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7、戦場への決意(前編)

 学生生活が始まってから、ここまで遠出したのは初めてだな――と緑の木々を見上げながら少年は息を吐く。

 木々の間からは鳥のさえずりが聞こえ、そよ風に草花もそよぎ、揺れる木の葉の先は日光を照り返して輝いた。マグナレース自体も緑の多い町であり空気が汚染される要因もないが、山の近くではさらに空気が澄んでいるように感じられる。

 山道は行く手に続き、さらに奥へ行くと遠目にも見えていた封印石があるという。それを見てみたい気もするが、今回の目的はそれではない。

「ここでいいだろう」

 キプリスが足を止めたのは、奥に小川の流れる川原の手前だ。川原には大小さまざまの石や岩が転がっていて、中には山から来たと思われる、人間の大人より大きな岩もいくつも並んでいた。

 その中から、少女はひとつを選び出す。

「じゃあ、試してみようか」

「……小さいのから順に、ってやらないのか」

 彼女が選んだのは、周囲の岩の中でも一際大きなもの。

「慎重だね。でもそれには岩がたくさん必要になるかもしれないし、綺麗な断面の岩がこの辺にゴロゴロしていたら不自然だろう?」

 相変わらず、彼女は冷静だった。

「確かに。他の誰かに見られるのも不味いし、さっさと済ませよう」

 周囲にある姿は二人だけだ。イシェルはあまり同行しなくなっていた。実験が順調なので信頼しているのか、多忙のためか。

 ジェストももう、魔装殻を自在に動かすことに自信を持っていた。文字通りに自分の身体の一部であり、生まれながらに持っていたかのような感覚である。不安は欠片もない。

 彼の意思に従って、銀色の腕輪は変化する。

 それは細長い、レイピアの刀身のような刃となった。握った拳の、中指の付け根の関節から飛び出すような形に固定する。それが一番、必要な長さと強度を保つ形状に思えたからだ。

 それでも、外見の印象ではとても大きな岩に傷をつけられるとは思われない細さだ。しかし魔鋼は本来は魔力を秘めた武器にも使用される金属であり、強度や切れ味には優れていた。

 ジェストは一度刃を岩の表面に当て、振りかぶってかまえた。

「そりゃ!」

 一瞬止めた息を鋭く吐きながら、勢い良く振り下ろす。

 手応えはほとんどなかった。ナイフでバターを切るのに少し似ていた。岩は中央の頂点から底まで滑らかな断面をさらし、二つに分かれて左右に転がる。

 ズシン、という音と同時に拍手が響く。

「やるじゃないか。ジェスト、剣術の方もだいぶ上達したよね」

 剣術を扱う授業も五、六回程度を重ね、試合形式の実習も何度か行われている。その中で、ジェストは三本の指に入るくらいの勝率を誇っている。

「まだキプリスには勝ててないけどな」

「年季が違うよ……と言いたいところだけど、わたしは戦場に出たときの記憶はほとんどないから、身体が勝手に動く、っていうやつかな」

「便利だな。記憶が戻ったりしたらもっと強くなるかもしれない」

 話しながら刃を縮め、腕輪に戻す。

「早く戦いを終わらせるためには、記憶を取り戻した方がいいのかもしれない」

 ――まずいことを言ったかもしれない。

 少年は振り向いたまま凍りつく。しかし、少女は空に浮かぶ雲のひとつを見上げるようにして考えていて、彼の様子には気がつかない。

「でも、わたし一人が強くなったところで戦いを終わらせるほどの力にはならないだろうな。だから、記憶を取り戻すことよりも別の方法を探すべきかもしれない」

「そう、それもそうだな。記憶は自然と、そのうち思い出すかもしれない」

 話が記憶を取り戻すことから逸れ、内心安堵しながら即座に同意する。イシェルに適切なときに言うだろうと信用されていながら、裏切ることになるとしたらいたたまれない。

 さらに話を変えるついでに、今までも気になっていたことを尋ねてみる。

「この実験って、どういう状態になれば終わるんだ? どういう使い方ができるようになれば満足とか、そういうのはある?」

「わたしが思いもよらない使い方がたくさん発見される方が、発展はしていくだろうけどね。まずは一通りの種類の魔石について効果を試せば一段落かな。満足、というか、最初に想像した使い方というのは……」

