プロローグ & 第一章
久しぶりに投稿します。中学生3人の物語。ファンタジーですが、舞台は現代。切ない恋のお話でもあります。読んで下さるとうれしいです。
プロローグ
――明日、十時に駅で待ってる。遅れてもいい。ずっと待ってるから――
今朝になっても送ったラインに既読サインがついてない。ベッドの中で俺はため息をついた。眠れずに朝が来てしまい、いつの間にかカーテン越しの外から薄明かりが差している。梅雨入りしてるけど、今日だけは降って欲しくない。カーテンと窓を開け、空を眺める。大丈夫そうだ。
俺は窓を閉め、いつも通りベッドを直し、静かに部屋のドアを開けた。昨日の夕飯の時、母さんと口けんかしたばっかりだから顔を合わせたくない。なるべく音を立てないように一階に降り、風呂場に向かう。今日は土曜日で両親は遅くまで寝てるはずだ。
熱いシャワーを浴びながら、夏帆が来てくれるのを祈り続ける。
私服で会うのは初めてだ。部屋に戻り、ひとつしかないブランドの黒いTシャツと黒のジーンズを選ぶ。俺のお気に入り。原宿行きはこれで決まりだろ。髪を何度も直し、前から横から鏡でチェックする。 制服姿しか見たことない夏帆はどんな服を着て来るんだろう? 多分、髪は結わえないでまっすぐにたらし、勝気そうな目元に化粧なんてしてくるかもしれない。
絶対来てくれる。そう自分に言い聞かせて自転車に乗り込む。まだ八時前だった。でも、家にはいたくない。
駅の待合ベンチに座り、ラインをもう一回送った。読んでくれますように。
ぼんやり改札口に目をやる。土曜日のせいか、家族連れやカップルが目立つ。はしゃいでいる女子たちの声が待合室にまで響いてきた。もうじき上りの電車が来るんだろう。
待ち合わせの十時になっても夏帆の姿は見えなかった。電話をしてみる。応答はない。座っていられず、駅の外に出てみた。きょろきょろ辺りを見回す。心臓の音が耳にまで響いてきて、息をするのも苦しくなる。
二時になっても夏帆はやって来なかった。ふらつきながら自転車置き場に向かい、こぎ出す。土手のベンチにも、図書館にも行きたくない。もちろん家にも帰りたくなかった。走らせていると、だれに向かっているかもわからない怒りが、体中から湧き上がってきた。自転車のスピードを上げる。走っている場所もわからないまま、ただむちゃくちゃに足を動かした。
第一章目覚めたけれど……
何も見えない暗闇で俺は目覚めた。ふわふわ浮かんでいるような気がしている。体を触ってみようとするけれど、どこにもなかった。怖くなって叫び声をあげた。なのに声はまったく響いてこない。
何があったんだ? ……ああ、そうだ。トラックが……。
ってことは、俺は死んだのか? いや、そんなはずはない。まずは自分の体を見つけないと。
そう思った瞬間、急に上の方から力が加わって急降下し始めた……ような気がした。どこへ向かっているのだろう? 不安でいっぱいのまま、ひたすら落ちていく。
すると突然プッツリと、暗闇さえも消えてしまった。
意識が戻った時、横たわる自分が見えた。たくさんの管につながれ、動きもせずベッドに寝ている。うそだろ! 揺り動かしたかったが、そう思う俺はどこにもいなかった。
ガラス窓越しに、両親が医者らしき人と話しをしているのが見えた。弟の春斗は椅子に腰かけてぼんやりしている。
母さん、父さん、俺、ここにいるんだ! 春斗、お前にも見えないのか?
二人は医者から目を離さない。春斗も表情を変えない。
「伊蕗君の状態は植物状態とは違うのです。もしそうなら、目を覚ます可能性があります。でも彼の場合、回復する可能性は……」
若い医者は言葉を詰まらせた。
「つまり、伊蕗には望みが……ないってことですか?」
母さんが目を真っ赤にしてたずねる。医者は黙ってうなずいた。
「あと、どれくらい……生きていられるのでしょう? こんな状態は伊蕗もつらいよな」
父さんが静かにつぶやく。
「数日というところでしょうか。薬剤や人工呼吸器で今は心臓を動かしていますが、やがてゆっくりと心臓は停止していってしまうのです。本当にお気の毒ではありますが……」
ええっ! もう生きられないってこと? 俺、まだ十三才だぜ!
