増えるタイプの悪役令嬢
アホルド王子が私に向けてサーベルを振り上げた時、意外と冷静に「ああ、こうやって人は死ぬのか」などと考えていました。馬鹿は何をしでかすか分からないとは思っていましたけれど、まさかここまでとは。男爵令嬢にすっかり篭絡されていたのは分かっていましたが、彼女を私が虐めていたと吹き込まれてすっかり激情に駆られてしまったらしいですね。噂に聞いておりました走馬灯というものが目の前に浮かんできました。あれは10歳の時の鑑定の儀の場面です。私の生まれつきの特質が発表され、会場は騒然となりました。
『公爵令嬢プラーナ様の特質は…【プラナリア】です…』
聞いたことない単語にざわつく観衆。その言葉が著しい再生能力を持った生物の名前を指していることを知っていたのは転生者の私だけでした。いや…しかし…特質がプラナリアってどういう意味なの!?と一人心の中でツッコミを入れていたのは覚えています。
過去の記憶が脳内で再生されている間、スローモーションになっていたサーベルが私の首にかかります。次の瞬間、経験したことのない死を伴う激痛に思わず叫び声を上げました。
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……………あれ…?」
無惨にも床にゴロンと転がる私の生首…のはずが、実際には床に寝転ぶ私の姿。
そしてそれを立ったまま眺めている私。驚くべきことにドレスまで完全再現されて二人とも復活しています。まさか…特質:プラナリアって…そういうことなのですか?
「ば、化け物めぇええええ!!」
どう考えても元婚約者である公爵令嬢にかけるべき言葉ではないのですが、そんなことを錯乱した王子に諭したところで意味はないのでしょうね。でもなあ…すごく痛かったんだよなあ…切られたくないなあ…などと思っていたのですけれど、成人男性の腕力に細腕の私が敵う訳もなく私達は二人とも真っ二つにされてしまいました。はい、想像通り4人になりました。
しかし…痛かったなあ…辺り一面飛び散った私の血飛沫だらけの惨状が広がっています。この猟奇的な光景に、周りの淑女達は全員気を失っています。そういえばすっかり忘れていましたが卒業パーティーの真っ最中でした。こんな晴れやかな場で婚約者に婚約破棄を宣言した挙句、何度も切り刻もうとするなんて、本当にどうかしていますよ、アホルド様。
「こ、この化け物を殺せぇええええええ!!」
いやあ、三回斬って駄目だったのですから、いい加減諦めて下さいよ。人を化け物呼ばわりするなら、知性を持った人間らしく経験から学んでください。でも狂乱状態とはいえ王子の命令なので腰が抜けていた衛兵達も雄叫びをあげながら4人の私達に切りかかってきます。それでは、あまりにもショッキングな光景が続きますので、以下中略。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はい、私、100人まで増えました。そして、目の前には数の暴力の恐ろしさを思い知らされた王子と衛兵が正座しています。
ああ、辛かった。感覚は100人で共有しているので痛いのなんのって…終盤は段々痛覚も麻痺してきましたが。あんな残虐行為に及んだ彼らを屠らずに許している私、女神と名乗っていいはずですよね。ええ、化け物としか呼ばれないでしょうけれど。正直こんな力があれば国の一つや二つ簡単に滅ぼせると思うのですが、そんなことには全く興味ありません。私はただ平和な生活を送りたかっただけなのに…
「えええええ!!!プラーナがいっぱい!!!!」
突然パーティー会場に現れ、素っ頓狂な大声をあげたのは、ヤヴァイ第二王子です。私の恥ずかしい勘違いでなければ、ずっと以前から彼から好意を寄せられていました。逢うたびに彼から熱視線を向けられていたのですが、残念ながらアホルド王子の婚約者である手前、断腸の思いで無視してきました。正直な話、初めてお会いした時に顔も声もどストライク過ぎて一目惚れしてしまっていたのです。
「兄上がプラーナを婚約破棄すると聞いていたから、ショックを受けている君を慰めて、そのまま僕の婚約者になってもらおうと思って遅れてきたんだけど…まさか増えているとは思わなかったよ!」
目の前の光景を見て、ここまで暢気な反応が返ってくるとは思わなかったので、私の方が若干引いてしまいました。それにしてもヤヴァイ王子、結構腹黒かったのですね。そういう性格もすごくタイプですよ。
「まあ、大好きなプラーナならどれだけ増えても嬉しいけどね!」
えっ…好き…結婚しよっ…
「それで…あまり興味はないんだけど、なぜ兄上達は正座しているの?」
彼等は女性の私に力ずくで取り押さえられたことが屈辱だったらしくだんまりを決め込んでしまったので、私がヤヴァイ王子に事情を説明致しました。
「ふーん、そうだったんだ。やっぱり兄上は馬鹿だねえ。それにしてもプラーナの声が同時に色々な方向からたくさん聞こえて耳がとっても幸せだなあ。そうだ、プラーナ僕と結婚してくれない?」
「はい!喜んで!」
「やったあ!ちゃんと100人全員、一生愛して幸せにしてあげるから心配しないでね!」
ああ、既に100人揃って、あなた様に骨抜きにされていますとも!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからまず国王陛下と王妃にご説明に参りました。もちろん101名で。王妃は話の途中で失神してしまわれましたが、ヤヴァイ王子との結婚も認めていただくことができました。最後まで国王はどの私達とも目を合わそうとなさいませんでしたが、まあしょうがないですね。後日、ヤヴァイ王子が「僕も増えないかなあ」と言って包丁で自らの小指を切断しようとされたので、慌てて止めて特質や前世の話を全て正直にお話しました。王子は残念がっていましたが、一人の王子を相手にするだけでも心臓が限界なので本当に増えなくて良かったです。
アホルド王子は当然ながら廃嫡されました。婚約者に切りかかるなんて本当にどうかしています。私が増えなかったらどうするつもりだったのでしょう。あれだけ執心していた男爵令嬢に、王子でなくなった途端あっけなく捨てられてしまわれたのは可哀想でしたが。
王太子妃になるということで国民の皆様にも私の特質についてご説明しました。最初は戦々恐々といった様子でしたが、私達が皆様のお仕事をお手伝いするようになってからは、ほとんどの方が好意的に接して下さるようになりました。ヤヴァイ様は「みんな僕のプラーナなんだから独り占めしておきたいんだけど…」と口を尖らせて拗ねていらっしゃったので、その愛らしさにひとしきり悶絶したあと、ご満足いただけるまで独り占めして存分に可愛がっていただきました。
今のところ、気掛かりなのは、この体質が私達の子供に受け継がれるのかどうかということなのですが…取り敢えず近日中に判明する予定です。来月には23人の私達が出産予定日を迎えますので。