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お前言語野を丸太に犯されてるのか?

 あれから、僕は丸太を片手に委員長の操る丸太に乗り、丸太漬けの一日を過ごした。

 その結果、一つ分かったことがある。

 それはこの村の住人は漏れなく全員頭がおかしいと言う事だ。


「丸太はもうこりごりだ…… 」


 僕にあてがわれた寮の一室でそう愚痴ってみるがこの寮自体も村長宅と似たようなロッジハウス風味だったりする。

 木の温かみは感じられるけど丸太が飽和しているので正直勘弁して貰いたい。

 溜め息を吐きながらだれているとドアがノックされる音が聞こえた。

 誰だろうと思って丸太を片手にドアを開けるとそこには一人の同級生と思しき男子生徒が立っていた。

 そしてその手にはやはり丸太がある。


「えっと…… 誰?」


「よっす!あー、俺は松山まつやま心葉このは。お前と同じ高校二年で相棒もお前と同じヒノキだ。ヒノキ愛好者同士だし仲良くなりたいと思って挨拶に来たんだ」


 ヒノキ愛好者とは一体何だろうか。

 知りたいような、知りたく無いような。……いや、やっぱり知りたくない 一択だ。

 しかし、この村に於いて丸太ディスりは凡そアウトな気がする。

 口にしたらきっととんでもないことになるに 違いない。

 だから丸木の流儀に則って先制する事にする。


「や、やっぱり良いよねヒノキ。きめが細かいし、木目も優しいし、何より清涼感のある匂いが堪らないよね。こう……丸太界の純白の花嫁って感じでさ」


 言っているのは当然村長の受け売りだ。

 何が悲しくて木材への愛を語らっているのか分からないが、きっとこの場に於いてはこれが正解なのだろう。

 果たして結果は――


「だよな!!分かってるなお前!!そうヒノキは視覚、嗅覚、触覚、人間の凡ゆるニーズに対応出来る素質があるんだ。つまりフェチズムの極みなんだよ!もうっ、もうっ、日本という国にこんなエッチな丸太があって良いのかよ!!こんなの、ヒノキに触れた日本人はみんなドスケベにならざるを得ないだろうがッ!!」


 エッチな、丸太? みんなドスケベ?

 予想外のパワーワードの登場に脳内のヒューズが遥か彼方にブッ飛んだ音がした。


「お前は期待の新人だ。これならブナ派にもいや、マツ連合軍にも勝てるかも知れない。ヒノキ愛好者はやっぱり最強だ……ッ」


「う、うん。そうだね?」


 ヤバい。今日で一番ヤバい。どこがと言われても全部ヤバい。とにかくヤバい。

 村の人達が大抵頭おかしいのは嫌と言う程分かったつもりだったけれど、その先を行く人がいるなんて思ってもみなかった。

 フェチズム? 丸太の何処にそんな要素があるのだろうか。

 丸木村の住民は大概頭がおかしいけれど、よもや丸太に欲情する輩がいるとは思わなかった。


「何か困ったら迷わず俺に頼ってくれよな! ヒノキ愛好者同士……いや同志として力を貸してやるからさ」


「あ、ありがとう。助かるよ」


 表情筋を引きつらせながら辛うじてそう言ったのは良いものの……本音を言おう。

 絶対に頼りたくない。

 だって相手はヒノキにエロスを感じる狂人だ。頼りたい訳が無い。寧ろ何で頼られると思ったのかが謎過ぎる。


「それじゃ、明日から宜しくな!」


「う、うん。宜しく」


 僕は松山を見送るとドアを閉めて一人俯いた。

 今朝思った事を訂正しようと思う。

 新たなる青春なんて、そんなものは幻想だ。

 明日から始まるニューライフはきっと狂気と丸太に彩られている……!!


「はぁ…… 頭がおかしくなりそうだ」


 やっていられるかと、引越しの時に持って来た鞄を開ける。

 中には衣服や筆記用具や教科書などが入っている。

  鞄自体には何の思い入れも無いけれど昨日まで身を置 いてきた正常な世界との縁の様に思えて妙に愛おしく思えた。


「っと、そう言えばそろそろ薬を飲まないと」


 そんな正常な世界の縁にズボッと手を突っ込むと茶色い瓶を取り出す。


「にしても、何で母さんはこの薬を飲む様に約束したんだろう」


 これは今は亡き母との約束だった。

 茶色い瓶の中に入っている免疫力を高める薬を毎日欠かさず一錠だけ飲み続ける事。

 どうして薬を飲まないといけないのかは教えてはくれなかったけれど、それが後々僕を救う鍵にな ると言っていたのを覚えている。

 水無しで一錠を口に入れ、飲み下す。

 別段何かが良くなった感じも無いし、悪くなった感じもしない。


「さてと、薬は飲んだし早く寝よう」


 もしかしたら、今日の一日はタチの悪い夢で、明日目覚めたらまた正常な日々が訪れるかもしれない。僕はそんな一縷の願いを込めながら眠りについた。


 ……その晩は皮肉な事にヒノキの涼やかな香りが漂って来て不本意ではあるのだけど、とても気分良く眠る事が出来た。

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