思い出の落とし物 ①
現在迷走中です。
内容がコロコロ変わります。
会議室で見かけるような長テーブルが一つと、ありふれた普通のパイプ椅子が四つ。
スチールの書架には青色のファイルがずらりと並んでいる。
生徒会の役員が全員集まると窮屈な教室も、一人だと広く感じた。
生徒会顧問の田口先生に書類の整理を頼まれ、一人で作業を始めて一時間程が経つ。このペースなら予定よりも早く終わりそうだ。
「他の人にも声を掛けたんだけどねえ、みんな予定があるみたいで」
情けない姿を隠そうともしなかった先生の姿と言葉を思い出して、ため息が漏れた。嘘に決まっている。
こうして私が一人、生徒会室で書類の整理をしている間にも、きっと他の人たちは思い思いの放課後を過ごしているはずだ。それが憎たらしい。私だって人を待たせている。
それなら私も適当に理由をつけて帰ればよかった、とはならない。
物事には優先順位がある。自分の中でそれを考えたとき、生徒会という与えられた役割は、放課後の自由よりも優先するべきなのだ。
不言実行。あれこれ言う前に成すべきことを成す。それが私の生き方。
もちろん、私の生き方を他の人に強要するつもりはない。けれど、やるべきことすら明確にできない人に対して、憤りや憎たらしさ、苛立ちを感じる。
「アンタは頭が硬すぎるのよ。そんなんじゃあ、穂澄くんも愛想つかしちゃうんじゃない?」
今度は家のソファーで私のことを酒の肴に話していた姉の姿と言葉が頭に浮かんだ。余計なお世話である。大体、姉に穂澄君の何がわかるというのだ。
無意識に動かす手が早くなる。
不言実行。物事の優先順位を守る。しかし、物事の重要度と優先順位は比例しない。
***
一息ついて、もう一度手を動かし始めた時だった。
扉がノックされる。
返事を返すと、扉が開き女子生徒が顔を覗かせた。
「失礼しまーす」
春にも関わらず微かに日に焼けて見える肌と、うなじあたりで切りそろえられたショートヘア。眉は細めに整えられていて、目の大きさが際立っている。はつらつとした雰囲気を放つ彼女に見覚えがあった。確か同じ二年生で、今は別のクラスになった、そう、藤井さん。
「あれ、高見さん一人?」
「ええ。どうかした?」
「あ、うん。落とし物を受け取りに来たの」
生徒会室前に設置されている、お菓子の空き缶を再利用して作った箱は、落とし物回収ボックスと呼ばれている。簡易的なものだが、あれで結構生徒の役に立っている。確か、先週は一年生の生徒が自転車の鍵を受け取りに来ていた。
「じゃあこの紙に名前書いてくれる?」
私は引き出しから落とし物の受取用紙を取り出し、ボールペンと一緒に机に置いた。
「わかった」
藤井さんは膝立ちになって、ボールペンを走らせる。
こうして受取用紙に学年、クラス、出席番号、名前、受け取り物を記入してもらうのは、盗難防止の意味を込めた規則だ。少々厳格すぎるとは思うけれど、規則なら仕方がない。疎かにしてはいけない。
書き終えた藤井さんが紙を私の方に滑らせた。
「はい」
受取用紙を見ると、女の子らしい丸文字で「2年3組28番 藤井 加乃」と書かれていた。加乃と言うのね。名前までは知らなかった。
それから、私の視線は受取品の項目の「写真」という文字に引き寄せられる。
「写真?」
「ああ、うん」
私が反応すると、藤井さんはスカートのポケットから大事そうに一枚の写真を取り出し、机の上に置いた。
映っているのは数人の男子生徒。部活動のユニフォームを着て、手に持っているのはテニスラケットだ。中央に立つ生徒が満面の笑みで大きなトロフィーを抱え、嬉しさのあまりはしゃいでいたのか、数人ぼやけて写っていた。当時の喜びが伝わってくる。
そう言えば、去年の夏の大会で男子テニス部は念願の県大会優勝をしたと、新聞部が作成した手書きの壁新聞か何かで見た記憶がある。
「あたし、テニス部だからさ」
テニス部だから、テニス部の写真を引き取りに来た、ということ?
