空虚な愛を求めた妹
例えば、記憶があるころから児童虐待をされている人間の人生はどうなるのだろうか。
明るく元気な生活を過ごすのだうか、暗い人生を送るのだろうか、はたまた、別の結果になるのだろうか。
しかしながら、普通以上の人生を送ることは決して簡単なことではないだろう。
例えばと切り出したが、これは例え話ではなく、昔話だ。
そしてこの話は愛されず、愛されることを諦めた”私、”一ノ瀬ひとり”の話”ではなく、諦められず愛を求め続けた”妹、一ノ瀬ふたりの話”なのである。
にわかには信じられないメルヘンなおとぎ話のようにハッピーエンドにならない……そんな誰もが幸せになれない昔話を綴ろう。
***
私は幼いころの記憶があまりない。
親があまり教育的なことをしてくれなかったからなのか、私の人生に残しておきたい記憶がなかったからなのか、自分のポテンシャルがないなのからなのか、どれが原因なのか知るすべも気力もなく、もはやどうでもいいことなのだが、私が記憶が残っているころは7歳からである。
そのころの妹はまだ3歳で積み木遊びをしていることが微かに記憶にあり、そのころから私は軽い育児放棄をされていた。
そもそも私は両親に臨まれて生まれた子供ではなかったのだ。
母は有名ではないが元モデルの肩書のある人で結婚には困らないはずだったが、母には大きな借金があった。
具体的な金額は伏せておくが、読者の想像より恐らく0が一つ二つ多いであろう金額の借金を持つ母と結婚できる人はそう多くいなかった。
しかし、父は医者で国の偉い人の手術を頼まれるほど腕が立つ人で、借金の金額が気にならないくらい稼いでいる数少ない人だった。
病院の後継ぎとして容姿の優れた男の子と家庭での地位が欲しかった父と借金を帳消しにできるほどの財力のある男とつながりが欲しかった母。利害は一致していたのだった。
しかしながら、人生とは上手くいかないものであり、結果としてお世辞にもあまり容姿が良いほうではない父の遺伝子とあまり頭のよくない母の遺伝子を受け継いだ失敗作が私なのだ。
暴力的な父と育児に無関心な母…そんな両親で育った私は普通に過ごしていても異端に見られるのか友達などはいなかったし、欲しいとも思わなかった。
妹は私とは少し違った。いや、正反対といってもいいほど違っていた。
容姿は優れているし、模試で一桁の順位をとるくらいには勉強ができた。両親も私とは違う接し方をしていた。
当然、学校生活も私とは異なるいわゆる陽キャ?のような過ごし方をしており、学校で友達と思われるような人と喋っているのを見たことが何回もあった。しかも毎回他の人と喋っているような気がする。
***
そんな生活を過ごして、私が中学生のころ、両親が事故死し、私たち姉妹は小さなアパートで生活をすることになった。
家事などは小さいころからほぼやっていたので正直な話、量が減ったので大変になったというよりは寧ろ楽な生活となった。
そんな生活をしてしばらくすると時折、
「ねえ、お姉ちゃん、一緒に寝ようよ……。」
妹が涙目ながら、そんなことを言ってきた。月に1回位のペースでこんなことを言ってくる。
私は淡々と過ごしているが、両親が死んだのだ。
まだ”異端”の私とは異なる”普通”の妹にはつらいことだったのだろう。
”普通”の姉なら一緒に寝ようというのだろう。少し困った顔を見せながら私は
「……お姉ちゃんは忙しいの。」
こんな時こそ、両親の代わりに妹を愛するべきなのは理解しているのだが、利益がない。
妹に対して打算的に動こうとする時点で姉失格といわれても仕方のないことだが、両親に愛されたことのない私は妹を愛することより、その気になれば15分で終わる提出期限が少し先の宿題をすることのほうが大切と思ってしまうような人間だった。
今思えば、私のこの行動が間違いだったのかもしれない…。
5回位断ったころだろうか、妹から話してくることはなかった。
それからだろうか、生活が一変した。互いにそこに存在していることは認識しているけど意識はしない、そんな他人行儀な生活をするようになった。
こんな生活を何年か続いたある日、妹の中学校の担任であろう人が妹のことについて話に来た。
「ふたりちゃん、学校でピアスを付けてきていらっしゃって……。お姉さんのほうからも注意してくださりませんか……。」
私たちに両親がいないことは知っているからかあまり強く言えなさそうで、でも少しクマの見える目ではしっかりと主張しているのがわかる。
妹がピアスを付けていることなんて気づいていなかったがそれを悟られぬように私は少しうつむき、
「妹はあの時の事故のことをつらい思いをさせているかもしれません。注意をしてみますが、もう少しだけ妹の好きにさせてもらえませんか。」
こういうと大抵の人は声が詰まる。
世間ではあの事故に対して両親が事故で亡くなった可哀そうな姉妹として映っていたのだ。可哀そうなのは事故にあう前の話で事故にあったことに対して私たち……嫌、私は寧ろ喜ばしい出来事のはずなのだ。
所詮、世間は見たいようにしか物事をとらえ、自己に酔っているだけなのだ。
