プロローグ−6『希死と星霜』(下)
やあ。
俺が今まで下敷きになっていた瓦礫を、いとも簡単に持ち上げて、アイツは、憎たらしく笑った。
よかった、まだ生きてたんだね。
──あたりまえだ。お前こそ、生きてたのかよ。
いやいや、こう見えて死んでるかもしれないよ?
バカ言え。お前が死ぬわけないだろ。
自分から言ったクセに。
クスクスとアイツは笑った。俺も、少し笑って、立ち上がる。
君はいい人だね。私を庇う必要なんてなかったのに。
スキルで復活できても、痛みはあるんだろ。なら俺が埋まってたほうがいい。俺はこんなことじゃ死なないからな。
私の方が死なないよ?
ハッ。つくづくそのスキル、羨ましいぜ。早くお前の血を飲みてえよ、リーダー。
いつものやり取りに、アイツはいつも通り返した。
「ダメ」
***
友達を作ったら、その友達が燃やされた。
逃げようと言ってくれる親友がいた。謂れのない罪で、名誉を傷つけられたまま処刑された。
『彼』が本当の親じゃないと気づいた。本当の親は死んでるんだろうな、と冷静な自分がいた。
だが、その時より、もっと直接的に。
耳のすぐ近くから。
『お前のせいだ』『お前のせいだ』『お前のせいだ』
と。そんな声が聞こえた。
うち伏せるアイン・サンダルフォンの身体……いや死体に、その場に座りこんでしまった少女は、声が枯れるほどに、絶叫する。
アキアは鼻で笑った。
「望み通り、死んだか。いくら名声があろうと、冒険者なぞこんなものか」
「でも……レク姉のあんな顔、初めて見たよ」
「まあな。周りの奴らが『星霜』に殺されることはあっても、レク自身が人を殺したのは、初めてなんだろうよ」
少女の罪悪感を上塗りするように、アキアは言葉を叩きつける。
「私が……殺した?」
「そうだろう。お前がサンダルフォンに自らを護衛させたから、ヤツは死んだ」
「それは、あの人が勝手についてきたから……」
「そうなのか? 依頼という制約さえなければ、お前を庇おうとなんてせず、逃げるものだと思ったんだが」
ズキリと、少女の心が痛む。
そうだったのだろうか。私があんなことを言わなければ、逃げてくれていたのか。
そもそもどうして、依頼なんて言葉を使ってしまったんだろう。最初は『誰も巻きこみたくない』なんて、殊勝にも、そう思えていたはずだったのに。
アイン・サンダルフォン。あの人を思い出そうとすると、笑顔ばかりが思い浮かぶ。
死にたいと言いながら笑う、変人だった。
でも少女は、彼に死んでほしくなかった。自覚する。
少女に親しくした人間はみんな死んで、誰も彼女に関わってくれなくなった。話そうとしても、腫れ物に触れるような態度。
それは、『誰とも親しくしちゃ、いけないんだ』と、少女自身に思わせてしまうくらいで。
(なのに、彼は喜んで、私のことに、首をつっこんでくれた)
少女は、アキアへ、手を伸ばす。
モノリスを放つ、構えだった。
アキアは物憂げに目を伏せて、口を開く。
「抵抗するな、レク。お前を殺すことになってしまう」
「抵抗しなくても、同じでしょ?」
「そうだ。どの道お前は死ぬ。だがそのとき、殺すのは『星霜』だ。姉妹で殺し合いは、したくない」
「同じことだよ、あなたが私を捕まえるなら。殺すも同然のこと。アキアも、言ったでしょ」
少女はアインの死体をチラリと見る。
認めた。彼を、他ならぬ少女自身が殺したんだと。
たとえ彼が死にたがっていても……。
「ごめんなさい、アインさん。私は、生きたいです。それに、生きて、ほしかった」
「……エル」
「──姉さん、ごめん、無理だ。魔力が足りない」
それを聞いて、少女は『ハハ……』と笑った。彼の笑い方が、移ったのだろうか。
元々、エルリックの『アーティファクト』で少女の『モノリス』を破壊するには、天井に浮かぶ無数の剣に、魔力を注ぎ込む必要があった。その魔力消費は、あまりにも多すぎる。
エルリックは、その量の魔力を二度も使った。それでも少女が生きているのは、アインが庇ったため。
エルの魔力枯渇に気づいていたから、アインはあのタイミングで、少女を助けたのだ。そう、少女は考える。
(流石だ。流石、『冒険者の英雄』……)
だから、少女は祈った。
彼への謝罪と感謝を。