 少女の目はキラリと輝く。

「敵に襲撃されたときとか、一見丸腰なのかちょっと気合を入れるなり鎧に包まれて手には武器が現われる……って、格好良くないか?」

「お、おう……」

 純粋な目で同意を求められると、とても否定などできない。

 ジェストはかつて本で読んだ、〈変身願望〉という単語を思い出した。キプリスの場合は自分が変身したいわけではないので、願望というより趣味嗜好だが。

「武装姿を消しておくなら、別の魔法でもできそうだけど……」

「いや、格好良さに加えて実用性もあるっていうのが重要なんだよ。武器や防具を持ち歩かなくていいし、呪文や装着の手間もいらない。必要に応じて武器の形状も変えられるし」

「それは確かに」

 ――しかし、鎧姿になるくらいなら、かなり取り込まないといけないんじゃ。

 そうなると腕輪のような装身具に擬態させておけないかもしれない。そろそろ、魔装殻の存在を魔力と同化する練習が必要か。

 ――それにしても、無駄に強い力を手にしていいんだろうか。

 宝の持ち腐れのような気がしてならない。自分の立場にいるのが自分ではない別の誰かだったら、もっと〈魔装填術〉も有意義に使えるかもしれないのに。

 しかし、現状はその実験台となれる特異体質を持つ者は一人だけである。

 ならば、自分がこの立場になったこともきっと意味はあるのだろう。少年はそう思うことにした。


 目的の本を見つけ、ジェストは背伸びをしてそれを本棚から引き出した。

 本の背表紙には〈実践魔法論〉と書かれている。もともと学習が遅れているので魔法に関する本を読み漁り、イシェルにも習いながら練習しているが、未だ使える魔法は指先に明かりを灯す〈ランパス〉と、触れた小さな物を透明化する〈パラ〉だけである。三年を埋めるのはやはり簡単ではない。

 とはいえ、『ひとつ使えるのとまったく使えないのとでは天と地の差がある』とは、イシェルのことばだ。ひとつでも魔法が使えるということは魔法を使う感覚や魔力の動かし方を知っているということである。

 魔法は、そこに至るまでが一番難しいらしい。となれば、もう少しで魔装殻を魔力の形にする目標に辿り着くはず。そう信じて関連のありそうな本を三冊借ることにした。

 必要な本を本棚から選び出しているとき、ふと近くの並びが目に入る。そこにはシリーズ物の物語がまとまっていた。表題は〈仮面騎士イサリ〉。

 ――あのときの。

 キプリスが借りていたことを思い出し、一冊抜き取ってパラパラと読んでみる。

 それはどうやら、一人の少女を主役にした冒険譚のようだった。その少女はある日手にした魔法の仮面により、変身能力を手に入れる。その能力というのは、事件が起きたときや危機が迫ったときに念じると全身を覆う魔法の鎧と魔剣がその手に現われる、というもの。

 物語は基本的に、ときに日常生活の悩みや友情、恋愛模様なども交えつつ、町に起きる事件や事故などを仮面騎士となって解決していく、という流れだ。

 物語よりも少年の興味を引いたのは、やはり変身能力。

 ――これって……やっぱり。

 どう考えても、キプリスが〈魔装填術〉を発想するに至った切っ掛けはこの物語に違いなかった。物語の中の能力に憧れてそれを実現したいと考えたと想像すると、まるで幼い子どもが夢を思い描いたようなほほ笑ましさを感じてしまう。

 それに、あまり知られたくないかもしれない彼女の行動の根源を知ってしまった後ろめたさと、妙な優越感。ほかの誰も知らないだろうそれを知ることで、彼女への親近感もなぜか強くなる。

