エピローグ 語り部のない、ある世界の物語
昔、あるところに、大変有名な美しい魔女様がいました。
彼女は、子供の頃から周りを魅了する大変美しい姿と、同じ人族どころか魔力の多いエルフ族や魔族よりも遥かに多い凄まじい魔力を持っていました。
当時この地に存在していた世界一の規模を誇る王国の侯爵家に生まれた魔女様は、将来の宮廷魔術師として大切に育てられ、十歳で入れる王国一の魔術学園へと僅か八歳での入学を果たすと、メキメキと頭角を現しました。
そして、五年という履修課程を僅か二年で修了し卒業した彼女は、卒業後の一年をその学園で教鞭を執りながら魔術の研究に費やすと、その翌年、十一歳という史上最年少の若さで王国の誉れある宮廷魔術師の座に任命されました。
若すぎる宮廷魔術師に、もちろん妬みや嫉みの声もありましたが、そんな声も彼女は圧倒的な実力と美貌、美しく繊麗な立ち居振る舞いで黙らせていました。
それからの魔女様は、宮廷魔術師として人々に害を為すならず者や魔物の数々を打ち倒し、次々と功績を挙げていきました。
しかし、そんな順風満帆だった魔女様を、ある日、恐ろしい怪物が襲います。
それは、精鋭部隊として組まれた数名の宮廷魔術師と数十名の騎士団と共に、とある街を脅かしていた魔物を討伐した直後のことでした。
その魔物は強敵であったものの、魔女様の扱う強力な魔術によって大きな怪我をする者も無く、無事に討伐した彼女らは凱旋の帰路に就こうとしました。
そこに、禍々しい恐ろしい気配を纏った怪物が急に現れたのです。
人型のその怪物は怖ろしいほど強く、大きな怪我は無かったものの疲弊していた彼女らでは全く太刀打ちできず、魔女様こそ多少善戦したものの皆を守る余裕はありませんでした。
次々と怪物によって無残に殺されていく仲間たちに、魔女様の気高い心も折れ、恐怖と絶望にすっかり心が支配されてしまいました。
しかし、彼女らは……魔女様は、王国を守る立場の人間です。
王国のすぐそばで起こった危険を報せることなく、無駄に命を散らすことなどあってはならないことでした。
魔女様はすっかり竦んでしまった心を奮い立たせて、持ち得る全ての力をその場から逃げることの為だけに出し切り、何とか命辛々王国へと逃げ帰ることが出来ました。
しかし、王国に戻り報告をする魔女様を迎えたのは、王様や宰相など城の者たちや貴族たち、同じ宮廷魔術師に騎士、王国に住まう民草たち……そして、自分の両親や家族、その皆からの聞くに堪えぬ罵詈雑言の嵐でした。
――その強力な怪物を倒すのがお前の役割だろう。
――王敵を前にして逃げ出すなど我が家の恥だ。
宮廷魔術師とはいえ、まだ成人もしていない年端も行かない少女である魔女様に掛けるには、あまりにも酷過ぎる言葉の槍を向ける彼らに、魔女様は身も心もボロボロに傷付いてしまいました。
そんな魔女様を、彼らは謝ることも不憫に思うことも無く更なる酷薄な言葉を投げ付け嗤いました。
それでも、魔女様は悲鳴を上げる心を殺してまで働き続けました。
――ただひたすら、王国の為だけに……。
幼い頃から貴族として、そして将来の栄誉ある宮廷魔術師として育てられ、若くして宮廷魔術師として王国に貢献してきた幼い魔女様は、それ以外の生き方を知らなかったのです。
そんな魔女様は、ある日、魔術に失敗して気を失ってしまいました。
暫くして目が覚めた魔女様の淀み曇り切っていた目は、何故かほんの少しだけすっきりとしていました。
それから、魔女様は何故か魔術の発動に失敗して気を失う度に少しずつ元気を取り戻し、すっかりくすんでしまっていた美貌をも取り戻したばかりか、更にも増して美しさに磨きが掛かっていったのです。
更に魔女様は、これまでとは比較出来ぬ程に便利で画期的で、とんでもなく強力な魔術を次々と生み出すようになっていきました。
そんな魔女様を、皆は酷い言葉を投げ掛け嗤っていたことなどすっかり忘れたかのように、また魔女様を褒め称えるようになりました。
しかし、魔女様はこれまでのように皆からの褒め称える言葉に喜ぶ様子を見せることはありませんでした。
そうして、しばらく経った頃、ある大変な事件が起こります。
その頃、世界では魔物の動きが活発になり、多くの被害が出るようになっていました。
そんな中に現れた一人の魔族が、世界に対して宣戦布告を仕掛けてきたのです。