返答に窮すると思っていたが、担任の女は少し取り乱したかのように
「今がふたりちゃんにとって大事な時期だがわかります!? 家族はあなたしかいないんです。ふたりちゃんの将来に何かあったらあなたに責任があるんですからね!?」
驚いた…。声を荒げたからってのもあるがそれ以上にこの女は妹を心配している自己に酔っている自己満野郎ではなく、妹の心配をしているようで自分のことしか心配してない女だったのだ。
勿論、妹には注意をしないし、貴方になんて連絡しませんよ。
帰っていく妹の担任に向かって心の中でそう思ったのだった。
私は妹のことには、あまり口出しをすることはなかった。そもそも妹がピアスを開けていることなんて知らなかった。
これを”放任主義”といえば聞こえはいいのかもしれないが、私がやっていたことは間違いなく”放置”だった。
***
妹の人生に転機が訪れたのは妹が高校生になったときだった。
人に無関心な私でも気づくほど妹に笑顔が見られた。
なぜかはすぐに分かった。妹に彼氏ができたのだ。
最初の1週間は楽しそうな妹だったが、次第に電話で彼氏と喧嘩しているのが聞こえた。
その彼氏と少し話す機会があったが妹は世間一般でいうとメンヘラというジャンルの人間で普通の男子高校生には重すぎるものだったのだろう、3か月もしない内に別れた。さらに、妹はSNSに過度にはまっているらしい。
別れてさらに妹はネットの世界にのめり込んだ。
そのSNSを見てみたが派手な加工の自撮りをあげていろんな人から容姿を褒められているのが確認できた。
妹はさらにイイネを求めるために生活するようになった。食べる量を減らしより化粧をするようになった。加工はさらに強くなっていき、SNSの写真を撮るために生きているような感じがするようになった。
こんな妹と生活をするのは不気味なため
「SNSだけじゃなく友達とかと遊んだら。」
それとなく元の生活に戻そうとしたが、
「友達なんていたことないし……。」
「…SNSってあんまりよくないってお姉ちゃん聞くから少し心配だな。」
らしくない言葉とお姉ちゃんというワードが妹の逆鱗に触れてしまったのか
「いままでお姉ちゃんらしいことなんてしてこなかったのに関わるのはやめて。SNSでしか私は幸せになれないの。家族にも友達にも彼氏にも愛されない私には…。おかしいよ、私は何も悪いことはしてないのに、嫌われるようなことはしてないのに…。」
「……………。」
残酷なことを言うと、していたのだろう。
恐らく、妹も私と同じだったのだ。愛されなかった故、愛することができなかったのだろう。そして異端を受け入れた私とは違い、妹は普通を求めた。
対人関係の本を読んでわかったことがあるが、友達と彼氏は対等な関係で互いに何か与えられるものらしい。
妹は愛を求めていたが、友達にも彼氏にも愛を与えることはおろか何もあたえるものはなかったのだろう。それは友達、彼氏の関係ではなく、一方的な搾取の関係である。
今思えば妹がいろんな人と喋っていたのは、自分が馴染めるコミュニティを探していたからなのだろう。そして、どこにも受け入れられなかったのだろう。
妹は自分の”普通”は世間でいうと”異端”なのをまだ理解できていないのだ。
黙っていると妹はさらに
「これ見て、すごいでしょ。たくさんの人が私を褒めてくれる。…ほら、この人は愛してるだって。SNSだけが私の愛を満たしてくれるの。」
確かにコメント欄には妹の容姿を褒めるコメントが多々見られた。しかし、それは大量に加工した姿をした妹にだ。いうならばそれは虚像な姿であり、それに向けられている賞賛などは空虚なものである。
現実での愛を諦めた妹はハリボテで一方通行な本心か不明な何か、いうならば空虚な愛を求めて生きている。
異常とまで言える妹の愛を求める行動に助けになる言葉の一つでも言えていたら良かったのかもしれない。しかし、愛されることを諦めた私の無責任に励ます声こそ妹にとって空虚に響くと私には容易に想像できた。
現状が良くないのは明らかである。SNSの空虚な愛がなくなったら妹はどうなってしまうかがわからない。SNSで炎上することなんてざらにあり、その被害に妹が合うリスクだって考えられる。だが、SNSを取り上げて妹の異常な求愛が暴走してたいへんなことが起きるのは目に見えている。
現時点の妹の精神状態はガラスのように繊細でいつ壊れてもおかしくはなさそうな状態であった。
「………好きにしなさい。」
それ故、私は問題の解決ではなく先延ばしにすることに決めた。
今日も妹は自分を変身させ、幸せを演じている。学校に行くよりも映える写真を撮りに行く。現実世界に生きているのか、ネット世界に生きているのか区別がつかない。
愛されなかった子供の人生としては予定調和なのかもしれない。しかし、このままでは救いがないのでここは1つ、希望的観測にすがって締めくくるとしよう。
他人任せなことかもしれないが、いつの日か妹のことを助けてくれる人が現れてくれるかもしれない。………と。
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