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プロローグ−5『希死と星霜』(上)


 『血売り』。


 そう呼ばれる店は、どの街でも大体ギルドの近くにある。

 つまり、路地裏みたいな、人目につかない場所で経営してる血売りは希少だってことだ。


「おー、本で見た通りだ……。この瓶を首から下げれば、他の人のスキルが使えるようになるんでしたっけ?」

「ちげーよ。どこで読んだ」


 俺たちはそんな、珍しい(たぐい)の血売りに来ていた。

 トンチンカンなことを言うレクちゃんが持った赤い瓶は、割れかけのガラスケースに何本も陳列されてる内の一つだ。

 こんなとこで経営してるあたり、これらの血もなにかしら後ろ暗い方法で手に入れたんだろう。


 レクちゃんが持つ瓶には『竜顎』と書かれてる。察するに、アゴの筋肉を強化するスキルらしい。これはナシだな。他の瓶を見るか。


 しっかし、やっぱ子供だな。俺が瓶をいろいろ品定めしているのに、レクちゃんは未だに同じ瓶を見て、目をキラキラさせてる。


「いや、お前もさっさと選べよ。レクちゃん」

「へ?」

「へじゃねえよ。君のためにここに来たんだから」


 血売りに来るって提案をしたのは俺だ。

 最初こそ迷いなく歩いてたレクちゃんだったが、アレは衛兵にボコられてたジイさんを心配して、様子を見にいっただけだった。


 今朝会ったとき俺は寝ていたが、レクちゃんは昨日からずっと寝ていなかったらしい。夜通し逃亡しつづけて睡魔の限界を迎えて、そのため寝てるあいだジイさんに匿ってもらっていたという話だ。


 それを聞くと、俺は『行かないほうがいい』と言った。衛兵たちが暴力を見せてジイさんを脅していたアレは、野次馬のせいで、ちょっとした騒ぎになってるだろう。

 騒ぎを聞いてかけつけた他の衛兵たちがいないとも限らない。ンな場所に戻るのはなー。


 それに、ジイさんが脅されてるのを見過ごして、俺が気まずいのもあった。


「私のため……あ、そのつもりだったんですか。すみません。アインさんがスキルを得るために来たんだと思ってました」

「まあそれもあるけどよぉ……。ここにあるスキルはだいたい持ってるし」


 レクちゃんの謝罪に、俺は首を傾げながら答えた。すいませんって何だ?


「いえ、私は………他人のスキルをもらえない体質なんです。あのとき言ってればよかったですね、すみません」

「なんだって? スキルを獲得できないのか?」

「魔法が原因らしいんですけど……。詳しくは教えてもらえませんでした」


 原因を聞いても、俺は半信半疑だった。

 いや、俺が知らないだけで、魔法使いにそんな症状があっても不思議はないのか……?


 そもそも、魔法使いは希少だからなあ。情報が行き渡りにくいんだろうか。

 路地裏を含めて、この街に、レクちゃん以外の魔法使いはたった一人しかいない。街が小さいのもあるが……。


「試したことは…………ああ、ないのか。どうやってスキルを手に入れるのか、知らなかったもんな」

「はい……。一応、試してみますか?」

「ああ。まあスキルもらえなくても、俺が飲むから、いい感じの選ぼうぜ」


 レクちゃんの護衛とは言うが、彼女自身が生き延びるのに特化したスキルを持っていたなら、楽になるだろうし、成功もしやすい。まあ、レクちゃんがこの瓶でスキルを獲得できたらの話だが……。


