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チェーンソー

 あれから一か月が経過した。

 夢オチを願っていたのだが当然ながらそんな事は無く、村はやはりどこもかしこも丸太至上主義だった。

 だけれど、人間の適応力も大したもので一か月も過ぎれば段々と丸太中心の生活にも慣れてきた。


「はぁ、丸太漬けになる、と言うか寧ろ丸太そのものになる…… 頭おかしくなる」


 机に突っ伏しながら長いため息を吐く。

 すると一人の 男子生徒が僕の机に寄って来た。


「お、どうした?何か元気ないな」


 そう気さくに声を掛けて来たのは松山心葉。ヒノキを信奉する狂人兼僕の数少ない友人だった。

 僕は彼にヒノキを信奉する同志認定をされて以来事 あるごとに絡まれる様になり、今ではご覧の通り休み時 間に入る度に声を掛けてくるようになっていた。

 有り難く感じる場面もまぁまぁあるが、このような場 面では少しだけ厄介だ。


「いや……丸太って何で丸太なんだろうって思ってさ」


 まさか丸太至上主義に対して反発感情を抱いている、などと言える筈もなく酷く捻れた物言いでそう口にすると、


「あぁ、丸太哲学原理か。確か、丸太思う故に丸太ありってやつだったよな」


 マルタ・エルゴ・スムと言うやつだろうか?


「よく分からないけどそれ多分違うと思う」


 デカルトも後世になって自分の命題がこんな使われ方をするとは思わなかっただろう。何とも酷い話である。

 しかし、松山は気にしていないように続ける。


「中々難しい話だよな。ほら、村に住んでる連中は丸太を愛でて当然って節がありまくるからそこまで考えが至らないんだよ。だから、何故丸太を愛するのか、何故丸太なのかってのいうは実は分かってないんだ」


