゃあ、またね」
「うん」
「お祭の日のことはまた連絡する」
「うん。おやすみなさい」
手を振って門の中へ入っていくのを見送ってから、志岐も家路についた。