 これは、仲間がいたころも時々やってた護衛の方法だった。

 そんときは依頼主の自腹を切ってもらってたが、今回は俺のおごり。金持ってなさそうだしな。


 買ったのは、レクちゃんが逃げるための『兎脚』『疾脚』、それに、万が一レクちゃんが攻撃されたときもできるだけ傷つかないための防御スキル『硬皮』の瓶。


 俺のためのスキルは他にもいろいろ。というか店に並んでた全部。


「この店のスキルはだいたい持ってるんじゃなかったんですか?」

「いや、同じスキルを得ようとすると、ちょっとのあいだスキルが強化されるんだよ。緊急用だな」

「へえ……」


 そして、レクちゃんは俺と赤黒い瓶で視線を往復させると、絞り出すように声を出した。


「……飲むって言ってましたけど、もしかして、瓶の中身を飲むんですか? 中身、血ですよね」

「もちろんそうだ。『親しき者の血を飲めば、相手が持ってる力を得る』。ま、これは知らない誰かの血だけど。だいたい神の血といっしょさ」

「神の血……? なんですかそれ?」


 俺は少し目を見開く。その話は、教会で話を聞けばすぐ出てくる話だったから、伝わると思ってたんだが。


「いや、いい。さっさと飲め」

「そうですか? じゃあ『兎脚』から……」


 それは奇しくも、俺が彼女を助けるときに使ったスキルだった。 


 血をゴクンと飲み下して、レクちゃんは冷や汗をかく。

 冒険者の俺にはあまり想像できないが、この方法でスキルを獲得したことがないヤツは、他人の血を飲むことに対して忌避感を感じるのかもしれない。


 しかし、力を手に入れる他の方法となると、生まれた時に生得スキル、それか生得魔法を得るぐらいしかないしな……。


 だが実際、さっき言っていた通り、血を飲んでも、レクちゃんが『兎脚』を使うことはできなかった。

 つまり、レクちゃんはあのモノリスの魔法しか使えないのか。うーん……ギリギリマイナスだな。


「やっぱり」

「じゃ、残りの血は俺が飲むってことで。それで、今度こそ、どこ行くんだ?」

「そうですね、まずデルウィンを出ましょうか。私がここに来たとき、いい抜け道が見つかったんですよ」


 『デルウィン』。それは、この街の名前だった。

 抜け穴から街を出れば、衛兵にも見つからないと、彼女は笑う。なんだ、街を出るだけか。そう俺はガッカリした。


 早とちりだった。



***



「──つまり、貴様に従えと?」

「そうだ。じき市長からも命令書が届くだろう。ここで私を拒絶しても事態は変わらない」


 シンディ……デルウィンの兵士長は机の向こう、ふんぞり返るフードに視線を向ける。

 当局の応接室でそんな態度が保てる人間を、シンディは初めて見た。


 シンディは首を横に振る。


「正式な命令書が届いていないなら、貴様の話を聞き入れることはできないな」

「それでいい。しかし、命令書が送られればすぐに行動してもらう。準備をしておけ」


 眉をひそめる。それを宣告するためだけに来たのか?


