ヤビー・コルボ。
ケイ・カインゼルが今殺した【戦士】の素顔を見て、口もきけない程の衝撃を受けている中。ヤビー・コルボが静かにこの場から逃げようとしていた。
「どこへ行く気だ? ヤビー・コルボ!」
あと十歩でこのダンジョンの出口に体を滑り込ませる。まさにその気のゆるみが出た瞬間、ケイ・カインゼルがドスの利いた声で。ヤビー・コルボを引き留めた‼
「これはどういう事だ? ヤビー・コルボ」
ケイ・カインゼルの声は静かだったが。この件にヤビー・コルボが関わっている事を、確信している口調で説明を求めていた。
「ただの他人の空似──!」
次の瞬間、ケイ・カインゼルの持つシミターが、ヤビー・コルボの喉元三セチ・メール(約三センチメートル)辺りの空を切った!
一瞬でヤビー・コルボの上半身にある汗腺から汗がにじみ出る。
「これは、どういう事だ。ヤビー・コルボ‼」
一切の冗談を許さず。そう言い聞かせるように、ケイ・カインゼルは両手でシミターを構える。
目の座ったケイ・カインゼルを見て、ヤビー・コルボは心の中でため息をつく。
「──…わかった。だがワシの記憶力を過大評価しないでくれ、ワシは老いぼれじゃからな?」
ヤビー・コルボの言葉には、『最後通帳』のような響きがともなっていたが。ケイ・カインゼルの口から出た言葉には、一切の迷いが無かった。
「構わない。このまま何も知らない事が溜まって行くのにも疲れた」
ヤビー・コルボは、ダンジョンの床に座り込むと。パイプにマッチで火を付けて、一服吹かすとこう言った。
「何処から話せば良いのか解からんから、四十年前まで遡るぞ? ──何? もっと早くならないのかだと? それが出来れば苦労なんぞ無いわい! その頃のワシは正義感溢れる若い医者として。バラン王国で働いておった。…何じゃ? その顔は、ワシにだって若い頃は有ったんじゃ!」
そう言ってヤビー・コルボは、パイプを一回ふかして早速脱線しそうになった話を再開させる。
「その当時ワシが住んでおったバラン王国は、隣国のダル国との間で戦争中だったのじゃ。そして当然の如くワシの元にも、召集令状が送られてきよった。その頃のワシは『戦争なんて権力者のわがままか、人の命を使った王族の遊び』位としか考えておらなんだ」
そう言うとヤビー・コルボは、一瞬声をつまらせてから更に話を続けた。
「だが、ワシに与えられた“戦場”は。『ケツの青い反戦論者』を一瞬で黙らせるのにふさわしい場所だった」
そう言ったヤビー・コルボの目から、一瞬ひかりが消えた。
「ワシの戦場は、【野戦病院】の中だった。お前には解るまい“あそここそ”【地獄】の門に相応しい場所は無い」
そう言ってヤビー・コルボは、自分の持つ左手のひらで顔を撫でた。手のひらに冷たい汗が滲み出ていた。
「その日からワシは働いた。国の為かって? 違う‼ 圧倒的に【医者】の人数が少なかったのじゃ‼」
ヤビー・コルボはいつの間にか。自分の両ひざを抱えて座っていた。
「ある日、ワシの元へ一人の重傷患者が。運ばれて来た【魔法】を使わなければ、助からない程の重傷患者だったワシは、迷いなく【回復術】を使った」
ヤビー・コルボは両ひざに顔をうずめる様に座っている。
「感謝されたかって? いや、その兵隊はワシを怒った。『何故俺に【回復術】を使ったのか!』と怒って来た。そしてその男は子どもの様に泣いた」
両ひざにヤビー・コルボはチカラを入れてその顛末を語った。
「一時間後その男は又戦場へ連れて行かれた、泣きながら。叫びながら! 二時間後。ワシはもう一度男と対面で来た、──死体として。ワシはアノ【戦士】を二回殺してしまった」
ヤビー・コルボはこう言った『その夜からワシは酒におぼれる様になった』と。
「酒を飲むようになって、ワシの所へ運ばれる負傷兵の人数は。少なくなっていった。それでもなおワシの所へ送られて来る負傷兵はいた。そんな時は十人に一人の確率で、ワシは手を滑らせた。【兵隊】としては使い物にならない傷を、誤って付けてしまうとか、な」
そう言ってヤビーは『ケケケ!』と笑って見せる。
「だがそんなトリック何て、直ぐに統計上ではバレてしまう──ワシもアノ国にはホトホト嫌気が差して来た頃だったので『さて、何処に逃げようか』と考えていた頃に、ワシはあの男と出会った」
ヤビー・コルボは黙ってうなずいた。
「そいつは言った『我こそは将来の【大魔王】エメク!』とな‼」
チョット遅れたが、まあいいか。
次回お楽しみに。