「──星霜『モノリス』!」
「──星霜『アンモナイト』!」
互いに手をかざし、魔法を使う。
少女は石版を放ち、アキアは死体を操った。
さきほどアインたちが殺した、ゴブリンたちの死体。それが、魔法により突然動き出し、モノリスからアキアをかばう。
モノリスは凄まじい速度で死体へ向かうが、何十匹もの死体を貫けるほどの勢いはなかった。
十数匹の死体の胸部を貫通すると、モノリスは完全に停止する。
しかし、完全に破壊されなかった、『アンモナイト』によって操られるゴブリンの死体は、未だ動くことができた。
少女へ、死体の群れは走る。その手にはいつの間にか、石やこん棒など、凶器が握られていた。
それらに対してまた、決死の表情で、少女は魔法を……。
──使おうとして、動きを止めた。
少女だけじゃない。アキアも、エルリックも、死体も。その異様な気配に、硬直する。
どこからその気配が出ているのか。
いままでの戦いなど忘れて、視線をさまよわせる。それほどに、気配は『異質』だった。
「……姉さん、魔法使ってないよね」
「何?」
最初に気づいたのは、エルリックだ。
「あの死体…………動いてる」
「……な」
「え!?」
アインさんが、生きているのか。そう思って視線を向けた先、アインの身体は、少女が思う以上に衝撃的な様相を見せた。
潰れたはずの目は、いつの間にか新しく形成されていて、あらぬ方に曲がった関節は、正しい方向に修正される。
そして、削られたあごが再生したとき、彼は。
「──ハハ」
最初、少女はそれを聞いて、いつもの笑い声だと思った。
「ハハっハハ、はははははははははははははははははははは! ハハハハっ! アーッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
狂笑。
そうとしか呼べない、笑顔を浮かべて、死んだはずのアインは、とうとう立ち上がった。
「最ッ高だ! 面白すぎる! 魔法使いの戦いなんて初めて見たぜ! ええ? それにさ、なんだよ、なんでお前らの魔法は同じ『星霜』なんだ! そんなの、聞いたこともねえ! なんならこれだけいるのに星霜なんて魔法も聞いたことねえしなあ! 意味わからなすぎだろ! ハハハ!」
その場にいる『星霜』全員を順番に指さす。最後、少女を見て、アインはまた笑った。
「それにお前、最高だ! 『レク』! そうだ、お前は生きたいって言ってイイ! 話を聞いてりゃ、生きるか死ぬかの逃走劇だって? 波乱万丈すぎるだろ! 楽しませてくれるじゃねえか──!」
「……アイン、さん?」
「だッからこそ、違うんだよ!」
突然、まとう雰囲気を静かなそれに変えて、アインは言った。
「まだ死ねないな、こんな最高な気分じゃ。俺達の終わりは、もっと。もっと──」
服の上から、その下の心臓を握るように、自らの胸板に爪を立ててアインは、続けた。
「──最低で最悪な、死に方のはずだ」
少女はそこに、鈍重で拘泥な、彼の執着を見たような気がした。
「お前、その魔法──いや、スキルはなんだ? 死んだ状態から生き返るなんて、ありえるはずがない」
やっと、アキアは口を開ける。今までは、それすらできなかった。完全に、アインの放つおどろおどろしい気配に飲みこまれている。
だから、アインが彼女を臆させたのは、これで二度目だ。彼にとっては、死んだ友人の口癖を、また真似るだけだが。
そのスキルを名付けたのは、彼女なのだから。
「『気分転換』さ」
「……はあ?」
アキアの疑問を無視してアインは、続けて、まるで魔法のように言葉を唱えた。
それは、限りなく魔法に近い、彼のスキル。
「峻厳」
辺りに飛び散ったアインの血が、空中へと集められ、彼の手に刃を形作る。禍々しく赤黒い、血の刃。
『彼女』が生きていた頃は、スキルを持ってる『彼女』がそれを作って、腕の優れたアインがそれを使う、といった戦い方だった。
だが今は、アインがそのスキルを持っている。自分で作った血の刃を、自分が使っている。
悲しげに笑って、彼は目の前を見据えた。
『魔力視』によれば、想定通り、エルリックの魔力は完全に枯れている。そしてアキアは、現在進行系で魔力を使っていた。
目の前の、死体の群れを動かしているのだろう。
