僕にそんな趣味はありません
「ええっ?!」
僕は頭が混乱している。
そもそも寝不足だったから、こんなありえない夢を見ているのかもしれない。
僕は右手で思い切りほっぺたを抓ってみた。
ぎゅーっと抓ると……痛い。
やっぱり痛い。
どうしても痛い。
痛いってコトは……。
やっぱり現実なんだろうか?
でも、この状況……。
「やっぱありえねぇ……」僕は小さく呟いてみる。
「ちがう! ありえなくない! これは――俺の努力の賜物なんだ! 」
担任の加藤は僕を抱きしめながら、そんな台詞を口にしている。
努力の賜物って……そんな非科学的なことが?
僕は思考停止寸前の頭をなんとか動かす。
「先生――とりあえず、放してくれませんか? 」
とにかく先生は大人だ。
しかも男だ。
力もあるので、中学生のか弱い僕は身動きがとれずにもがいている。
まるで蜘蛛の巣につかまった虫の気分だ。
そんなやつに抱きしめられ、虫の気分を味わっている僕は嬉しいことなど何もない。
あるわけが、ない。
――まあ、先生が女だとしても、年上だし、やっぱり嬉しくないんだけどさ。
「せっかく500年ぶりに会えたのに、離してたまるか!
俺はコウの為に雑用をさせられてたんだからな! 」
僕の気持ちなどお構いなしに、先生は僕を益々抱きしめる。
だからー! 意味わかんねぇって!
「とりあえず放して! 苦しいですって! 」
僕はそう言うと、少し咳き込んだ。
先生はやっと、きつく抱きしめていたのを理解したのか、ぱっと手を離した。
「ご、ごめん。
俺、あんまり嬉しくて、つい……」
先生はそういうと恥ずかしそうに僕を見た。
なんなんだ? 一体。
「せ、先生ってそういう趣味が……あったんですか。
僕がどうこう言うことじゃないですけど、そういうことはちゃんと相手が了承してからのほうがいいんじゃないですか? 」
僕は学ランの襟の部分を直しながら、言う。
「ちなみに僕にはそういう趣味はありませんので。
――用事もなさそうなので、僕はこれで失礼します」
僕は一応形式的にお辞儀をして、その場を去った。先生の目も見ずに。