「……準備とは?」

「兵士を動かす準備だ。とある人物を探してもらう。手配書の体裁は私たちが整えよう」

「衛兵は貴様の私兵ではないのだがな」


 そうは言いつつも、シンディは必要以上に咎めなかった。


 なぜか、確信があったのだ。フードが言うとおりに、命令書は来るだろうという。

 目の前のフードをかぶった人物──『アキア』と名乗るそいつに従えという、命令書が。


 無根拠な確信だった。市長を動かせる力なんて、そうある物ではないはずなのに。


「そして、デルウィンの警備に抜け穴がないか調べろ」

「警備? どこの話だ」

「城壁だ。関所の検問から逃れて、街を出入りする方法がないか、探せ」


 たいていの街がそうであるように、デルウィンの街は城壁に囲まれている。魔物と犯罪者を入らせないための、小規模な城壁。


 そこに抜け穴があったとすれば、『シンディ兵長』にとっても大問題だった。


「どうしてだ? なぜ抜け穴があると?」

「この街で、私たちの探している人物が見つかった。ヤツが堂々と関所を通ってるハズがないからな。既に、アイツも知ってるだろう──」


『そんな事をすれば、すぐに捕まると』


 フードもとい、アキアの陰惨な笑みを見ると、自然と剣に手が伸びた。しかし、アキアは警戒しない。

 まるで、シンディが攻撃してこないことが、分かりきっているかのように。


「関所を通らなかった以上、同じ方法で街を出る可能性が高い。だから早いうちに突き止めたいのさ」

「……その抜け道で、新たに関所を張らせるつもりか」

「いや、監視に留めておけ。隠れて街を出るときは、ヤツもまだ警戒してるはずだ。だが、ヤツを見つければ必ず私に通知しろ」

「──これは」


 アキアがシンディに渡したのは、魔導具だ。会話からして、おそらく遠隔で連絡ができるのだろう。

 赤褐色の魔力を帯びた、魔導具。


「お前たち衛兵はデルウィンの中で、私たちは街の外で、ヤツを叩く」

「……えらく段取りがいいな」

「当然さ──」



「──ヤツは私の妹だからな」



***



「ハハ! 死にてえ!」


 剣を振って、襲いかかってくるゴブリンの首を落とすと、俺は笑った。

 レクちゃんも、ゴブリンの群れに向かって、魔法を放つ。


「星霜『モノリス』!」


 何匹ものゴブリンを貫きながら、薄紫の石版が射出される。衛兵を倒したときはさすがに手加減していたのか、魔物相手のモノリスは、さっきより勢いが強い。


 やっと勝てないことを理解したのか、ゴブリンが我先にと、洞窟の奥へ逃げていく。


 だが、そのドサクサにまぎれて攻撃してくるゴブリンもいた。


「アインさん! そっちに……」

「おっと」


 腕で受け止める。ゴブリンが俺の頭を、手に持った石で殴ろうとしたらしい。

 やられてばかりじゃつまらないのだろう。安いプライドだ。

 だがいいぜ、乗ってやる。


 気分がいいんだ。


「ハハ、(いて)えじゃねえか!」


 『豪腕』『強肩』とかのスキルを乗せて、ぶん殴る。

 そのゴブリンの頭は弾け飛んだ。


「ハッ! 手が汚れたぜ」

「すごいですね……さすが最強の冒険者の一人」

「誰が言ってるんだろうな、それ? ……ん、どうした?」


 不意に、レクちゃんはその場に座りこんでいた。

 さっき殺したゴブリンが最後だったようで、辺りに魔物もいない。いまぐらいなら危険な行動じゃねえけど。


「ここを寝床にすんのか? いまが夜か分かんねえけど」

「いえ、戦闘で勝てたので、緊張が切れただけです」

「あー、まあ初めての迷宮だもんなあ」

「提案したのは私ですけどね……」


 魔物ひしめく迷宮へ、俺たちは潜り込んでいた。

 追手から逃れるために。


 いやあ、完全にレクちゃんの発想をナメてたな。

 確かにこんなところに、衛兵が来るわけがない。冒険者は来るだろうが、魔物も多くいる中で人と戦おうって思うやつはまあ珍しい。


 いい発想……奇策だ。


「ハハハ、死にてえ」

「それ、迷宮に来てから口癖みたいに言ってますけど……。死にたいんですか?」

「ああ、死にたいね。特にこんないい気分のときには。もう一回死にたくなるくらい、最高に残酷で最高に憂鬱な、最ッ悪な死に方をしてえ」

「……そうですか」


 理解に苦しんでそ〜な顔でレクちゃんはすぐ話を変えた。


「死ぬかもしれないというのは、怖いですね」

「迷宮で寝泊まりすんのが一番死ねるけどな。ほんとに大丈夫なのか?」

「はい。私たちの周りを魔法で囲めば、同族だと勘違いして魔物も攻撃してこないんですよ」


 それは知ってる。魔力が付与された鎧とか、魔物避けに機能する装具はいくらかある。

 ただ、どれも全く襲われないほどじゃない。単純に付与されている魔力が、少なすぎるのが原因だが……。


 というかそもそも、魔物に擬態できるほどまで、装備へ魔力をこめるってのが、土台無理な話なのだ。

 人間と比べて、魔物が持つ魔力はアホみたいに多い。


