表と裏。
ウェーブのかかったブロンドの髪に茶色い瞳を持つミナ・シェリルが、都市国家ランダルファに入って最初に行ったのは、【冒険者組合】での仕事選びだった。
「ウーン悩むわね」
彼女が悩んでいるのは、二つの仕事のどちらを受けるべきかどうかだった。
「どうですか、どちらもこの国にしばらく根を下ろすのでしたら、おすすめですよ」
そう告げる受付嬢の顔には、営業スマイルでいっぱいだった。
それも解かろうと言うモノ、彼女が懐から取り出した身元を証明する【冒険者組合】のペンダントは『銀製』であり、その中に描かれた精密極まりない肖像画は、間違い無く『彼女』の顔だった。
【冒険者組合】には暗黙のルールがある、それはペンダントの関するモノだった。
『簡単な造りのペンダント』は未だ駆け出しの冒険者として扱う事。
『複雑な彫刻のペンダント』を持つ者には、歴戦の戦士として『誠意を込めて』接する事。
『肖像画入りのペンダント』を持つ者には、『王侯貴族』同然のおもてなしをおこなう事。
しかもこのルールは【冒険者組合】が一般的に配布している、『銅製』のペンダントに対してであり。『銀製の肖像画入りのペンダント』などと言うモノに出会う事など考えてさえいなかった。
ハッキリ言ってしまうと受付嬢はパニック状態だった。
いやそれどころか、受付カウンターの扉の奥は。と言った方が良いだろうか。
ある者は彼女の素性を探して書類をめくり。またある者は『正しい接客マニュアル』を読んでいた。
「──あった」
彼女の素性を探していた職員がそうつぶやくと、慌てふためいていた職員達がピタリと静かになった。
「『ミナ・シェリル・サリアン』サリアン王国の第二王女…『本物の王族』だ」
その言葉は当然薄い扉から外へと聞こえていて【冒険者組合】の受付嬢と、ミナ・シェリルの耳にも聞こえていた。
「あああああ、あの」
「大丈夫よ、気にしていないから」
ミナ・シェリルはあっけらかんとした口調で言うが、受付嬢の顔は真っ青だった。
「ところで仕事の事だけど」
「は、はひ!」
「この都市の地下迷宮探索がしたいのだけど? どう、依頼はあるかしら?」
「……え、あ。はい…。そう言った依頼は沢山ございますが、リスクの割に【冒険者様】達への見返りが、余りにも少ないために誰もお受けしないモノばかりで…」
「あらそうなの? ランダルファ王国と言えば空に届かんとするかのような塔と、果てしなく続くダンジョンで有名なのに」
ミナ・シェリルはそう言うと、左手人差し指でそのカタチの良いアゴを叩いた。
「ええ、確かにそれらは有名ですが、言ってしまえば、それぐらいしか無いという事でして」
受付嬢の顔色が戻ってくる。
「それじゃあ、その中で一番『依頼料』の高いモノを受けたいわ」
「そ、それでしたら」
受付嬢は壁の依頼書で一番ぶ厚いファイルを引き抜いた。
「これ等はいかがでしょうか? この国の【衛士隊】が毎年依頼をして来るモノでして」
「【衛士隊】が? それこそ彼らの仕事では無いの?」
ミナ・シェリルは腕を組んで片眉を上げてみせる。
「はい、その通りです。が、【衛士隊】でさえやりたがらない仕事が。こちらに回って来るのです」
そう言って受付嬢はファイルを開く。
「この中で一番古い依頼は、五十年前の依頼です。そしてこのファイルに入っているモノはまだ、依頼は生きています」
なる程と、ミナ・シェリルは思った。つまりこの受付嬢は一つ一つの依頼は少額でも、まとめればそれ相応のおカネに成る『依頼』を見せているのだ。
「あなた優秀ね、解かりました。この依頼の塊をお受けします」
受付嬢の顔に微笑みが浮かんだ。
「あなたこの少年に何をするつもり?」
フェミール・アインはそう言うとケイ・カインゼルを守るため、ヤビー・コルボの回りを【魔法の壁】で覆った。
「クックック、その様な事は決まっている」
ヤビー・コルボは懐から『鉄製』メスを取り出すと、【魔法の壁】を切り裂いた。
【鉄は魔力を霧散させる】それがこの世界のルールだった。
【鉛】がエックス線を通さないように、【鉄】は魔力を通さないし消し去ってしまう。
もっとも【魔力】で作られたエネルギーや、物体は残り続ける。
例えば【魔法】で作られた【毒の霧】は、その【毒の霧】を発生させた【魔術師】を殺しても消える事は無い。