「じゃあ、あたし帰るね」
「ちょっと待って」
私は生徒会室を出ていこうとした藤井さんを呼び止める。これはきっとやらなければならないことのはずだ。
「どうかした?」
藤井さんは振り返って私を見る。
「藤井さんは男子テニス部の部員とは仲が良いの?」
「うーん、別に普通かな。そもそも、一緒に部活することなんてほとんどないし」
「藤井さんってお兄さんとか弟っている?」
「え? いないけど……」
「じゃあ、彼氏は?」
「えっと……彼氏もいないよ? なに、どうしたの急に」
訳が分からないといった風な顔をする藤井さん。
私は確信を持って口にする。
「その写真、藤井さんのものじゃないんじゃない?」
一瞬間が開いた。
「……え?」
藤井さんが動揺したのは見て明らかだった。
「男子部員しか写ってない写真の持ち主が、女子部員の藤井さんっていうのはおかしいと思う。それに男子テニス部とは特別仲が良いわけでもないのでしょ? あと兄弟も彼氏もいないって」
藤井さんは私と目を合わせようとしない。
しばらくして「ごめん」と藤井さんは一言口にした。
「どうして、その写真を盗ろうとしたの?」
別に責めているわけではないし、このあと先生に突き出すつもりもない。もしこれが他人の財布となれば話は別だけれど、写真一枚ともなれば優先順位は決して高くない。問題は本来の持ち主のもとに戻らないことなのだ。
まあ、落とし物回収ボックスも月に一度中身を整理する際には、残っていた落とし物は捨ててしまうのだけれど、まだ猶予はあるから。
「……写真の持ち主に返したくて」
「持ち主?」
「うん。その写真、去年の夏の大会のものなの。写っているのは卒業した先輩。だから、これ見つけたとき、きっと先輩が落としちゃったんだろうって思って」
確かに男子テニス部員にとってこの写真は思い出深いもののはず。でも、私は思う。
「藤井さん。多分、この写真の持ち主は三年生のものじゃないと思う」
「え?」
目が点になっていた。
その驚いた顔が面白くて、笑いそうになる。
「普通の生徒は知らなくても当然なんだけど、生徒会室にある回収ボックスは月に一度中身を整理しているの。あれで案外落とし物って溜まってくから、定期的にね。それで、今落とし物ボックスに入ってるものは一カ月前。つまり四月に回収ボックスに入れられたものなの」
私は首を傾げる藤井さんに続けて言う。
「だからね、その写真を落としたのは卒業された先輩じゃないと思う。四月にはもう、三年生は卒業してるでしょ?」
藤井さんは理解したのか「あ」と声を漏らした。
「それに一カ月前にボックスの中身を整理したのは私だから分かるけど、三月の時点でこの写真はボックスの中に入っていなかったわ」
「で、でも、写真が落ちた月と拾われた月が一緒とは言い切れないでしょ? もしかしたら写真が落ちたのは三月以前かもしれないし」
「三月以前なら、きっと他の人が拾って、写真に写るテニス部の人に渡していたと思うけど?」
「た、確かに……」
藤井さんはがっくりと肩を落とした。
藤井さんの相当な落ち込み具合も何だか不思議だった。
それほど落ち込むまで、この写真を卒業生に渡したかったのか。
「じゃあ結局、この写真の持ち主はだれなの?」
興味を失ったようにも見える。
投げやりな口調だった。
「一番あり得そうなのは男子テニス部の誰かだと思う」
「そっか。うん、そうだよね。ごめんね、盗っちゃおうとして。この写真、ボックスの中に戻しておくから」
生徒会室を出ていこうとする藤井さん。
私はまた声を掛けて呼び止めた。
「その写真、テニス部の男子に渡しておいてくれない?」
「え? なんであたし?」
不服そうな顔。私は口元を吊り上げて言う。
「それくらいは頼まれてくれてもいいでしょう?」
未遂だけれど一応は盗み。罰としてそれくらいのことはしてもらっても良いだろう。
その言葉の意図を読み取ってくれたようで、藤井さんは肩を落として頷いた。
「はあ……わかった」
②に続きます。
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