5、〈魔剣ゲヘナ〉の代償(中編)
「さて、皆さん、考えて来ましたね?」
〈社会常識〉の授業には棟の主任の二人の女教授たちが姿を見せていた。
とりあえず、班の一人につきひとつずつ案を出して黒板に書き連ねる。食べ物屋の案は定番も多く、案が重なることもあった。
「今のところ、上級生でも出たものが多いですね。変わり種は輪投げと美術展ですが、美術展は美術サークルと被るでしょうし、作品が集まるのかが問題ですね」
説明して、副主任はもう残り少なくなった模擬店案を未提出の学生へと眼鏡の奥の目を向ける。
次の学生は、髪にバンダナを巻いた少年だった。
「はい、考えてきた模擬店はこういうものです。教室に迷路を作って、隠された宝箱に辿り着いた人には賞品をあげます。途中には罠があったり、驚かせる役がいます」
――ちょっとおもしろそうかもしれない。
と、ジェストが思っていると。
「罠というと、具体的には? 教室だとあまり広くはできませんが」
「それは……魔法で空間を広げたりすれば……驚かせるのは物を落としたり音を出したり」
「賞品がもらえるとなると人が押し寄せると思いますが、どう売り上げを上げますか?」
「それは……入場料?」
――ああそうか。模擬店とはいえ店だから、少しでも利益を上げないと。
展示や奇をてらったものは目立ちはするが、果たして入場料を払ってまで見る価値があると思わせられるのか。
「案として受け付けますが、どう集客するのか考えておいてください。では、次」
次々と学生たちが指名され、最後のジェストに近づいていく。彼の少し前で指名されたキプリスは、中庭の植物や木の葉をしおりにする〈しおり教室〉を提案してキュレリア教授を唸らせていた。
「では、ジェストさん」
最後の学生が指名される。
皆の提案を聞きながら考えているうちに、彼の頭にはかつて帝国の首都で聞いた話が浮かんでいた。
「以前聞いた噂話だと、都会ではメイドカフェ、というものが流行っているとか……」
「メイドカフェ? メイドのいるカフェですか?」
「お客さんを主人として扱う……女子はメイド、男子は執事の格好で迎えるカフェで、食事はコーヒーと食べ物屋の案のどれかくらいしか出せないだろうけれど」
予算はもちろん、普通のカフェと同じだけメニューを並べられるはずはない。できたとして三種類が限界だ。
「服はどうするんですか?」
「それは、街のメイドさんとかに貸してもらうということで……それっぽい服を持っている人ならそれでいいし。交代で接客すれば、何着もいらないし」
話を聞いたキュレリア教授は悩ましげに眉をひそめる。
「実現性はまあまあありそうですが、特殊な格好をするのは要するに……い、異性に外見的魅力を強調する目的なのでしょうし、不純なのでは?」
「格好としてはカフェや食堂の給仕係と大した変わらないと思いますよ。外見で惹きつけるのも演劇の配役の延長のような要素でしょうし」
ホシガミ教授が口を挟む。
「わたくしはいいと思いますが。キュレリア先生のメイド服姿も見てみたいですし。きっととてもお似合いでしょう」
「そんな、当日、他の学年の様子も見なくてはいけませんし」
「それは任せてください。暇を見て、わたくしも客として参ります」
二人がイチャイチャしだしたときには、すでに案は決まったようなものである。
こうして白馬棟三年の模擬店の内容はメイドカフェに決まり、出されるメニュー三種はコーヒー、クレープ、ハムとチーズのホットサンドとなった。コーヒーは大陸全土で一般化しており、元は農耕や牧畜が主産業だったマグナレースでは乳製品も豊富だ。
多くの学生たちは決めるべきものが決まり、授業が終わると安堵の表情。ただ一人を除いては。
「お前、覚えてろよ。次は負けねえぞ!」
鐘が鳴り教室を出る直前、ガーシュがジェストだけに聞こえるように言って廊下を走り去っていった。
ジェストが学院に転入して一週間が経った頃には、彼は時折、一人で学院内を活動するようになっていた。同室のキプリスとは朝夕も昼食も一緒だし、授業も同じなので圧倒的に一緒にいる時間の方が長いが。