 ――あんなにしっかりしてて冷静な彼女でも、子どもっぽいところあるんだな。

 それが少し嬉しい。本を閉じて戻し、借りる本を借りる処理をして、来たときよりも軽い足取りで図書館を出る。

 今日は学院祭の振り替えで休日だった。本を読みながら今日を過ごそうという者や休日も勉強を進めようという者で図書館は混んでいたものの、日中の校舎全体は人の気配が薄くなっていた。街へ出かけている者や棟内でのんびり一日を過ごそうとする者も多いようだ。

 人の姿の少ない廊下を、ジェストは速足で自室に向かって歩く。そして通路から玄関ロビーに出て視界が開けた途端。

「あっ!?」

 前に出そうとした右足がなにかに引っ掛かり動かない。そのまま体勢を崩し、前のめりに倒れそうになる。このままでは、顔から床に飛び込んでしまう――そう察知するなり身体が自然に動いた。前転するようにして受け身を取る。

 帝国兵時代にもさんざん練習したし、学院でも武術系の授業では基礎のひとつとして教え込まれる。もう、身体に染みついているのだ。

 一回転して即座に膝をつくと、小さく舌打ちが聞こえる。見上げたそこにあったのは見覚えのある、金龍のバッジをつけた姿だ。

「へえ、慣れてそうな受け身だな」

「ごめんね、気づかなくってさ。小さくて」

 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、上級生は横に伸ばしていた足を戻す。

 ――絶対、わざとだ。

 ジェストはそう確信していた。通路から出てくるのが別の誰か、教授の可能性もある。しかし無差別に足を引っかけているはずはない。

 苛ついたままに、上級生たちをにらみつける。魔装殻を細長く床に這わせ、靴に穴を空けてやろうかとすら思う。

「なんだよ? 文句あるのか?」

 神経を逆撫でするような声は、『殴ってみろ』とでも言いたげだ。挑発しているのだろう。

 それを理解するとジェストは返って冷静になる。殴れば立場は悪くなるし、下手をすれば退学だろう。挑発するということは、この上級生たちは自分たちの言い分の方が信用されるという自信があるのだ。

 魔装殻を使えば、彼らが事実を証明できない形で仕返しはできるだろうが、今の状況では上級生たちには仕掛けてくる相手は一人だけと見えているのが厄介だ。広い玄関ロビーだが、今ここにいるのは彼ら三人だけ。

 疑われれば、魔装殻の存在が人々の目にさらされるかもしれない。

 どうすべきか、と立ち上がったとき。

「あ、先生! もう新しい新聞も出てるし、こっちも寄っていきましょうよ。例の優秀な転入生のことも載ってるみたいですよ」

 反対側の通路から、そんな少年の声が大きく聞こえた。続いて足音が近づいて来る。

 それが耳に届くと上級生たちの顔色が変わった。枯葉色の髪の少年が舌打ちする。

「オレたちは忙しんだ。じゃあな」

 逃げるように去っていく後ろ姿を見送りながら、ジェストは、転んで皆の前で鼻を打って鼻血を噴き出せ、と恨みを込めて念じた。

「大丈夫だったか?」

 念じる間に後ろから声の主はそばまで駆け寄ってきていた。聞き覚えのある声色の主は予想がついている。振り返ったそこにいるのは、予想した通り同級生で隣人の、頭にバンダナの姿。

「ああ、ありがとな、ガーシュ」

「あの二人、ファンナル・アズラエルとジール・フィラントっていう貴族の息子たちなんだけど、適当な相手を見つけては嫌がらせをしてくるんだよ。オレもされたことがある。昔はもっと酷いヤツもいたみたいだけど」

 学院の歴史の中には、白馬棟に爆破予告が届くという事件もあったという。当然大問題になって職員だけでなくマグナレース警備隊も含めての調査が行われた末に金龍棟のある学生の仕業と判明し、犯人は退学の上でしばらく監視がつくことになった。

