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「児(ちご)のそら寝」宇治拾遺物語…僧たちが少年の狸寝入りに気づいたのはいつか?②

◇「本文」(口語訳)、解説

「この児、さだめておどろかさんずらんと、待ちゐたるに、僧の、「もの申し候はん。おどろかせたまへ。」と言ふを、うれしとは思へども、ただ一度にいらへんも、待ちけるかともぞ思ふとて、いま一声呼ばれていらへんと、念じて寝たるほどに、「や、な起こしたてまつりそ。をさなき人は、寝入りたまひにけり。」と言ふ声のしければ、あな、わびしと思ひて、いま一度起こせかしと、思ひ寝に聞けば、ひしひしと、ただ食ひに食ふ音のしければ、ずちなくて、無期ののちに、「えい。」といらへたりければ、僧たち笑ふこと限りなし。」


(この児は、僧たちがきっと起こしてくれるだろうと、待って座っていると、ある僧が、「もしもし。お起きください。」と言うのを、うれしいとは思うが、たった一度で返事をするようなのも、ぼたもちが出来上がるのを待っていたと思われるとまずいと思って、もう一声呼ばれたら返事をしようと、我慢して寝ていると、別の僧が、「おい、お起こし申し上げるな。幼い人(=児)は、すっかり寝入りなさってしまった。」と言う声が聞こえてきたので、児は、ああ、つらいと思い、もう一度起こしてくれよと、思いながら寝て聞くと、むしゃむしゃと、ひたすら食べる音がしたので、児はどうしようもなくて、ずっとあとになってから、「はい!」と返事をしたので、僧たちはゲラゲラ笑った。)


まず、この部分が、長いにも関わらず一文で一気に述べられているのが面白い。早くぼたもちが食べたいが、しかし今自分は寝ているという設定であること。その設定は自ら行ったものであり、自分から変えることはできないこと。何のきっかけもなく、突然目を開けることはできない、でも早く食べたい、という少年の葛藤が、分かりやすく一気に述べられる面白さ。読者も思わず少年と一体化し、「分かる分かる、その気持ち。自分も食べ盛りの頃はそうだった。でも子どもはもう寝る時間だし、夜にぼたもちが食べたくて起きてると、食いしん坊だって思われちゃうよね」と共感する。


◇僧たちが少年の狸寝入りに気づいたのはいつか?

この問題設定には誤りがある。僧たちははじめから、少年をドキドキさせようと謀ったのだ。「これからおいしいぼたもち作るよー。みんなで食べようねー」という言葉からして既に、少年に向けたものだ。でも子どもはもう寝る時間だ。真面目なよい子は寝たふりをせざるを得ない。

つまり、少年をそら寝へと誘導したのも僧たちだった。気づくも気づかないも、そもそも少年は、僧たちによってそら寝をさせられたというのが正解だ。


策略にまんまとかかってしまった少年。後は僧たちのやりたい放題だ。この後の僧たちの様子は、まるで現在問題となっている詐欺と同じ手法だ。僧たちはそれぞれ巧妙に役割分担をして、児をもてあそぶ。

1声かけ役…「これからぼたもち作るよー。みんなで食べようねー」。

2少年の期待の表情の確認

3少年がそら寝に入る

3調理係…その過程が少年に聞こえるように、わざと音を立てて調理

4そら寝をする少年の葛藤を鑑賞

5ぼたもち完成の歓喜の雰囲気をわざと作る

6少年モジモジ…「きっと僕を起こしてくれるよね」。目を閉じたまま。

7その様子を鑑賞

8声かけ役…「ぼたもち出来たよー。起きて食べよー」

9目を閉じたまま、「やったー! うれしー! でも、一度声をかけられただけで起きちゃうと、『ははあ、コイツ、ぼたもちが出来上がるのを待って狸寝入りしてたなー。食いしん坊なヤツめ』って思われるのはまずい」。そら寝継続中。

10少年の我慢のモジモジ鑑賞

11優しい人役「だめだよ、起こしちゃ。その子はぐっすり寝てるじゃないか」。「をさなき人」を強調。

12少年「あーつらい。もっかい起こしてよー」。そら寝継続中。

13僧たち…わざと食べる音を立てて、

「ムシャムシャ」。

「あーおいしいー」。

「あの子も食べられたらよかったのにねー」。

「でももう子どもは寝る時間だし、さっき起こしても起きなかったから、しょーがないかー」。

「そだねー」

「それにしても、今日のぼたもち、おいしいねー」

(この人たち、鬼畜だ)

14少年…(もう我慢できない)「ハイ!!」

15僧たち「ゲラゲラ」…「やっぱり食べたかったんだね。からかって面白かった」

(子どもをもてあそぶ、悪い人たちです)


この物語の解釈として、最後の児の間抜けな返事でそら寝がばれたとするものや、僧たちはすべてお見通しだったとするものが多い。しかしこれまで見てきた通り、僧たちはむしろ仕掛け役だったととらえた方がよいだろう。わざと葛藤の機会を与え、少年がモジモジする様子を眺めて面白がる。それは決して陰湿な意地悪をするためではない。ぼたもちを作るのも、少年にちょっかいを出すのも、すべて暇つぶしのためだ。

案の定、少年は見事に引っ掛かった。策略がうまく行き、期待以上の反応をみせた素直な少年への健康的な笑い声が響く。


「僧たち笑ふこと限りなし」という状態になったのは、児がどうしようもなくなり、だいぶ経ってから「ハイ!!」と返事したからだ。僧たちが本当に何も気づいていなければ、先ほどの声かけに対する返事だとはすぐには気づかないだろうし、むしろ夢でも見たのかと思うだろう。僧たちは明らかにすべてをわかった上で、児をからかっている。


この話は、児が素直で真面目な子でなければ成立しない。そのような子だからこそ、僧たちは余計からかいたくなる。この児は、僧たちに愛されている。


高校の国語の教科書にも、面白い話がたくさん載っていますね。


(終わり)

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