被差別村落! 丸木村!!
枯葉幹が転校してから丁度一週間が経過した。
教室の中は何時もより少し静かではあったけれど、概ねいつも通りの光景が広がっている。
そして、転校生である枯葉は……教室の中で孤立していた。
枯葉は天然なのか、それとも壊滅的に空気が読めないだけなのかは分からないのだけれど、爆弾発言を何の気無しに繰り返し、その度に教室を凍らせていたからこう なるのは当然の結果と言える。
寧ろここまでなるのに一週間掛かった事が僕にとっては奇跡のようにも思えた。
「ぼっちです……。転校早々ぼっちです……」
枯葉は寂しげにそう呟く。
事情を知らなかったとは言え、自爆は自爆に変わりない。
彼女が苦しむのも自業 自得だ。
とは言え――
「……この村について碌に説明も無いんじゃそうなるのも仕方ないか」
この村は一般的な人間では考えられないような思考が蔓延する閉鎖的なディストピアなのだ。
一般的な感性を持ち、尚且つ空気の読めない人間が馴染めるような温い場所では無い。
僕は席を立つと枯葉の所へと移動した。
「あの、枯葉さん」
そう声を掛けると枯葉は「はひぃ!?」と肩を大きく震わせた。
「な、何ですか。私遂に校舎裏に呼ばれて丸太でボコボコにされちゃうんですかッ!! それともまさか、屋上に呼ばれていきなりあなたの丸太であんあんされてしまうんですかッ!?」
「酷い言い草だ!! まぁ、ちょっと付き合って欲しい場所はあるんだけど」
「付き合って欲しい場所……ですか? 言っておきますけどえっちな場所はダメですよ?」
「はったおしてやろうか」
……この女、案外村八分に遭ってもゴキブリのようにしぶとく生き残りそうな気がしてならない。
とは言え、同じ転校生が村八分になってしまえば僕の寝覚が悪くなりそうだ。
「ところで、一体何処に行くんです?」
「……村の資料館だよ」
僕は肩を竦めながらそう答えた。
♪♪♪
資料館の中は相変わらず静かだったけれど、たった一人だけ職員と思しき眼鏡を掛けた知的そうな男性がコーヒーカップを片手にゆったりと寛いでいた。
眼鏡の男性は僕と枯葉を視界に認めると片眉をピクリと上げて「おや?」と声を出した。
「珍しいなぁ、こんな誰も来ない場所に来客だなんて。ちょっとビックリだ。何だい? デートかい? それとも単純にこの村の歴史の勉強に?」
「最後者です」
「成る程、随分と勤勉な若者のようだ」
そう言うと眼鏡の男性は何かを思案するかの様に眉間にシワを寄せながらうんうんと唸り始めた。そして一頻り唸り終えると、
「君タチ、一応僕は村の外から来た人間なんだけど。……その上で尋ねたい事があるんだけど少し良いかな」
「何ですか?」
「君タチはこの村を……いや、村長をどう思う?」
その問い掛けを耳にした瞬間、全身の毛がゾワゾワと逆立った。
それもそうだろう。僕は丸太至上主義に対してはどちらかと言えば否定的な意見を持っている。
そして、それが一度でも露見すれば村八分は免れない。
「それは……どう言う」
「文字通りの意味さ。難しく考える必要は無いよ」
もし、仮にこの問い掛けが僕と枯葉が村に馴染めない人間だと見抜いた上の問い掛けであるとするならば非常にまずい。
最悪、この返答一つで命運が決まる事になる。
だから僕は口を噤んだ。
しかし、そんな僕とは対照的に即答を返した人物がいた。
「とっても胡散臭いおじさんです!」
そう、枯葉である。
「いや、それは思っていても口に出したら駄目でしょ。…… あっ」
だからか僕も彼女に釣られてそんな事を口走ってしまった。
そして自覚する。ああ、やらかしたと。
しかし僕の心配は幸いにも杞憂に終わった。眼鏡の男性が機嫌良く笑い始めたのだ。
僕は急な大爆笑にしばし呆気に取られてしまった。