 以来、貴族による嫌がらせはより人目につかない場所で陰湿に行われることが多くなったらしい。

「昔からあるんだな、そういうの……」

 それも、この学院だけの話ではない。キプリスに言われたことを思い出す。

 帝国の士官学校時代にも少年兵時代にも、『誰かが貴族出身の教官に厳しく当たられて、耐えられずに退学して故郷に帰った』だの、『上官に嘘の報告をして気に入らない同僚を陥れるやつがいるから、できるだけ一人にならないよう気をつけろ』だの似たような話はいくつも聞いた。

「ま、お前も気をつけろよ。こんなことでお前に脱落されちゃ、勝ったことにならねえし」

 と、ガーシュは相手の背中を叩く。彼の中では、競争相手という関係性が成立しているらしい。

「ああ……ガーシュは、キプリスが記憶を失う前から知ってるんだろ? なんでそんなに彼女が好きなんだ?」

「そんなん、あの姿を一目見てちょっとでも話せばわかり切ってると思うけどなあ」

 叩かれて迷惑そうにしながらジェストがきく。すると不思議そうにしながらも彼は応じた。

「オレもあまり解放軍は長くないから、前線に出たのは一回だけなんだけどな。その一回で、戦うキプリスさんを見たよ」

 戦いに出る少女は似つかわしくない禍々しい剣を手にしながら、その剣の迫力にも負けないほど凛としていた。ひとたび敵を前にすると、恐ろしいほどの冷酷さと強さを発揮した。血に染まり、多くの命を刈り取りながらも表情を変えない少女は人間ではないようにすら見え、味方にも鬼神のようだと恐れられていた。

 しかし、無情に敵を斬り血に染まりながらも仲間を守り、戦意のない相手には優しい彼女にガーシュは惹かれたという。

「ある意味、魅入られたのかもな」

 へえ、とジェストは生返事をする。キプリスが血塗れになりながら大勢の人間を斬り倒している場面など想像がつかない。事実に違いないとわかっていても。

「ありがとな、色々教えてくれて」

 話しながら歩き、すぐに白馬棟の入口まで至る。

 礼を言う隣人に同級生は笑う。

「いいってことよ。なにせ、オレたちは強敵と書いて友、だからな!」

 多分に勘違いは含まれているものの、ガーシュは間違いなく、ジェストがこの学院に来てから初めてできた純粋な友人だ。

 ――こんな生活もいいのかもしれない。

 そう思う一方で、別の思いも生まれている。

 あの上級生たち、ファンナルとジールは隙があればまた仕掛けてくるかもしれない。しかし反撃できないのであれば、自分はなんのために強くなろうとしているか、と。実験台になるのはキプリスの望みを叶えるためでもあるが、魔装殻というものが宝の持ち腐れになっている気がした。

 今はともかく、できるだけあの二人に孤立した状態で会わないようにするしかない。

 少しもやもやしたものを残しながら、ガーシュと別れて部屋に戻る。

「お帰り」

 キプリスは顔を上げずに言った。彼女は数日前から、薄暗くなってくるとキュレリア教授のしている物に似た眼鏡を掛けるようになっている。イシェルに借りた魔法具で、少しでも光源があると明るく見える効果があるという。

 机の上には本と、相変わらず転がる数種類の魔石。彼女は実験台を得てから、ますます研究に没頭しているようだ。それでも不健康ということはなく、当人は楽しそうだ。

「いよいよキミも、魔法に熱中してきたらしいね。必要そうなら、イシェルにも聞いてみるといいよ」

「そうするよ。でも、できるところくらいは自分でやりたいから」

 ベッドに本を置くのを見た少女のことばにうなずき、まずは内容の優しい本の方からと、ジェストは一冊選んで手に取る。いざ読むとなるとぶ厚さに敷居の高さを感じるものの、意を決してページをめくる。

「そういえば、早く戦いを終わらせる方法についてだけど」

 しばらく静寂が辺りを支配するが、それを唐突に少女の声が破る。

「学院祭で展示されていた本のひとつに、強力な魔法具の事典があった。武器とか、戦力になるようなものも載っててね。現在どこに保管されている判明した物は書かれているんだけど、この学院内にもそれなりの数が保管されているらしいね」