放課後も、ほぼ毎日のように〈魔装填術〉の実験に付き合っていた。
「そろそろ指輪じゃなく腕輪にした方がいいかもな」
研究室で本を開きながらカップを手にしていたイシェルは、ドアを叩いて入ってきた少年を見るなり言った。
すでに二度ほどジェストの身体に魔鋼石が追加され銀色の指輪は中指だけでなく、人差し指と薬指にもはめられている。
「そうだな。このままだと、殴り合いのときに使う隠し武器みたいになりそうだと思って」
そうでなくても、なにかの拍子に見られれば怪しまれてもおかしくない。
「そのうち、見えなくする方法を教えてやろう。でもまだ理論の知識が足りないな」
図書館で本を借りて魔法についても勉強を進めているものの、さすがに二年以上の差は簡単には埋まらない。それにジェストは今のところ、装飾品に魔装殻を偽装することに不便も感じていなかった。身体をを洗う際の違和感が激しいので、誰かと温泉にでも入ると不思議に見えるだろうが。
「それのために来たわけじゃないだろう。わたしになんの用事だ」
本を閉じ、イシェルは相手に椅子を進めて向き直る。
教授の研究室は実際に研究が行われる部屋となることは少なく、大体は教授が授業の準備を行ったり休憩室として使い、あるいはサークルの部室となることもあるが、イシェルはサークルの顧問は請け負っていない。
そういった用途のため教室に比べかなり狭いが、長テーブルに並ぶ椅子に一人座ると、ジェストは妙に緊張してしまう。一対一に比べれば大勢の前でなにかを発表する方が楽だろうとすら思う。原因の大部分はイシェルの外見かもしれないが。
「いやその……いずれ聞こうと思っていたんだけどさ。キプリスの記憶について」
「ああ、それか」
いつか聞かれるだろう、と予想していた様子の反応。
「そりゃ、気になるだろうな」
「だって、この学院にはイシェルも含めて腕のいい魔術師が沢山いるんだろう? それなら、記憶を取り戻すような魔法とか魔法薬みたいな物もありそうじゃないか?」
「それはね、色々やったんだよ」
彼は苦労を思い出したような顔をする。
人の記憶というものは表面上は忘れていても頭の奥底には残っているものだ。それが魔法科学の定説とされる。
解放軍は心や記憶といった魔法が得意な魔術師に礼金を払い魔法で記憶を取り戻そうとしたり、シグムート教授も魔法薬のため必要な材料をどうにかかき集めて有効と思われる薬を使ってみたり、過去の記憶を映し出す魔法の鏡があるという噂を聞けば離れ小島の山の洞窟まで遠征し――かなり無茶もしながら方法を求めたものの、はかばかしい成果は得られなかった。
そのうち、遠征していた者たちが遭難したり負傷者も出し、キプリス本人が『もういいよ』と打ち切らせ、今に至る。
「なんとなく、みんな彼女の過去に触れたがらねえ……と思ってたけど、思い出させようとはしたんだな」
イシェルも過去には触れず、ティティアもあからさまに避ける部分がある。ガーシュなど、失った記憶について教えるためにもっとキプリスに近づけそうなものだ。
黒衣の教授は考えるための一拍を置いて口を開く。
「過去に触れたくない、思い出させたくないっていうのも嘘じゃないけどな。完璧な形で記憶が戻るならいいけど半端に戻ると危険かもしれない。そうでなくても、彼女は前と同じことをする可能性はある」
「同じこと……?」
「噂は聞いたことがあるだろう。ここの地下に宝物庫があると」
最初は処遇に困った魔法具を引き取ったり、扱いきれない道具を持て余した魔術師から寄贈を受けていた。そのうち盗賊に狙われるくらいなら管理のしっかりした学院に預けたいという者が増え、学院に関わる魔術師が功を挙げ褒賞として魔法具を与えられたり、研究や授業がてらに発掘や探索で手に入れたり――そうして年々増えた百に近い魔法具の中でも、出所不明の強力なものがあった。
〈魔剣ゲヘナ〉――
