蟹
「え? シュウイチ、お前、日曜にアヤカんち行かねーの? みんなで行くって話してただろ?」
「ああ……」
ある日、東京都内の高校に隣接する雑木林で、エイリアンが発見された。
「おれ、ちょっと体調わりーから……。じゃあな、また月曜」
「あ、おう。いいのかよ。そうそう行ける機会ねーのにな……」
「ふふっ」
そのエイリアンは、蟹によく似た姿をしていた。
「ん? なんだよ?」
「いや、シュウイチは行かないだろ」
大きさはツキノワグマほど。甲殻のような外殻に覆われた赤い体。左右四本、計八本の歩脚。二本の鋏脚。
蟹で言うところの目の部分には、カエンタケのような赤い突起が複数生え、その先端に目がついていた。
「なんでだよ? あいつだって気になってるだろ」
「だーかーら、シュウイチはさ……」
エイリアンの発見者は、体育の授業をサボって雑木林に入った二人の生徒だった。
そこで蟹型エイリアンと遭遇し、パニックを起こした二人はグラウンドに引き返した。それを追うようにエイリアンは樹上を俊敏に移動し、さらに一人が乗り越えたフェンスを一跳びで越え、グラウンドに姿を現した。異形の生物を目の当たりにした生徒たちは、悲鳴を上げながら逃げ惑った。
「……アヤカ? もしもし?」
『シュウイチくん?』
「おう、今から行くよ。お土産は何がいい? あいつら、チーズが好きなんだっけ?」
『いらない……』
「冗談だよ。わかってる……」
その存在は、SNSによる動画の拡散ですぐに日本中へと知れ渡った。
そして数日後、まるでもう隠れる意味はないとでも言うように、エイリアンが集団で姿を現した。
政府は初めこそ警戒態勢を敷いたが、彼らに一定の知性があり、また敵意がないことが判明すると、友好関係を築く方向へと舵を切った。
東京湾の埋立地の一部を彼らに提供し、住居を建て、さらに交流の一環として希望者数名がエイリアンと共に暮らすことになった。
『うちの人、あと一時間で出かけるみたいだから、そのときに……』
「ああ、ちょうどその頃に着くと思う。でも、どうやって入ったらいいかな?」
『……フェンスの一部に穴が開いているの。そこから入れると思う。警備の人もいないし』
「警備、ずいぶん緩いな。まあ、あれから数か月も経てばそうなるか」
エイリアンとの共存を選んだ者には、政府から生活補助金が支給された。しかし、一部では『生贄ではないか』『実験材料にされるのでは?』『家庭の財政的困窮を利用した人権侵害だ』『強制結婚だ』などと非難の声が上がっていた。
政府は公表していないが、彼らからかなりの量の地球外の資源や技術が提供されているという噂もあった。
『うん……それに、あの人たちが「見張られているみたいで嫌だ」って政府に言ったみたい』
「あの人たちじゃなくて、あの蟹たちだろ」
『あ、うん。ふふふ……』
「ははは……でも、二人でフェンスを越えるなんて、あの日みたいだな」
『え?』
「ん?」
『あ、うん、そうだね……』
「おう、あ、あのときはさ、ちょっと置いてっちゃってごめんな……」
『……』
「その、あの蟹たちに驚いてさ。いきなりだったし、でも、最後は合流できたからよかったよな。離れていたのも二分ぐらいだったし」
『もっと長かったよ』
「そ、そうか……でも、おれが言いたいのは、今度は離さないっていうか……」
『うん、待ってるね……』
ある日突然、政府は彼らとの関係を解消すると発表した。ある夜、エイリアン居住区から一人の十代の女性が脱走したことで、彼らの生態および事件が発覚したためである。
彼女は泣きながら路上を駆け、必死に助けを求めた。そして、そのあとを追っていたのは、都内の高校の生徒とみられる若い男性。正確には、蟹型エイリアンに寄生されたかつての男性だった。
男性の胸部には穴が開いており、そこから体内へ侵入したと思われる。また、蟹の体もエイリアンの宿主であったとされ、寄生された男性の異様な動きから、SNSでは『バケガニ』と呼ぶ声が広がっている。ただ、逆立ちしながら女性を追いかけた理由についてはわかっていない。
男性に寄生したエイリアンは、駆けつけた警官によって射殺され、女性は保護された。現在も都内の病院で治療中である。なお、女性は妊娠しているとみられる。