が、それもすぐ無駄になる。
アインは『峻厳』を振った。
赤い一閃が、死体を再び殺す──。
「……な」
「ああっ、姉さん!」
血で創られた刃は伸縮して、ゴブリンの死体全てをズタズタに切り刻む。頭を破壊しても動く死体だが、粉々にしてしまえば問題なく倒せた。
そして、刃が斬ったのは、死体だけじゃない。
血が、噴出する。アキアは咄嗟に、自らの傷をおさえた。
「姉さん、首が……」
「問題、ない。……かはッ。……星霜……『アンモナイト』」
問題ないという言葉を証明するように、詠唱して、アキアが傷をおさえる手を離すと、首の斬り傷は塞がっていた。
少女には、石や岩……のようななにかが、アキアの首にこびりついているように見えた。
「エル、逃げるぞ。このままじゃ、私たちがやられる」
「ええっ、姉さん。レク姉はどうするの」
「今は諦めろ。もっと準備を整えてからだ。ああ、イヤ──」
アキアが、アインを見つめる。睨むと言ってもよかった。
「そんな余裕はないかもな」
「ああ。いまここで殺してもいい。妹を殺すぐらいだ。お前らもその覚悟は……」
「やめてください、アインさん」
声が聞こえて、アインは下へ視線を向ける。
眼下で少女が、彼を見上げ、首を横に振っていた。
ふと気づいて、すぐ視線を戻す。が、遅い。既に、アキアたちの姿は見えなくなっていた。
アインは、諦めたような、ため息をつく。
「……殺したくなかったか」
「ごめんなさい。やっぱり、お姉ちゃんなので」
***
モノリスを周囲に配置して、寝床の準備を終えたあと、俺はレクにビンタされていた。
「……どうして教えてくれなかったんですか」
「『気分転換』のことか? 嘘はつけねえからな。『気分転換』も、不死身ってわけじゃねえ」
──俺が死ねる、その条件を、満たせるかもしれなかったからさ。
そんな風に言うと、レクはまた、俺をひっ叩く。
アキアの魔法で広がった空間に、その音はよく響いた。
「『最低で、最悪な死に方』ですか。それだけ私は不吉でしたか」
「まあ、そりゃ──」
「そんなに、死にたいんですか!」
「……」
我ながらいじけたように、レクから視線を反らしていたから、いまやっと気がついた。
彼女が、涙目になっていることに。
「おい、レク──」
「……決めました」
「ああん? 何をだ」
「依頼続行です」
俺は少し意外だった。彼女が泣いてるのは、俺の身を案じてのものだと思っていたのだが。
『アインさんが殺されかけたのは私のせいだ』とまで思ってるのかと、予想していた。
だから、護衛依頼を取り下げるつもりだったなら、その考えを、徹底的に否定してやろうと思っていたのに。
レクが言ったのはその真逆だった。
「身体を再生するスキルがあっても、痛みはあるんでしょう?」
「ん? そうだな…… 」
「それなら、どうして……。いや、いいです。あなたに言わせれば、私は『楽しませてくれる』人間なんでしょう?」
「ああ」
「なら、あなたを楽しませてあげます。お望み通り、私を護衛させて、一番近いところで巻き込んであげますよ。気分転換がしたいんでしょう?」
俺は不可解に眉をひそめる。だが、どうしたって笑顔は出てしまっていた。ただし、レクの台詞に、笑みすら消える。
「おい、レク──」
「もっと幸せになるべきだ、私もあなたも。……アインは、私を助けてくれた。だから、今度は私が──」
レクは、俺の返答を待たずに、指をつきつけた。
「あなたに『生きたい』って、言わせてやる」
俺は瞠目した。驚き過ぎたその表情は、ハタから見たら滑稽だったろう。だが、彼女は笑いもしなかった。
その真剣な表情が、『彼女』……俺のリーダーに、重なるような気がして。
「お前の血を飲みてえ」
……つい、昔の口癖を声に出してしまった。
──かくして、希死と星霜は、その先に待つものも知らずに、手を取った。
目の前に迫る地獄を、確信しながら。
これでプロローグは終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました。
第一章からは不定期な週で三日連続投稿をするつもりなので、土曜に投稿されていれば、日曜月曜にも投稿されるんだな〜と思ってください。
よろしくおねがいします。