ようこそ! おいでよ丸木村!!
僕は舗装されていない道を駆けていた。
「はぁ、はぁ、なんなんだよ、コレ」
肩で息をしながら後ろを向くと黒いスーツを纏った筋骨隆々なエージェント達が丸太を持って迫って来るのが見えた。
一見馬鹿みたいな絵面だけれど僕には彼等が大鎌を携えた死神のように感じられる。
「どうしてこんな事に……っ!」
どうして僕がこんなカオス極まりない状況に陥ってしまったのか。
その原因は数ヶ月前にまで遡る。
♪♪♪
僕の名前は木本樹。
身長百七十センチ、体重五十七キロ、上腕三十センチ、前腕二十三センチ、視力は左右共に一・二血液型はAO型のRh +。
つまり、何処にでもいるごく普通な高校二年生だ。
そんな平凡な僕なのだけど、この度一身上の都合で都会から離れて丸木村の高校に転校する事になった。そして今日は村を案内して貰う事になっている。
新たなる青春の予感に胸を弾ませずにはいられない。
「行って来るよ。母さん」
天に向かってそう口にすると勢い良く丸木村への一歩を踏み出した。
新たなる一歩を踏み出した僕を迎えたのは新しく、それでいて穏やかな景色だった。
都会育ちの僕にとっては見るもの全てが新鮮で輝いて見える。それは例えば煌めく新緑であったり、滴る朝露だったり身の丈以上の丸太を担いで登校する小学生の姿だったり。新鮮な感じが何とも好ましい。
「あれ、今何か変なのが混ざらなかった?」
……丸太を担いで登校する、小学生?
「……嘘だよね?」
見間違えかと思い目を瞬かせるけどどうやら間違いではないようだった。
それは正しく小学生と丸太。何という組み合わせ。何というミスマッチ。
僕は早々に元の都会に帰りたくなった。
「こんな所に居たのか。探したぞ」
呆然と立ち尽くす俺に向かって声を掛けて来たのはバームクーヘン、否…… 大層ご立派な丸太を持った女生徒だった。
「お前が最近この村に越して来たって言う木本樹、で間違い無いか?」
「あ、はい。僕が木本樹で合ってます」
丸太が気になり過ぎて生返事を返してしまったけど、その女生徒はそれは良かったと言って胸を撫で下ろした。
「私は柊梢だ。君のクラスの委員長を務めている。慣れない事も多いだろうが一緒に頑張って行こう」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ここで漸く手にしている丸太から視線を外すと女生徒―― 柊委員長に目を向けた。
背丈は僕よりも少しだけ高く、スラリと伸びていて月並みだけどモデルみたいなスタイルをしている。
顔も何処か大人びた顔立ちをしていて、理知的な笑みが特徴的ないかにもデキる委員長って感じだ。
……まぁ、丸太がそれら全ての印象をブチ壊していくんだけども。
「ところでその手に持ってるそれって……丸太、だよね?」
「そうだが。…… ああ、都会だとそうそうこの大きさの丸太を見る機会は無いか。どうだ、立派なものだろう。この村の数少ない名産だ。数少ないとは言え世界に誇れる丸太だと私は確信している」
「は、はぁ」
いや、見る機会は往々にしてある。ただ日頃から持ち歩く所を見た事が無いだけで。
そんな突っ込みが瞬時に浮かんだ。
そんな訳で困惑顔の僕を他所に柊は饒舌に続ける。
「そう、この丸木村は日本初の丸太至上主義の村なんだ。都会でも一度は聞いたことはあるんじゃないか?」
「あぁ、まぁ、少しだけ」
字面からして頭の悪そうな至上主義だと思う。
ただ、僕はこの丸木村が丸太至上主義である事は予め情報としては聞き及んでいた。
……聞き及んではいたのだけれど、まさかそれがここまで頭がおかしい代物だとは考えもしなかった。
「丸太村は元々観光資源どころか資源すら無い寒村だったが、こうして丸太至上主義を導入する事で急激に豊かになり、こうして今日の私立丸太高校の建設まで可能にしたんだ。やはり丸太は素晴らしいと思わないか?」
「そ、そうですね」
半ば引きつりながらも同意すると委員長は満足げに頷いた。
「っと、お喋りをし過ぎたようだ。村長の元に案内しなければならないと言うのに……。丸太然とした態度で望むつもりが、この様とは私もまだまだのようだな」
丸太然とした……一貫したってニュアンスなのかもしれない。
どちらにしても頭がおかしいのは確かだ。
「村長って……」
「お前まさか村長の名前を知らないのか!? 樹々(きぎ)茂さんだ。この村に丸太至上主義を導入した村おこしの英雄! この村では知らない人はいない程のビッグネームだぞ!」
「何かこう……名前が体を表してますね」
……樹だし、茂っているし。
丸太至上主義って言うの も茂さんとやらが始めたのであれば十分に頷ける。
「そうだろう、そうだろう。かつて茂さんはこの村を研 究していた高名な学者だったんだ。風土や歴史、果てに は生態系にも造詣が深い正に丸木人の鏡とも言える人……!」
「ま、まぁそれよりも早く村長の所に行きましょうよ」
「そうだったな。では、今から丸太を投げるからそれに 飛び乗れ。安心しろ、これでも私の丸太投げは正確無比 だと評判なんだ。今まで丸太移動で転落したのは二人しかいない」
「二人落下してるじゃないですか !?」
そうこう言っている間に委員長は青く澄んだ空に向かって丸太をブン投げていた。
「細かい事は気にするな!それでもお前は男か! お前の股に生えてる丸太はただの飾りかッ !!」
「股から丸太は生えないですって!」
「ええい、存外に女々しいなお前……。良いから行くぞ、はぁぁぁぁぁあッ !!」
裂帛の気合いと共に地を蹴ると委員長は丸太の上ま で一直線に跳んでいった。
その様はミサイルか何かを連想させる。
「さぁ来いッ !!」
「えぇいどうにでもなれ !!」
僕もそれに倣って地面を強かに蹴り飛ばす。 風を切る音が耳に心地良い。
トンっと、思いの外軽やかに丸太に飛び乗ると何だかやり切った感がある。
「出来るじゃないか。お前もゆくゆくは良い丸太の使い手になる事だろう」
……良い丸太の使い手と聞いてもイマイチピンと来ない僕はおかしいだろうか。