 話の行方が怪しい。ジェストは本のページをめくる手を止める。

 少女は同居人の変化には気がつくことなく、手もとの本をめくりながら続けた。

「それを借りるなりして使うことができれば、かなり戦力の向上が可能だと思うだ。中には、かなり役立ちそうな物もあったよ。腕力を数倍にする腕輪、夜を防ぐ護符、炎を噴き出す杖、それに一振りで千人の敵を斬り倒すほどの力があるという魔剣も――」

「でも、そういう強力な武器は使うのに代償が必要なんじゃないか」

 思わず少年は遮る。

 どう止めるべきか、と思考を巡らせながら、彼は信じられない気持ちだった。こうして目の前で、そこに辿り着いてしまうとは。

 だが、記憶を失ってもキプリスはキプリスだ。その性格や考え方など、行動原理は変わらない。

「本にはそこまで書いてなかったけど、確かに使うのに多大な魔力を必要するとか条件があったり、扱いにくい物も多いらしいね。古い伝承では、強力な武器や兵器は引き換えに命やそれに等しいものを要求されたり、破滅を招いたりする」

 そう、〈魔剣ゲヘナ〉も数々の伝承に登場するのだ。彼女もそれを読んでいてもおかしくはない。

 ならば、あきらめてくれるかもしれない。

 ジェストはそれを期待した。

「でも、犠牲に見合った以上の成果が得られる可能性もあるんじゃないか? 戦いが長く続けば、どうにしろ犠牲は増える。なんの罪もない、一般の人々も子どもたちもね」

 と、彼女は振り返る。

 その目と少年の目が合う。彼女の目は真剣そのもので、本気だった。

 言っていることは正しいのかもしれない。そう思わされてしまったことが悔しいせいか、それとも彼女を止めようという焦り、あるいは両方が原因か。

「そんなに戦いを早く終わらせたいなら、オレが強くなって終わらせるよ」

 言うなり、言ってしまった、と彼は思う。しかしことばは取り戻せないし、言ったことを後悔はしない。

 キプリスは一瞬驚いたような顔をした後、笑った。

「それはまた、大きく出たね……本気で言っているのかい?」

 『ついうっかり言ってしまった』とも、まして『冗談だ』とも答えたくない。後で取り消すなら最初から言わない、というのが信条だ。そしてこういう状況でつい言ってしまうことばというのは本心であることが多い。昔読んだ心理学の本にそう書かれていた記憶がある。

 ――なら、本心に従おう。

「本気だよ。今、決めた。どうせ見て見ぬふりはできないし、魔装殻で強くなっても使い道がないままじゃ宝の持ち腐れだからな」

 このまま戦いに関わらずに卒業し、なにもかも忘れて魔装殻を身にまとったまま母のもとへ戻り、平々凡々に暮らしていく。それはあまり想像できない。

 かといって帝国へ戻ることは不可能であり、戻る気もなかった。

「そうか……じゃあ、キミを強くするのはわたしの役目だ」

 少女の目が輝き、顔には喜びの笑みが浮かぶ。

「魔装殻は剣にも盾にもなる。キミがその気なら魔剣よりも強くだってできるはずだ。魔鋼も魔石も、魔法の武器の素材なんだから」

 これまで以上に研究を進めてやる、と意気込んで錬金術の本をめくる。

 ジェストはほんの一瞬だけ、これで良かったのだろうか――と思うものの、ほっとしてもいた。どうやら彼女の関心を魔剣から離すことはできたようだ。

「……ちょっと、イシェルに質問してくる」

「ジェスト」

 立ち上がりかけたところへ、少女が笑顔を向ける。

「ようこそ、解放軍へ」

 今のやり取りはそういうことだ。理解してはいたが、少女が手を差し出す姿を目の前にするとはっきり自覚させられる。

 しかし、今さら迷いもない。

「これからよろしく」

 少年はしっかりと相手の手を握る。

 今日からジェストは解放軍の一員になった。

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