――世を支配せしこの魔王が宣告する。この世に生けし全ての者共よ。我の前に平伏せ。従わぬ者は全て斃れ死せよ。
それは、魔女様が敵わず無様に逃げるしかなかった、あの時の人型の怪物でした。
その余りにも強大で恐ろしい暴力的な力の前に、王国だけではなく世界中の者たちが恐怖し、絶望し、世界が混沌に堕ちていきました。
しかしある時、かの魔王が住まう巨大で禍々しい魔王の城に独り乗り込んだ、すっかり美しい大人に成長していた魔女様は、なんと、そのままたった一人で魔王の側近も、そして魔王をも魔術によって倒してしまいました。
魔女様は、人々の英雄になったのでした。
世界中の人たちが、若い英雄の誕生と、脅かされていた魔王の支配の恐怖から解放されたことに喜び、魔女様を褒め称えました。
しかし、魔女様は、そんな皆の言葉に何の反応も示しません。
世界に平和が戻ったことと魔女様の栄光を称えるため、大きなパーティーが王国の城で開かれました。
白い煌びやかなドレスを身に纏いパーティーの場に現れた魔女様は、それはもうこの世に存在する他の何よりも美しく、皆の視線を釘付けにしました。
そんな魔女様の傍に、魔女様と比べれば遥かに見劣りするものの王国の中で一番見目麗しいといわれる王国の第一王子様が近寄ります。
なんと、魔女様は、その見目麗しき王子様に見初められ、婚約して許婚となっていたのです。
将来の妻となる魔女様の偉業を、自分のことのように自慢げに話す王子様。
その様子に、皆がお似合いの二人の姿を見て笑っています。
――ああ、魔女様と賢王となる次期王によって、この国はまだまだこの先も栄光の刻を刻むのだ。
……と。
そんな王子様と周りの様子に、魔女様もにっこりととても美しく微笑みました。
そして、王子様が肩を抱こうと伸ばしてきた腕を手で払うと、高らかに宣言しました。
――第一王子殿下。失礼ながら殿下との婚約は、今夜限りで破棄させていただきますわ。
そして、魔女様は、持っていた料理が載ったお皿を王子様の顔に投げ付けました。
華やかなパーティーの場が、魔女様の行動によって静まり返りました。
更には、魔女様は宮廷魔術師としての座を捨てること。
そして、侯爵家である実家との縁を切ることを、その場で宣言したのです。
その宣言に、王子様や王様、魔女様の両親も皆が怒り、魔女様を問い詰めました。
魔女様は語ります。魔術の開発に失敗した時に出会ったという、異界の心優しき少年の話を。
熱に浮かされたように頬を赤く上気させて少年の話をする魔女様の顔は、まさに恋をする乙女でした。
そんな魔女様に、更に怒気を強める彼らでしたが、魔女様はまったく気にしません。
一通り少年の話をして満足した様子の魔女様は、それでは皆様ごきげんよう、と別れの言葉を口にするとその場から消えてしまいました。
恥をかかされた王子様や王様、魔女様の両親は魔女様を必死に探しました。
すると、魔女様は王国の東にある大きな森に住み始めたことを知ります。
皆が魔女様を強引に連れ戻そうとしますが、魔女様の強力な魔術で皆蹴散らされてしまいました。
魔女様を捕まえるのが無理だと悟った王子様は怒りに身を任せ、魔女様の住んでいる森に世界中から魔術師を集めて命じ、森に恐ろしい呪いをかけてしまいました。
吸い込んだ者は皆苦しんで死んでしまう恐ろしい呪いの霧に覆われた森に住まう魔女様。
確かめられる者はいませんでしたが、これにはさしもの魔女様でもきっと死んでしまったことでしょう。
そうして、立ち入ることすらできない強い呪いが掛けられた森には、その後誰も近寄らなくなっていきました。
――やがて。
遠い悠久の時が経って、王国が衰退し、いくつもの新しい国が生まれては消え、そして魔女様のお話も嘘だらけの御伽噺として伝わるようになった頃。
彼の呪いの森の近くで大層美しい女性と、そんな女性に腕を組まれながら隣を歩く少年の姿を見掛けた者がいました。
その者の話によれば。
その女性と少年は、二人ともとてもとても仲睦まじく幸せそうな顔で。
いつまでも、いつまでも、微笑み合っていたという――。
駆け足気味でしたが、これにて『異世界に誘拐された少年は、自由に冒険する夢を見る』一応完結です。
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それでは、またどこかでお会い致しましょう。