一振りで当千の威力を発揮するという、古くからの伝承にも登場する剣。伝承の中では持ち主に勝利と破滅をもたらすという。ある者はおごり昂り仲間だった者に討たれ、ある者は金だけを信じるようになり世界のすべてに怯えたまま孤独に死ぬ。力と引き換えに不幸をもたらす剣だ。
それを、戦いを終わらせるために引き抜いたのがキプリスだった。
「わたしも何度か戦場で見たが、凄まじい威力だったよ。伝承は脚色じゃなかった」
その一振りが帝国兵の一団を壊滅させ、大地を割り岩山を両断する。
二年前には、解放軍がかなり帝国を追いつめた。ジェストは帝国軍にいた頃に何度か耳にした話を思い出す。その頃はまだ士官学校にいたが。
「解放軍の抵抗がぷっつり途切れたことがあったそうだけど……」
ただ魔剣が強力な武器だというなら、使い続けていればそのまま帝国を落とせたかもしれない。しかし現実はそうならず、キプリスは記憶を失った。
「あの魔剣はずっと使い続けられるものじゃなかった。でも、敵襲で仲間が傷つきそうになれば、彼女はあの剣を抜いてしまう」
結局、剣の存在を忘れるまでそれは続いた。
帝国を追いつめながらも、魔剣の力を失った解放軍は撤退の道しかなくなり、主戦力はしばらく姿を隠すことになった。
「戦力を失ったのもあるけど、本来の隊長はキプリスだからな。隊長を失って態勢を立て直すには時間がかかる。わたしも、どうしてこうなったのやら」
「もともと副隊長だった、とかじゃないのか?」
「副隊長は死んだよ。わたしは二年と少し前に傭兵として雇われたので、所属期間は短い。成り行きでこうなった、と言える」
神語族は流浪の民。何年も同じ場所にいるのは珍しい。
以前聞いた話がジェストの脳裏によぎる。イシェルが隊長代理を引き受けここに留まっているのは乗りかかった船だからか。
「それにしても、キプリスが解放軍の隊長とは……」
「若いけど、べつに不思議ではないだろう。彼女は強いし責任感もある。わたしが解放軍に加わったときにはすでに隊長だったから、なった経緯は知らないが」
「それはまあ」
少年は右手の三つの指輪を見る。
隊長の資質、と言えば確かにイシェルの言う通りだ。記憶を失った今でもなお誰かの役に立ちたいと思い、その手段を実現してしまうのだから。
「その責任感がひとつの心配の種でもあるけどな。だから、あの子が記憶を取り戻したらもう一度あの剣を抜くんじゃないかと……皆それが心配なんだ」
それを知ると、周りのキプリスへの態度も納得がいく。
魔剣ゲヘナは今も地下の宝物庫に厳重に封じられている。しかし、記憶を取り戻せばキプリスはその封印くらいは解いてしまうという。
「なるほど。でも……きいといてなんだけど、それを話して良かったのか?」
帝国に秘密を持ち込むことはできなくても、本人に話してしまう可能性はある。
「秘密は隠し通せるものじゃない。それに、キミなら適切なときに話すだろう」
「それは随分、信用されてるような」
「信用できるかどうかは一週間もあれば判断できる。それに、キミの場合は最初にすべてを捨ててティティアを助けたことが最大の判断材料になるのさ」
極限状態での行動や多くの犠牲を払う行動は心の本質を映し出す。そう判断する者がいるのはジェストも知っている。人の心理にまつわる本はいくつか読んだことがあった。
それだけに彼自身には信用に足るとしていいのかは怪しいところだと思うが、他人の見ている姿と自覚が違うのは当然のことだ。
「そういうことなら、そういうことにしておこう。今はキプリスもイシェルもオレにとっては生命線みたいなモンだし、生活費も払ってもらってる。裏切ったりはしないよ」
とにかく自分の力で生活したくて帝国兵になったジェストにとっては、自分で自分の生活費を払っておらず他人に頼っているのは大きい。
「出世払いに期待しておこう。キミはまだ若いから」
可愛らしい少女のような教授はそう言って笑った。
イシェルの研究室を出て間もなく。
四階の廊下を歩くジェストの目に開け放たれたままのドアが映る。階段と学長室を挟んだ向こう側の並びの研究室のひとつだ。
