その話ホントですか?
僕は撫でていた手を止めて、ゆっくりと加藤を自分の胸から離す。
すると加藤は少し高潮させた顔を不安そうに歪ませた。
僕はその見覚えのある表情にどきりとして、慌てて声をかける。
「違うよ先生――。
さっきの話。もう一度、ちゃんと聞かせてもらおうと思って。
嫌ってるわけじゃないよ」
僕は加藤の目をまっすぐ見て言う。
……それにしても、外見は全然違うのにちょっとした表情や仕草から『ケンタ』を感じてしまう。
全然意味わかんないけど、やっぱり加藤はケンタなんだろうか……。
「あ、うん。
――さっきも言ったけど、俺『ケンタ』なんだ。
ケンタの生まれ変わり」
加藤は自分の涙をごしごしとこすると、僕から体を離しまじめな顔で説明をし始めた。
「――あの事故に遭った時も、ただコウの笑顔が見たかっただけなんだ。
でも俺、うっかり車に撥ねられちゃったろ?
あ、しまった!って思ったときには遅くてさ。
俺動けないし、コウは泣いてるし。もう悲しくて悲しくて……。
そのうち俺の意識が無くなって、気が付いたら水先案内人が俺の手を引いて空に上っていってたんだ」
「水先案内人? 」
こくりと加藤が頷く。
水先案内人って、やっぱ魂を閻魔大王の所に連れて行く人……のことなんだろうな。
「そいつは俺が死んだって言うんだ。
俺、死んだっていう意味すらわかんなかったから、とにかくコウに合わせろって吼えてさ……。
煩いからってちょっとだけならコウの姿を見ても良いって事になったんだ。
――そしたらコウ、全然笑わなくなってて、元気も無くて、俺悲しくなっちゃってさ。
どうしたらコウの傍にいれるのかそいつに聞いたんだよ。
でももう死んだから無理って……」
加藤の拳にぎゅっと力が入った。
「それでもなんとかお願いしてみたら、上司に相談してみるって言ってくれて……」
「上司? 」
僕は素っ頓狂な声を上げた。
大体水先案内人の上司って……?
「あー……。
そうだな……平たく言えば会社っぽい組織なんだ。
俺が最初に会った案内人は結構下っ端のヤツだったから」
「へえ。
会社組織……」
加藤は軽く頷くと話を続ける。
「そこでその上司が話を聞いてくれることになったんだ。
俺、コウの傍に居たいって必死でお願いして……
そしたら……バイトを頑張れば出来ないことも無いって言われて……」
加藤はゆっくりと目線を僕からはずし、高い空を見上げた。
先ほどまでうるさいくらいに空を飛び回っていた雲はいつの間にか無くなり、真っ青な空がそこに佇んでいる。
「水先案内人補佐って仕事だった。
期間は<徳>が瓶いっぱいになるまで」
「徳? 」
僕は加藤の寂しそうな横顔を見つめる。
「徳っていうのは、亡くなった人の魂が現世に未練を残さず、満たされた気持ちになった時に出来る真珠みたいなやつなんだけど……。
そういうのが出る魂ってかなり稀で……瓶いっぱいにするのに500年もかかったんだよ」
「500年……」
……気の遠くなるような長い時間、ケンタは徳を集めるために必死でバイトをしたんだろうか。
まだ十数年しか生きていない僕には、まったく想像が付かないくらいの月日だ。
――ん?
「ち、ちょっと待てよ先生」
僕は先ほどから引っかかっていたことを口にする。
「ケンタが死んで500年バイトしてたんだろ?
それが終わって、転生? したとしてもさ。
先生は俺より年上じゃないか!
それっておかしくないか?! 」
僕はなんだか自分でも抑えきれないくらい感情的になって、つい口調を荒げた。
――もし、加藤が今にも泣き出しそうな顔をしていなければ、僕は胸倉を掴んでいただろう。