 この場合、モノリスにも魔物と同じくらい魔力を注げばいいって話なんだが、レクちゃんにそれができるのだろうか……まあいいか。

 ワクワクしてきた。


「ま、あんま気を抜くなよ。いつ魔物が襲ってくるかわかんねえし。それに……」

「? アインさん、どこを見て」

「──おい、そろそろ出てこいよ! ずっと尾けてたろ!」

「えっ!?」


 前触れなく、来た道……迷宮の洞窟を振り返ってみる。

 誰もいない。ように見えるが、ずっと後ろに気配を感じていた。迷宮に入る前から。


 はたして、俺の呼びかけにソイツは応えた。

 視線の先で、洞窟の岩壁が崩れて、フードのそいつが姿を現す。

 ずっと土とか岩に隠れてたのだろうか。そんなスキルあるのか? いや、この感じはスキルより──。


 隠れ方は予想外だったが、見たことのある服装だ。あの、ルドーを脅しつけてた、偉そうな方。


 雪の結晶の模様は、レクちゃんと違って、赤褐色の意匠になっている。


「まさか、気づいていたとはね。アイン・サンダルフォンだったか? 朝にも会ったな」

「──アキア!」

「俺なんかの名前を覚えなくていいさ。……知り合いか?」

「はい……」


 レクちゃんは、深く息を吸って、吐き出した。


「……姉です」

「へえ?」

「いや、思い違いをしてるな、レク」


 『レク』の名はやはり愛称だったらしい。

 しかし、姉なのにレクちゃんを追っていたのか。イヤな空気だぜ。


 しかし、指を立てて、アキアと呼ばれたフード女はご高説を垂れる。


()()から逃げ出したお前を、私は妹とは呼ばない。『敵だ』」


 姉ながら、そこには完全な拒絶があった。


 それを重ねるように、アキアは魔法を詠唱する。

 ……魔法を?


()()『アンモナイト』」


 詠唱の瞬間、開けた空間に出た。と思った。迷宮という名の洞窟の中に、ボス部屋以外にそんなものがあるはずないのに。

 実際に起きたことは、アキアが現れたときといっしょだ。洞窟の天井やら壁やらがあらかた崩れて、瓦礫も一緒に消える。


 そして、広くなった空間には、それぞれ色とりどりの魔力で輝く、大量の剣が浮いていた。

 その切っ先は、全てこちらに向いている。


「……もう詠唱はしてるけど、再度詠唱すると、威力が高くなるので」

「なっ!」


 新たに聞こえた声の方を見ると、アキアの隣……というか、アキアのすぐ後ろに隠れるように、いつの間にか、アキアと同じ服の、フードの青年が立っていた。

 アキアが着る服の、すそを握っている。背も小さいし、こいつも弟だったりするのか?


 だが、少なくとも、こいつは。


「──ギルドでずっと黙ってた方か」

「あいつはエルリックです。アインさん。……アキアより、エルの方を警戒してください」


 エルリックという名前らしいそいつは、詠唱を始めるつもりと言った。

 俺はレクちゃんにうなずき、構える。広くなった迷宮の、宙に浮かぶ剣は、十中八九こいつの……スキル、いや魔法だ。


 さっき見たアキアのと比べると、明らかに攻撃的な魔法。


()()『アーティファクト』」


 俺はその詠唱を聞いて、ニヤリと笑った。

 が、今は護衛中。起きている現象を確認しないといけない。俺は、高くなった洞窟の天井を見上げて、眉をひそめた。


 全ての剣の切っ先から、魔力の奔流を感じる。

 そして、その剣が、俺ではなく、全てレクちゃんに向いていることに、気づく。


 そこから先は一瞬だった。


 魔法剣から、あらゆる魔導が解き放たれる。


 レクちゃんがモノリスを詠唱して、周囲に石版を召喚し、盾とする。そんな使い方もできたのか、と感心するが、魔法剣の威力は、すぐ石版にヒビを作った。


 そして、魔法剣はまた魔力をためている。二発目を放つつもりか。


 徐々に破壊される石版に、レクちゃんがいまからでも死んでしまうような、暗い表情をする。ああ、そんな顔をするな。


 魔法剣の二弾目が放たれるその瞬間、同時、全てのモノリスが完全に破壊される。


 俺は。


「…………な!?」


 ──レクちゃんを突き飛ばし、身代わりになった。

 その表情に『アイツ』を思い出して、俺は少し笑う。


 剣を抜き『退魔』のスキルを発動する。いや、それだけじゃない。


 『硬皮』『強肩』『鷹眼』『剣嵐』──持ちうる全てのスキルを使って、迫りくる魔力の塊に、抵抗する。


 『退魔』が籠もった剣で、緑色の魔力を(はじ)けば、赤色の魔力が頬を掠めた。

 青色の魔力を切り捨てたら、長くなった髪が黄色の魔力で短くなる。

 視界を塞ぐ紫の魔力を剥ぎ取ると、水色の魔力が左腕の肉を()ぐ。

 橙色(だいだいいろ)の魔力を避けたとき、黄緑色に、剣を持つ右手が消し飛ばされる。

 透明な魔力による、みぞうちへの衝撃に耐えると、ピンク色の魔力が足を潰す。


 そして、魔力が吹きすさび、身体中が痛むさなか。


 アイン・サンダルフォン。つまり俺は、死んだ。

次でプロローグ終わります。

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