同じように【魔法】で発生した【炎】は『鉄』の剣で薙ぎ払うと、【魔法】は消える。だが一度発生した熱エネルギーは消える事も無く、“可燃物”がある限り燃え続ける。
【魔法】は万能では無いが、この世界のことわりの中心にあった。
「く、『鉄』か」
フェミール・アインがそうつぶやくと、今度は相手を【殺傷】出来る魔法を唱え始める。
「ちょっと待ってくれ!」
ラハス・バレンツがあいだに入って来る。
「ラハスさまそこをどいてください!」
フェミール・アインの口調には殺意がこもっていた、だが。
「だからちょっと待ってくれ、フェミール!」
ラハス・バレンツはヤビー・コルボに向かってこう聞いた。
「貴方、ヤビー・コルボ。この子ケイ・カインゼルをどうしたいと言った?」
「あと一回だけ言っておく、ワシはその子供の姿をした。男性を救いたいんじゃ‼」
「子供の姿をした…」
「…男性?」
「その通り、その子供の姿は【変異体】の為による影響じゃ。本当の歳は目が覚めてから本人に聞け」
ヤビー・コルボはそう言うと、自分の腕を組んで黙ってしまう。
フェミール・アインが、ミーシャ・クロノスの方を見る。
ミーシャ・クロノスは頭を掻いて、フェミール・アインに近づくとこう言った。
「ケイ君悪いのはこの女、フェミール・アインの方だからね。それじゃあ『記憶』を覗かせてもらうわ」
そう言ってミーシャ・クロノスは、ケイ・カインゼルの額に自分の額をくっつける。
「──! うわ、なにこれ? まるで記憶の迷路みた…『きゃっ』」
ミーシャ・クロノスは背中を大きくのけ反らせて、額を離す!
「なぁにこれ⁉ 記憶の迷路どころか、攻撃までして来たわ‼」
「言っとくがワシは関係無いぞい。ケイぼうずが、最初から持っておった【特殊能力:魔法妨害】の仕業じゃ!」
ヤビー・コルボはそう言って『ケケケ』と笑った。
「それじゃあ【回復術】のたぐいは」
「かけた【回復術師】を問答無用で、攻撃して来るわい。これは、その大馬鹿なワシの感想」
ヤビー・コルボの感想を聞いて。ラハス・バレンツとミーシャ・クロノス、そしてフェミール・アインの三人は顔を突き合わす。
「どう思う?」
そう聞いたラハス・バレンツに。ミーシャ・クロノスと、フェミール・アインの二人はこう言った。
「──…うさんくさいですが、ここは【治療行為】を行なって生きている。あの【自称医者】に託すしか無いと思います」
「あの男を【医者】と認める事には反対ですが、ケイ君…──さん? を、助ける為には、致し方無いそう思います」
二人の意見を聞いて、ラハス・バレンツは、【ドクター・カタストロフ】にこう言った。
「この少年──今はそう呼びます。ケイ君を助けては頂けませんか?」
ヤビー・コルボは仕方ない、と言った雰囲気でラハス・バレンツのパーティーと。ケイ・カインゼルを見てこう言った。
「一つだけ言っておく。これから行なうのは【治療】だからな、止めるなよ?」
そう言うとヤビー・コルボは、ケイ・カインゼルを蹴っ飛ばした!
「…いたい」
ケイ・カインゼルのつぶやきで、フェミール・アインが怒りの表情になるが。残り二人でフェミール・アインを抑え込んだ。
「もう少し穏便な起こし方は無いのか? ヤビー・コルボ」
「そんな手が在るのなら、教えておいてくれ!」
ケイ・カインゼルが起きると、おもむろに体を触る。
「からだ中が痛い何で?」
「それは、お前さんの表のケイ・カインゼルが。ムチャな【魔法】を掛けたせいじゃ」
ケイ・カインゼルがおもむろに小さな声で呟いた。
「段々と思い出して来た。やっぱダメだねえ表の俺は」
「ほれ、サッサとワシが教えた【回復術】でその体を直してみろ」
【……──……】
ケイ・カインゼルが意識を集中すると、薄っすらと紫色をしていた顔が、健康的な褐色に戻って行く。
「それじゃあおれはまた眠る。あ、それからヤビー・コルボ、表のおれに言っておいてくれ。あんまりムチャをすると、裏のおれがお前と入れ替わるぞ!」
「ああ、ちゃんと言っておく」
「それじゃあお休みぃ」
そう言ってケイ・カインゼルの裏の顔は眠った。
「ほれ、終わったぞぃ」
そう言ってヤビー・コルボは、パイプをふかす。
三人は、声も出なかった。
5日以上かかってしまった。
しかも、何かの伏線まで入って来て。
どうしましょう。
では、また次回にお会いしましょう。




