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「かんぱーい!」

 安い居酒屋チェーン店の座敷で、伊藤の音頭に合わせてグラスを掲げる。男の参加者は奥から伊藤、鈴木、昴生、俺の四人。テーブルを挟んで向かい側に座っている四人の女子は、伊藤と同じバイト先の女子大生とその友人たちだそうだ。みんなお洒落でレベルが高い。

「ええと……鴫野陽向です。経済学部の三年です。よろしくお願いします」

 しかし彼女たちの視線は、みな一様に昴生の方を向いていた。俺の自己紹介なんて誰も聞いちゃいない。まあ、こうなると思ってたけど。

 一通り自己紹介が終わると早速昴生は質問攻めにされていた。

「昴生くんって休みの日は何してる?」

「昴生くんの好きなタイプは?」

「昴生くん、お酒強いの?」

「あのさ」

 昴生の鋭い声が質問を遮る。

「俺、名前で呼んでいいって言ってない。それに詮索されるの好きじゃねえから」

「あ……ごめんなさい……」

 その一言で女子たちは完全に萎縮してしまった。急に距離を詰められて不快だったのかもしれないけれど、言い方ってものがあるだろう。

「あ、あー、ごめん! こいつちょっと人見知りっていうか……緊張してるだけだから」

「してねえよ。めんどくせえだけ」

「ばっ、お前……!」

 場の雰囲気が一気にお通夜のようになる。空気を読め!

 助けを求めて伊藤と鈴木に目を向けると、二人とも気まずそうに俯いていた。お前らが呼べって言ったんだろ!

「えっと……とりあえず、何か食べよう! ほら昴生、唐揚げ好きだろ?」

「レモンかけるなよ」

「分かってるよ! みんなは食べられないものある? なければ俺が取り分けるよ!」

 そうしてサラダ取り分け男子の役目を担った俺は、大皿のシーザーサラダを人数分にきっちり分けて配った。

 食事が始まればぎこちないながらも伊藤と鈴木を中心に雑談が生まれ始めた。女子たちは昴生のことをちらちら気にしながらも、話しかけていいのか迷っているようだった。ちなみに当の本人は素知らぬ顔で唐揚げを頬張っている。

「鴫野くんはどの辺に住んでるの?」

 そんな中、一人の女子が話しかけてきてくれた。俺の正面に座っている子で、名前は確か……及川さんだ。肩より少し長い髪をゆるく巻いており、首回りが広く開いたワンピースを着ている。色白の鎖骨に思わず視線を奪われそうになった。いや、別に変な意味なんかないけど、男なら見ちゃうだろ、これは。

「大学の近くで一人暮らししてるよ。で、隣に昴生が住んでる」

 右横を指差すと、切れ長の瞳がちらりと俺を見た。

「こいつ、本当に面倒くさがりでさ。俺が先に部屋決めたら、内見もしないで同じアパートにするって決めたんだよ。大学も今より上目指せたのに、どこでもいいからって俺と同じ大学を受けたんだ。びっくりするよね」

「へえ、そうなんだ……仲良しなんだね」

「仲良しっていうか、腐れ縁だよ。昔から昴生って朝めちゃくちゃ弱いから俺が毎朝起こしてるんだ」

「えっ、毎朝……?」

 及川さんの笑顔が引き攣ったように見えたのは気のせいだろうか。

「起こしてくれなんて頼んでない。お前が勝手に来てるだけだろ」

「まあそうだけど……お前、俺が行かないと朝メシ抜くだろ。ちゃんと食わないと体に悪いぞ」

「鴫野くん、料理するの?」

「簡単なものばっかりだけど、一応自炊してるよ」

「料理男子だね、かっこいい!」

 及川さんが明るい声を上げた瞬間、昴生は唐突に箸で唐揚げを突き刺した。

「なんだよ、いきなり……。行儀悪いぞ」

「……別に」

 憮然とした表情をしながら、残りのレモンサワーを一気に呷る昴生。なんなんだよ、訳分からん。

「えーと……鴫野くんと鷺森くんはすごく仲良しなんだね」

 及川さんが苦笑いを浮かべながらフォローしてくれた。おそらく気を遣わせてしまった。申し訳ない。



 その後も俺は料理を追加オーダーしたり、空いた皿を端に寄せたり、みんなのグラスの残り具合に気を配ったり、いわゆる遠慮のかたまりを処理したり、昴生がまた余計なことを言いそうになったら食べ物を与えて黙らせたりと奔走した。飲み会ってこんなに疲れるイベントだったっけ。

 店を出て、帰り道に合わせて俺と昴生は及川さんを、伊藤と鈴木は他三人を駅まで送っていった。及川さんとは違う路線だから改札でお別れだ。

「送ってくれてありがとう」

「うん、気をつけて帰って」

「陽向、帰るぞ」

 最後まで見送ろうとしたら昴生に腕を引っ張られた。

「え、ちょっと待って」

「いいからさっさとしろよ」

「ちょ、痛いって!」

 強い力で二の腕を掴まれて振り解けない。細身のくせに何でこんなに馬鹿力なんだよ、こいつ。

 結局引きずられるように改札を抜ける羽目になった。途中で振り返ってみたら及川さんはぽかんとした顔でこちらを見つめていた。本当に申し訳ない。


「お前、さっきから何なんだよ。無愛想な奴だとは思ってたけど、今日は特にひどいぞ。自分から行くって言ったくせに、あの態度はないだろ」

 ホームに着いたらようやく腕を解放された。昴生は不満げな表情を俺に向けた。

「行きたいわけじゃねえって言っただろ」

 昴生が合コンや飲み会が好きではないとは分かっていた。それでも行く気になったのなら、今までとは何か心境の変化があったのかもしれないと思ったのだ。しかし実際にはそんなことはなかった。社会性がなさすぎて心配になるレベルだ。

「だとしても、もう少し何とかしろよ。みんな困ってただろ」

「……お前がヘラヘラしてるからだろうが」

「はあ? してないし。普通に話してただけだろ」

「……」

 昴生は俯き、黙ってしまった。それ以上言うつもりはないらしい。だんまりを決め込まれてはどうしようもない。

「……もういいよ」

 アナウンスが響き、電車が滑り込んでくる。そこからアパートの部屋の前で別れるまで、会話はなかった。


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