もともと用事はないのだから、そのまま余計なことは見聞きせずに立ち去った方がいいのかもしれない。その慎重さと好奇心がせめぎ合う。
階段の前まで来たとき、声が届く。少女の泣き声らしき声。
そこで慎重さは崩壊した。好奇心だけでなく、持ち前のお節介も湧き上がってくる。誰かが困っているなら、自分が力になれるかもしれない。
近づくと、ドアのプレートにはなにも書かれていないことがわかる。空き室らしい。
「誰かそこにいるのか?」
覗き込むと、がらんとした部屋の奥になにかを包み込んだような毛布の塊が置かれている。泣き声はその中からするようだ。
「どうした……?」
声を掛けながら、足を踏み入れる。
ガチャリ。
後ろで音が鳴り、振り返るとドアが閉じている。
「誰がっ……!」
取っ手を回してみるが、何度回したところで開かない。
ドアの向こうにはいつの間にか気配があった。それも複数。彼らはこらえ切れなかった様子で笑い出す。
「やっぱり白馬棟のヤツが引っ掛かってやんの。本当バカだな」
「エサに釣られる鶏みたい。単純過ぎるわ」
「せいぜい巡回の警備兵にでも出してもらうんだな。どうせ出る知恵ないんだから」
――やられた。
遠ざかる笑い声をドア越しに聞きながら、ジェストは一瞬、慎重さを失った自分を呪う。しかし実際に泣いている少女がいる可能性を考えたら、わざわざ閉じ込められることを警戒しながら近づいていられない、と思い直す。
この流れでは少女は存在しない可能性が高いと知りながら、未だに流れ続ける声の元を探す。しばらく聞いているとわかるが、声は一定の長さが流れると最初に戻り繰り返すらしい。
慎重に毛布を取る。すると小さな箱のようなオルゴールが置かれていた。糸が出っ張りに巻かれて細工がされている。それを見た彼は内心、上手いことを考えるものだ、と感心してしまう。
室内にあるのはそれくらいだ。
とりあえず、奥の窓を開けようとする。ここは四階であり窓から脱出はできないだろうが、誰かと対話して助けてもらえる可能性はある。
しかし、カーテンを開いたところで異変が起きた。
『ケケケケケ』
声と呼ぶにはあまりに乾いた音が耳をかすめる。
カーテン裏から飛び出したのは一抱えほどの大きさの、球体に一つ目とコウモリの翼をつけたような生物。その姿に、ジェストは図書館の本や授業で見覚えがあった。いたずら好きの下級妖魔、イビルアイだ。その説明を見たときに、まるで故郷の学校で授業中にいつもいたずらを考えていた自分のようだ、と思ったためしっかり覚えていた。
イビルアイは命にかかわるようなことはしないが、いたずらを仕掛けて相手を怪我させるくらいのことはする。誰かにいたずらを仕掛けるためなら簡単に召喚魔法で出現するという。
――弱点は塩と銀、だっけ。どっちもないけど。
イビルアイのような魔法生物には、弱点とされるものを除く普通の物質では触れられない。当然、人間の手もその皮膚には届かない。
妖魔は天井近くに浮遊し、笑い声を上げながら翼をはばたかせる。するとその翼から、栗のイガがボトボトと落下し始め、ジェストは慌てて下から逃れる。だがイガの雨は追ってきた。
「こいつ……」
文句を言いながら手にしていた毛布に気がつき、頭から被る。
――魔力を秘めた攻撃でないといけない。でも、魔法はまだ使えない、が。
忘れかけていた右手の指の感触を思い出す。まったく違和感なしに馴染み過ぎるのも考えものかもしれない。
ジェストは三つの指輪を変化させ刃を作る。高いところにいる相手にも届く針のように細く長い刃を。それでも魔鋼には充分強度が備わっている。
畳んだ毛布を盾のように左手に持ちながら、イガ爆撃の隙を縫って刃の先をイビルアイ目がけて突き上げた。
『ギャン』
驚いた犬のような声を上げ、妖魔は黒い煙のように霧散して消える。なんの感触も少年の指には伝わってこなかったが、効いたのは明白だ。
