③
翌日は、たまたま昴生が受けている講義が全て休講だった。昨日の今日で顔を合わせにくかったからちょうどいい。
一人で大学に向かい、伊藤と鈴木を見つけて頭を下げる。
「昨日はごめん、昴生が空気悪くして」
「いやー、いいって。俺らも無理言っちゃったし。むしろこっちが悪かったよ」
「ていうか、鴫野先輩が謝ることじゃなくないですか?」
「でも俺が連れていったせいだから」
「行くかどうか決めたのは鷺森先輩ですよね。鴫野先輩のせいじゃないと思いますよ」
「そうかな……」
昴生を巻き込んだ俺にも責任があると思っていたけれど、違うのだろうか。確かに最終的に意思決定したのは昴生自身だけど。
「なあ、鷺森って昔からあんな感じなの?」
伊藤からの問いかけに、俺は頷いた。
「気難しい奴ではあったよ。子どもの頃はもっと人見知りだったけど」
俺と昴生は保育園の年少クラスからの付き合いだ。いつも一人でつまらなさそうに遊んでいた昴生のことが気になり、俺から声をかけた。最初は警戒されてなかなか心を開いてくれなかったけれど、何度も話しかけるうちに少しずつ打ち解けていった。それから今までずっと行動をともにしている。
昴生はあんな性格なので、度々人間関係のトラブルを起こし、その都度俺が仲裁したりフォローしたりしていた。大学三年にもなってこの状況が続いているのはどうなんだと思わなくもないけれど、どうしても放置できないのだ。
それになにも俺だって無償で奉仕しているわけじゃない。勉強は昴生の方ができるので、昔からテスト勉強や課題で困った時には昴生に頼っていた。今でも試験前にはノートやレジュメのまとめを手伝ってもらっているし、料理を作ってやる時の食費は昴生持ちだ。
俺の話を聞き終えた二人は信じられないものを見るかのような目を俺に向けた。
「鴫野先輩、過保護すぎ」
「お前はあいつのお母さんかよ」
「お節介にも程があります」
「距離感バグってる」
友人たちの容赦のない言葉がぐさぐさと胸に突き刺さる。
「そんなにヤバい……?」
「ヤバいというかあり得ないですね。こんなにお節介な人見たことないです」
「あんまり甘えさせると一生わがまま王子のままだぞ」
二人の言う通り、俺は世話を焼きすぎる傾向があると思う。もしも俺の過保護さが昴生の性格の尖り具合に拍車をかけていたんだとしたら……。
「俺、昴生に構いすぎてたのかな……」
ぽつりと呟くと、二人は神妙な面持ちで頷いた。
「もうちょっと独り立ちさせた方がいいと思います」
「あれじゃでかい赤ちゃんだ」
でかい赤ちゃん。一理あるかも、と思ってしまった。
「なるほど……分かった、とりあえず色々試してみるよ」
「……というわけで、明日から朝起こしに来ないことにしたから」
講義が終わってから部屋を訪ねて、夕飯の肉野菜炒めを食べながらそう告げると、昴生はぽろりと箸を取り落とした。
「な……んだよ、急に」
「ほら、昴生も来なくていいって言ってただろ?」
「いや、それは……」
昴生は何か言い淀み、しかし口を閉じた。
「今まで過干渉だったなって反省したんだ。あんまり手を出しすぎるのも昴生のためにならないと思って」
「……」
「あと飯作りに来るのも控えるから」
「え」
昴生は弾かれたように顔を上げた。
「俺が作らなくてもちゃんと食えよ。いつも食費出してくれてありがとうな」
「い、や……別に……」
昴生の表情が曇っている気がする。視線がうろうろと彷徨い、落ち着きなく何度も足を組み変えている。突然のことで驚いたのだろうか。
「あ、合鍵も返した方がいいかな」
キーケースから鍵を取り外すと、昴生はテーブルの上のそれを凝視した。
「お……お前が持っていたいなら返さなくていい」
「え? 別に持っていたいわけじゃないよ」
朝起こしに行くために必要だっただけで、俺には友達の部屋の合鍵を持ち歩く趣味はない。防犯面を考慮しても返すべきだろう。しかし昴生はなかなか受け取ろうとしない。
「どうした? 何か問題ある?」
「も、問題は……ねえけど」
「なら良かった。ちょっと寂しくなるけど、何かあったら言ってくれよ」
「はあ? 誰も寂しいなんて言ってねえだろ」
「はいはい、分かったよ。怒るなって」
改めて指摘されて気づいたことだけど、今までは幼馴染といえど距離感がおかしかったように思う。きっとこれで適切な距離感で昴生と接することができるようになるはずだ。
その後、昴生はやけにゆっくりと残りの夕飯を食べ進めた。その姿は最後の晩餐を味わっているようにも、食事が喉を通っていないようにも見えた。いきなり色々言ったからプレッシャーをかけてしまったのかもしれない。
隣に住んでいることには変わりないし、いつでも会えるんだからそう大きな変化はないと思うんだけどな。それにいつまでも俺におんぶにだっこじゃ昴生もこの先困るだろう。これは生活を見直すいい機会なのだ。




