⑥
昴生との関係を修復したら伊藤も鈴木も喜んでくれた。
ただ、世話を焼きすぎないよう気をつけながら昴生を見守っていると話すと、「余計に保護者っぽい」と呆れられてしまった。
日曜日の昼すぎ、アパートの玄関を出る。すると昴生も部屋を出てきたところだった。
「お、時間ぴったり」
「俺の方が早かった」
「変なとこで張り合うなよ」
今日は久しぶりに二人で買い物に行く。昴生と出かけるのは一ヶ月ぶりくらいだ。
街中を歩いていると街路樹が赤や黄色に染まっていた。すっかり秋も深まってきた。ついこの間ハロウィンが終わったと思ったのに、世間はもうクリスマスの準備をしている。
「とりあえず服見たい。付き合ってよ」
ファストファッションの大型路面店に入ると、冬物の新商品がずらりと陳列されていた。店内をゆっくりと見て回りながら、気になるものをいくつか見繕う。
まず鏡の前でダウンジャケットを羽織ってみた。
「どう?」
「微妙だな」
「こっちの色は?」
「……まあまあ」
「じゃあこれにしようかな」
昴生の「まあまあ」は「良い」という意味だ。
他にもスウェットやパンツなど、昴生の「まあまあ」を参考にしつつ一通りを選んだ。
「昴生も何か買えば?」
「俺はいい。物が増える」
「でも洋服捨てすぎて冬に着るもの全然ないだろ。少しくらい大丈夫だよ」
渋る昴生を連れて店をもう一周する。ニットやカーディガン、スラックスにテーパードパンツ、どれを着てもモデルみたいだ。本人はあまり服装に頓着がなく、持っているものを適当に着ているだけだと言っていたけれど。
「やっぱり顔とスタイルが良いと何着ても似合うなぁ。もうちょっと筋肉つけても良さそうじゃないか?」
二の腕をぺたぺた触ってみると、昴生は勢いよく腕を振り払って後退りした。
「やっ、やめろ」
「ごめんごめん、つい」
以前伊藤に距離感がバグっていると言われたように、どうも俺は昴生に対してはパーソナルスペースが狭くなりがちだ。他の友達の腕なんて触ろうと思ったことすらないのに。
「……もういい、適当に買ってくる」
昴生はひとつ息を吐き、レジの方へ向かっていった。俺はその背中を見送る。
うーん、怒らせちゃったかな。気をつけよう。
会計を終えた後は駅の近くにあるショッピングモールへ移動した。日用品を買い足したりウィンドウショッピングをしたりと歩き回っているうちに、ふとある店舗が気になって立ち止まった。
「オーダーメイド枕だって」
全国展開している寝具の専門店が新規オープンしていた。中央にベッドが置かれており、布団やマットレス、枕などの様々な寝具が取り揃えられている。特にオーダーメイド枕が売りのようで、店頭のポスターには『あなただけの枕で最高の眠りを』と書かれている。
「昴生、こういうのいいんじゃないか? 良い枕で良い睡眠を取れば、目覚まし時計の数も減らせるかも」
「……すげえ値段だけどな」
「うわ、本当だ……」
確かによく見てみれば、俺が普段使っている枕と比べるとゼロの数がひとつ違う。仕送りとバイトで賄っている大学生には手が出せない代物だ。
「あ、そうだ。じゃあ、社会人になっても昴生が早起き継続できてたら、俺がプレゼントしてやるよ」
「なんだよ、その条件」
「早起き克服記念、みたいな。でも初任給でこの値段は厳しいか……?」
値札とにらめっこしていたら、昴生が俺にちらりと視線を向けた。
「陽向、就職どうするんだよ」
「うーん、一応筆記試験の勉強とか企業研究とかちょこちょこやってるけど、正直不安しかない……」
あと一年ちょっとで社会人になると言われてもあまり実感がない。自分のやりたいこと、向いていること、やりがいを感じること……分かっているようで曖昧だ。
「なるべく近場で決まればいいなとは思ってるけど、今のアパートからは引っ越さなきゃいけなくなるかもな」
「……」
「まあそういうこと踏まえても、昴生が一人で起きられるようになって良かったと思うよ」
笑顔を向けてみるが、昴生はどこか複雑そうな顔をしていた。
「どうかした?」
「いや……別に」
「そういえば、昴生がどういう仕事目指してるのか聞いたことなかったよな。どんな感じ?」
尋ねると、昴生は少し考えてから口を開いた。
「……何でもいい。どこの会社だって大差ねえ」
「そんなことないだろ」
「いいんだよ。それより、陽向……引っ越すつもりなのかよ」
「つもりっていうか、可能性の話だよ。昴生だってそうだろ?」
人生の節目において生活環境が変わることは珍しくない。今まではずっと同じところに進学してきたけれど、就職先まで同じというのは早々ないだろう。
ただ何となくで話しただけなのに、昴生は何故か浮かない顔をしている。
「……俺は……」
「あれ、鴫野と鷺森だ」
昴生が何か言いかけた時、後ろから声をかけられた。振り返った先には伊藤がいた。
「おー、偶然だな」
「二人で買い物?」
「そうそう、洋服とか色々。伊藤は?」
すると伊藤は得意げな笑みを浮かべた。
「ふふ、これからデートなんだよ」
「えっ、いつの間に彼女できたんだよ」
「この前の飲み会で連絡先交換した子と最近付き合い始めたんだ」
「へえ、そうなんだ。おめでとう。ほら、昴生も何か言ってやれよ」
促してやると昴生は不機嫌そうな顔をしながら「良かったな」と呟いた。
「声ちっさ」
「全然心が籠ってないんだけど」
と言いつつも伊藤はどこか嬉しそうだった。
伊藤と別れ、そういえば話の途中だったと思い出す。
「ごめん昴生、何だったっけ?」
「……大した話じゃねえ」
「えー、でも気になるだろ」
「もう忘れた」
それきり昴生はこちらに背を向けて歩き出してしまい、続きは聞けなかった。