「いやいや、意地悪な質問をして御免ね。言ったでしょ、僕は村の外から来た人間だってさ。仲間が出来たようで嬉しいよ。君タチも僕と同じで馴染めない側の人間みたいだし」
そう言うと白衣の男性はスッと立ち上がると、自己紹介を始めた。
「僕は讃岐。讃岐風太郎。丸木村の風土と神樹を研究しながらここの職員をやってるって事で宜しく」
「あぁ、はい。僕は木本樹です」
「私は枯葉幹ですっ!」
僕達がそう名乗ると讃岐さんはうんうんと、満足そうに頷いた。
「さてと、君タチは歴史の勉強をしに来たんだったね。 それなら、僕が説明させて貰うよ。多分君達よりもずっとこの村の事情に明るいだろうし、何よりも僕の研究を ひけらかしたいっていうのもある。構わないかい?」
「そうしてくれると助かります」
渡りに船とはこの事か。枯葉に村の実情を伝える手間 が省けるのは僕にとってはとてもありがたい。 僕はにっこりとした笑顔でもって承諾した。
「じゃあ、取り敢えず昔の村の事から話していこうか。…… この村は古くから『鬼が棲む村』として恐れられて来たんだ。曰く、その鬼は自重よりも重い物を難なく運搬する膂力を持つ。曰く、鬼の棲む村に鬼以外が踏み込む事能わず、って具合にね」
そこまで言うと讃岐さんは僕に視線を向けた。
「鬼、それは本来空想上の生物。だけど何だか既視感が湧いては来ないかな? どうだい、木本クン」
「そう、ですね」
自重よりも重い物を難なく運ぶ膂力。
それは凡その丸木村の人々に該当する項目だった。
この村では小学生ですら丸太を難なく持ち上げる事が出来る。
一般常識から外れたその様は……正しく鬼と言うのが相応しいだろう。
そしてその鬼たちの中に溶け込まなくては村八分。結果的に鬼と鬼のフリをした人間しか居なくなる訳だから、側から見れば鬼しかいない様に見えるだろう。踏み込む事能わずと言うのも頷ける。
「まぁそう噂され、恐れられたのも明治時代以前の話。 以降は村の発展の遅れから一転して被差別村落となるんだ。これは今日の丸太至上主義が導入されるまで続いた……って所かな」
被差別村落、と聞いて不意に五年前に撮影された衛星 写真が思い起こされた。
あの小さな寒村が被差別村落だったのは分かる。
けれど、被差別村落が今日の丸太ディストピアに至るまでの過程がいまいちイメージ出来なかった。
それは枯葉も同じの様で。
「丸太至上主義の意味がわからない事が良く分かりますね!」
なんて事を口にしていた。
「そうだね。ただ、その丸太至上主義には大きなカラクリがある。それこそ丸木村の根幹に関わる様な大きなカラクリがね」
根幹と言った所で讃岐さんはパチリとウィンクした。
きっと丸木村だけに、と言う事なのだろうけど、正直に 言って……
「そのジョーク、つまらないですね!」
まぁ、そう言う事だ。
讃岐さんは露骨に肩を落として「辛辣だなあ」と枯葉に恨みがましげな視線を送った。
「まあ、それはさて置き、丸太至上主義のカラクリについて話そうか。さっきも言ったように、この事は村の重大な秘密だ。これを口外すれば君タチは村八分にされると思う。けど、僕はその上で君タチに聞いて欲しいんだ」
「丸太至上主義の正体……私、気になります!」
村八分レースの首位を独走する枯葉はまたもや即答した。好奇心は猫を殺すと言うのに。ましてや相手は三千世界のカラスを殺しそうな丸木人だ。不味い気しかしない。
「じゃあ、話そうか。丸太至上主義のカラクリを。丸木杉と言う神樹と、丸木杉が原因で起きる風土病について――」
不意にギィと、資料館のドアの開く音がした。
次いで聞こえてくるのはコツコツと言う鬼の足音。
「ここにいたのか、枯葉。随分と探したぞ」
それは鬼の金棒の代わりに神樹を手にした今を生きる悪鬼。
「―― 委員長」
資料館に現れたのは僕らの教室の絶対的支配者、柊梢だった。