「そうなんだ」


 ……それが分からないのは人間として致命的な欠陥なのではなかろうか。


「だから、もしその謎を解明出来たなら絶対ノーベル丸太賞取れると思うぞ!」


 そう締め括ると松山は凄く良い笑顔でサムズアップ した。

 どうしてノーベルは丸木人の脳細胞をダイナマイトで爆破してくれなかったのか割と本気で謎に感じてしまった。

 そんなこんなしていると、担任の男性教師が慌てた様 子で教室に駆け込んで来た。やはりwith 丸太である。


「大変な事態が起こってしまいました。……本日は遅刻で朽木君が登校して来ます」


 その瞬間、クラスの面々が蜂の巣を突いたかのように騒めき始めた。

 たかだかクラスメイトの遅刻程度で酷く大袈裟な反応だと思う。

 何処か冷めた目でその様子を眺めていると松山はいきなり相棒のヒノキを構えて「来るなら来いよ」とブンブン丸太を振りを始めた。

 一体何が起こっているのかと、そう尋ねようとした時、教室のドアから一人の男子生徒が現れた。

 程よく引き締まった筋肉、ワイルドに逆立ててある頭髪。

 野生児と言う言葉が良く似合うような風貌。

 しかし、その手には丸太の姿は無く――代わりに無骨 なチェーンソーがギャリギャリと低い唸り声を発している。


「相変わらずどこも丸太丸太丸太。お前ら、丸太ばっかで恥ずかしくないのかッ !!」


 この日、僕は初めて……丸太の中にあっても常識を保っている人間に出会えた気がした。

 …… まぁ、手に持っているチェーンソーについては解せないのだけれど。


「――全員、丸太は持ったか」


 先生がそう口にすると騒めいてばかりだった生徒たちが皆一様に丸太を構え始めた。

 それに倣って僕もヒノキを構える。

 ……構えたのは良いけど、ここからどうすれば良いのかが分からない。


「ちょっと待って。今から何が始まるの?」


「決まってるだろ。…… 第三次丸太大戦だ!」


 一次も二次もあってたまるか。

 それはさて置き丸太を構えながら殺気立つ生徒たちを前にしてもチェーンソーを構えた男子生徒――朽木は表情一つ変えていない。

 いや、それどころか不敵な笑みを浮かべているようにも見える。


「お前ら良く覚えておけ。俺は朽木くちき斬継きりつぐ。……お前ら愛しの丸太を剪断する男の名前だ!!」


 かくして、丸太とチェーンソーによる絶望的な戦いが始まった。


「物量で朽木を封殺しろ!! 総員突撃ィィィッ!!」


 裂帛の気合いと共に十数本もの丸太が一人の男子生徒に向かって流れ込んだ。

 たった一人の男子生徒に向け るには明らかに過剰戦力だ。しかし――


「切断しやがれッ! 【フォリウム】ッ !!」


 それは正に鎧袖一触と言う言葉が相応しい。

 チェーンソー……否【フォリウム】の一振りが突撃した生徒の丸太をことごとく切断し、そのまま吹き飛ばして行った。


「そんな、丸太が一瞬で粉微塵に !?」


「やっぱり丸太じゃチェーンソーには勝てないのか……ッ」


 いや、当たり前だろう。一体どうして丸太がチェーンソーに勝てるなどと思うのか。

 しかし丸太を切り刻まれたクラスメイト達は丸太がチェーンソーに勝てないのは当然とは思っていないようで、皆一様に絶望の表情を浮かべながら膝を着いた。


 ……この一か月、僕は彼らと共に生活して来た。

 その過程で彼らの頭のおかしさは嫌と言う程痛感させられた。

 しかし、彼らの優しさのおかげで生活が出来たのもまた事実ではある。

 丸太至上主義なんて心底馬鹿らしいとは思う。けれど、 その中で懸命に丸太を振るう心優しい彼らの希望を……丸太を問答無用で切り刻む所業は決して許容出来るものではない……筈だ。


「…… 僕も、出る」


 だから、決意を胸に僕は朽木の前に前に進み出る。

 その両手にしっかりと丸太を握り締めながら。


「おお、一人で来るとは良い度胸じゃねぇか。お前、名前は何だ」


「木本、樹」


 そう名乗ると朽木は肉食獣のような嗜虐的な笑みを深めた。


「そうか。それじゃあ行くぞ、樹ィィィ……ッ!!」


 僕のヒノキと朽木の【フォリウム】が交錯し、木屑と火花があちこちに飛び散る。


「オラオラどうしたぁ!! お前の大切な丸太が切り刻まれているぞ!!」


 確かに僕の丸太には深い切れ込みが入っていた。成る程、このままでは僕のヒノキは見るも無残な姿になってしまう事だろう。

 しかし、朽木は一つ大きな勘違いをしていた。


「……僕、正直そこまで丸太に愛着無いんだよね」


 ギャリギャリと【フォリウム】が唸る中そんな事を呟くと朽木の瞳は驚愕に見開かれた。


「嘘だろ?」


「いや、本当に」


 重々しい沈黙が二人の間に降り掛かる。


「な、何だ……。って事はその、お前は普通なのか?」


 ここに来て、僕は悩んでいた。

 果たしてこの普通とは一体どの普通なのだろうかと。

 丸太を片手に丸太至上主義を讃えるのか普通なのか、それともチェーンソーを片手に丸太を切り刻むのが普通なのか。

 僕には…… 普通がよく分からくなっていた。


「僕は―― 」


 それでも答えを出さなければと、口を開き掛けたその時。


「そこまでだ、朽木斬継」


 凛とした声が教室に響き渡った。次いで極太の丸太を構える細身の身体が露わになる。

 威容を感じさせるその姿は神話の時代の戦乙女のようで、自然と身体が震えた。


「すまないな。委員会の集まりで遅くなった」


 我らがクラスの委員長、柊梢が教室に現れたのだ。


「さて、私が来たからには丸太を否定する者の上に絶対なる天罰が下ると知れ」


「チッ、柊梢か。……厄介な奴が出て来たな。これは一 錠飲まないとキツ―― 」


「はぁっ !!」


 朽木の見せた一瞬の思考の空白。委員長はその一瞬の空白すらも見逃さない。

 痛烈な丸太の一撃が朽木の鳩尾に吸い込まれて行く。


「強い……!」


 それしか言葉が浮かばない。

 丸太とチェーンソーはジャンケンに於けるパーとチョキの関係に近い。 切り刻むチェーンソーが勝利して当然なのだ。

 しかし委員長は圧倒的な手数を以て逆に朽木を追い込んでいた。


「流石に委員長! スギ連合軍のトップは伊達じゃない!」


「委員長ってスギ連合軍だったんだ!?」


 スギ連合軍はヒノキ愛好者のくだりで何となく聞いた覚えがある。

 まさかこんな所で意外な事実が判明するとは思わなかった。


「あれ、言ってなかったか? 委員長は市長からこの村の神樹、丸木杉を貰ってるスギ連合のトップなんだよ」


「丸木……杉?」


 何だかその言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。

 だけどそれも刹那の事。眼前の木屑と火花の乱舞によって掻き消される。


「意地でも撤退させて貰うぜ。一応収穫はあったからな!」


「逃すと思ったか !!」


 尚も食い下がろうとする委員長に向けて何処から取り出したのか煙幕を張るとそのまま何処かに走り去って行った。


「……改めてこの村頭おかしいな」


 丸太を振るい終えて髪の乱れた委員長の後ろ姿を見ながら僕はそんな事を呟いていた。

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