魔装殻のことを思い出してしまえば、閉じ込められたこともなんの脅威にもなりはしない。鍵穴に形状変化させた魔装殻を差し込んで解錠すればいい。
ガチャリ。
あっさりと開いて少し拍子抜けする。
「おや、ここになにか用事かね?」
ドアが開くと、白い髭をたくわえたローブ姿の老紳士が驚いた顔を向ける。
その姿は一度だけ見たことがあった。ラウダニス・セイクリス。このゲネシス学院を統括する学長だ。
「いえ、なにか物音がしたもので……」
答えながら少し不安になる。ドアを開けた際に指輪へ形状を戻すところを見られなかっただろうか。
「物音か。わたしは魔力を感知してねえ」
「オレ……僕が来たときには誰もいませんでした。あれがあったくらいで」
本当のことを話すのはなぜかためらわれた。きっと信じてもらいないだろうな、とも思う。教授たちも多くは学年が上の者、塔の階級が上の者を信じる。一週間のうちに、そんな雰囲気を嗅ぎ取っていた。
「そうか、あれは一応、回収しておこう。では、気をつけての」
「はい、学長」
部屋の奥の毛布とオルゴールに向かう姿とすれ違って少しして、ジェストは『気をつけて』は学生を見送ることばにしては大げさかもしれない、と思う。
もしかしたら、学長はなにか気がついていたのかもしれない。ジェストの知らない、真実を知ることのできる魔法なども学長なら知っているかもしれない。
しかし、それは確かめようのないことだった。
学院祭が近づくにつれ、学院全体の雰囲気が浮足立っていた。学生も教授も、準備に追われ忙しくしている者が多い。
模擬店に参加する者は、開店までに作品を作っておく者などは特に締切に追われ苦労している者も多いようだ。
一方、ジェストらのような食べ物を出す店は、ほとんどが一度作り方を確認するくらいである。メイド服や執事の服はホシガミ教授が借りられるように手配し、学院祭の四日前までには用意できていた。
そして、学院祭の当日が訪れる。
「これはこういう着け方でいいのか?」
交代で接客する最初の組が着替えた姿をお披露目する場に、キプリスもいた。
襟に赤いリボンのついた黒のワンピースのスカートに、フリルのついた白のエプロン。頭にはそれに合わせたヘッドドレス。飾り気はそれほどないが、長く裾の広いスカートは少女たちを可愛らしく見せるようだ。
少女たちも喜び、あるいは執事服の男子に見惚れる者もいる。ジェストは服が大き過ぎることにうんざりして袖を折り込んでいた。こういう服は自分には絶対似合わない、二度と着ないことにしよう――と心に誓いながら。
「ほう……」
感嘆の声に振り向くと、バンダナに執事服という姿の少年が目を見開き、しっかり記憶に焼き付けようとするかのようにまばたきもせず凝視している。
そのまま、彼は肘でジェストを突いた。
「お前……なかなかやるじゃねえか」
目はメイド服の少女たち――おそらくその中のキプリスに釘付けだ。
「見直したぜ。いい強敵と書いて友と呼ぶ関係になれるかもな」
「はあ……」
「でも、キプリスさんのことは絶対あきらめないし負けないからな。最後はオレが勝つぜ」
どうやら、これからガーシュとは上手くやっていけるかもしれない。しかし、こんなことで和解する関係というのもどうなのかと思ってしまう。
学生たちが着替え終え談笑する脇に、二人の女性教授の姿もあった。ホシガミ教授はいつもの着物姿だが、キュレリア教授はメイド長という設定で女子学生と同じような格好をしている。
「とてもお似合いですよ、学院祭が終わってもこのままでいてほしいくらいです」
「そんな、恥ずかしいですわ」
ホシガミ教授はべた褒めで、金縁眼鏡の教授は頬を染める。
元軍師の教授のことばは大げさではない。誰が見ても、まるで最初から彼女のために用意されていたかのようにキュレリア教授にメイド服は似合っていた。家事炊事、なんでもテキパキ片付けるメイド長、という役柄にしっかりはまっている。
「で、では、皆さま、しっかり店を切り盛りしましょう」
メイド長の号令で、彼らの班の模擬店は始まったのだった。