「あんなに怒らなきゃよかった。あの時が最後なんて……」
「そのことは、もうお互い言わないって話し合ったろ」
うなずくように母さんは何度も頭を振った。春斗が母さんの手を握る。
母さん、ごめん。あんなこと言って。
三人は足音も立てず、ベッドのそばに来た。
「兄ちゃんはもう目を覚まさないの? このままずっとこうなの?」
春斗がか細い声で聞いている。父さんが春斗の頭をなでた。
「疲れたでしょ。眠そうよ。そろそろ面会時間が終わるから、お父さんと帰りなさい。私は病院に残るからね。お父さん、お願いします」
父さんが黙ってうなずく。
「まだ、帰りたくないけど。……ゲームしたかったな」
うん、俺もゲームしたいよ。あと一回でもいいから。
三人は集中治療室を出ていった。一緒に家に帰りたかった。長い廊下の先にエレベーターがある。けれど部屋から離れていくうちに、動けなくなった。どうやらベッドから遠くには行けないようだ。エレベーターのドアが開き、三人の姿は消えていった。仕方なく部屋に戻る。
ベッドの周りをふらふらさまよい続けた。このまま何もしないで死を待つしかないなんて納得できない。どうしても夏帆にもう一度、会わなきゃ。そしてあやまりたいんだ。なんとか方法を考えないと。
横たわる自分をじっと見つめた。
今、俺の体と意識は分断されてる。ということは……もしかして、元気なだれかの体を借りたらどうだろ? そうすれば、俺の意識はこのままいられるんじゃないか? そりゃ、勝手に借りたら相手はいやだろう。けどさ、そんなのかまってられない。別に体ごと乗っ取ろうってわけじゃないんだし。きっとうまくいく。だってこんな不思議なことが起こってるんだから。
元気な体を探そうと、ゆっくりと動き始めた。
部屋はいくつものカーテンで仕切られ、何人かの患者が横たわっているようだ。
隣りのベッドには五十代くらいの女性が眠っている。次のカーテンの中には幼い男の子が横になっていて、看護師がモニターをチェックしていた。もう少し、先へ行ってみる。
見舞客かな? 三人の男女が老人の横たわるベッドを囲んでいるのが見えた。両親らしきふたりと俺くらいの年の少女だ。その子は手持ちぶさたなようすで座っている。髪はショートで、色白の顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
この子にしよう。元気そうだし、他にだれもいないしさ。
でも、異性の体を借りるってのはどうなんだろう? あれこれ面倒くさいかもしれない。まっ、その時はその時だ。できるかどうかもわかんないんだし。
近づいて行くうちに、どこかで戻れという声がした。自分の声かもしれない。
はっとする。もし他人の体に入り込めたら、俺の肉体はどうなる? それって、つまりは自分の体を捨てることだ。決心が揺らぐ。家族の顔が浮かぶ。でもしょせん、もう何日しかもたない体なんだろ? 体が死んでしまったら、俺の意識も消えてしまうかもしれない。夏帆の姿を思い出し、揺らいだ意思を打ち消す。横たわる自分を振り返り、そして別れを告げた。
気配を感じたかのように、少女が俺の漂う壁の方に視線を動かす。そしていぶかしげに目を細める。彼女の好奇心が俺の意識にぴりぴり伝わってくる。すると辺りの空気がかき乱され、風が立ち、彼女の髪はふわりと舞った。驚いて大きく目を見開いた少女の視線をぴったり捕らえた時、俺は暗闇に呑み込まれる。そしてまるで乾燥機に入れられたように急激な回転を始めた。ただひたすら苦しさに耐える。
しばらくすると、激しい回転は次第にゆるやかになり止まった。視界がゆっくり開ける。俺はとらわれたように動けず、視線だけが勝手に動く。きっと、彼女の眼を通して周りを見ているんだろう。
成功したんだ! 少し窮屈な気がするけど、心底ほっとした。
その時「なんか変」と少女がささやく。
「どうしたの?」母親が尋ねるけど、「なんでもない」とそっけない返事。
「じゃ、父さん、また」老人の手を握り父親がいう。
「お大事に。明日から普通の病室に移れますって、お医者様が言ってましたよ。よかったですね」
立ち上がりながら母親がいった。
「夏休みには遊びにおいで」
老人の発した声に、少女が小さく手を振る。
病院を出て、三人は車に乗り込んだ。母親がしゃべり出す。
「タフなお義父さんね。一時はもう駄目かしらって覚悟もしてたけど」
「ああ、乗り越えてくれて安心したよ。母さんが亡くなってから一人暮らしだろ。このままで大丈夫かなあ?」
「そうねえ。お義父さん、頑固だから……」
少女はただ外を眺めるだけで、一言もない。景色は段々と木々や畑が少なくなり、ビルが立ち並ぶ街へと変わっていった。どこに行くんだろう? 車はひたすら高速を走り続けている。そのうち、スカイツリーが見えてきた。
東京なんだ。俺、東京に住むんだ。住むっていえるかはわかんないけど。
やがて、車は大きな高層ビルの地下駐車場に吸い込まれていった。エレベーターで上に向かう。どうやらここはマンションのようだ。玄関のドアが開き、少女は真っ直ぐに奥へ歩いていく。ずいぶんと広い部屋が並んでいた。キッチンもリビングもゆったりと家具が置かれてある。
俺の家とは大違いだな。
少女の部屋に入って、さらに驚いた。白い家具とパステルカラーのベッドカバーやカーテン。ぬいぐるみたちが置かれ、一度も見たことのないカラフルな部屋だった。
どうやら少女はベッドに横になったようだ。白い天井が見える。両親に一言もいわず、部屋に入ってしまったのが気にかかる。
車の中からずっとしゃべってないし、仲が悪いのかな? 俺と同じで反抗期とか?
いくつだろう? 聞きたいこといっぱいあるけど、なんだか嫌われそうだな。……待て待て。そんな心配するのはまだ早い。話せるかだってわかんないんだ。試してみたい。でも怖い。
少女の見つめる天井にあきあきしながらじっと耐えた。
「リン、そろそろ夕食よ」ドアの外から母親の声がする。
「はーい」面倒くさそうに返事して、そのまま動こうとしない。
リンっていうんだ。この子でよかったのか、不安になる。けど、あのまま死んでしまうよりはいい。リンの中でひっそりとそう思った。俺の名前をおしえる時っていつか来るのかな? リン、これからよろしくな。
夕食の間、リンは素っ気ない返事ばかりで、もっぱらしゃべるのは両親だけだった。俺の家じゃ、春斗が大声で笑ってたし、うるさいくらいおしゃべりしながらだった。中学になって、俺は無口になった。面倒くさかったんだ。もっと話してればよかったって思う。俺の家も三人の夕食じゃ、静かになっちゃったかな?