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4、正妃は死ぬことにした




 ◆◆◆



「……フリージア、まだ考えは変わらないのか?」


 扉の向こうから聞こえてきたリクハルドの声で、思い出の思索から我に返る。


「陛下?」

「今、周りには誰もいない。護衛も下げた。少し話せないだろうか?」

「扉越しでしたら」

「それじゃ……顔が見えない」

「扉越しでしたら」

「……わかった」


 ギシリと音がした。リクが扉にもたれかかったのだろうか。


「……私に、オレに愛想が尽きたのか?」

「陛下にだけではありません。ご安心ください」

「ははっ、全然安心できないな……なあ、フリージア」

「はい」

「だが……だけど、死ぬ必要はないのでは?」

「いえ、私が選んだ死に様です」

「本当は、無実である証拠もあるんだろう?」

「ありません」


 すでに処分したのだから。


「なあ、フリージア……ねえ、フリージア様」

「何でしょうか、陛下」

「オレはあの頃に戻りたいよ」

「あの頃とは?」

「……辺境伯領で、穏やかに過ごしていたときに」


 そう言って牢屋の扉越しに、彼は幼い頃の思い出を語り始めた。


「あの頃、オレたちは……」

 

 相槌ひとつ打たない私が、その話に聞き入っているとでも思ったのだろうか。

 次々と思い出話が耳を通り抜けていった。

 ああ。

 彼は何もわかっていない。

 私が本当の意味で膝から崩れ落ちたのは、その言葉だったというのに。


「あのとき、リーナが」

「陛下」


 いい加減、我慢の限界が来てしまい、相手の言葉を強い調子で遮ってしまう。


「あ、え?」

「耳障りです」

「……リーナの話をしたからか?」

「いいえ。一つだけ言わせてください」

「あ、ああ」


 私は息を吸った。

 大きく、大きく。

 再び腐り切った国全てに届くように。


「嘘でも! 過去に戻りたいなど言わないで!!」


 これが本当の気持ち。

 私の心を折った陛下の言葉。


「私たちは、立ち上がったの! 民のために、正しくあろうとして!」


 最初の一歩を踏み出したのは、


「リク、あなたでしょう! 苦しむ民を救いたいと!」


 言い出したのは、貴方だ。

 だから私たちは走り出した。


「どうか、正しくなかったあのときに、例え私たちが幸せだったとしても、苦しんでいた時代に戻りたいなんて!」


 どうか、あの少年と同じ声で、もう聞かせないで。


「……もう聞かせないで」


 私の全てを否定する言葉を、聞かせないで欲しいの。

 無我夢中で走り抜けた。

 命の危険だって何度もあった。

 この国を良くしたくて、色んな人を幸せにしたくて辿り着いたのに。

 変わっていった人々、再び腐っていった国。

 それでも足掻いてやると思った私に、リクが言った言葉は残酷すぎた。

 もう耐えられなかった。


「……貴方の言葉はもう、聞きたくないの……」


 膝を屈した私に、扉の向こうから言葉は聞こえない。

 少しして、走り出す足音が聞こえた。


「私は疲れてしまったの……」


 全力を持ってしても辿り着けない正しさに。

 私がどれだけ頑張っても、天秤の反対側で堕ちていく仲間たち。それを見ることに疲れてしまったのだ。

 立ち上がる気力はもうない。

 だから、終わりにしましょう。




 ●●●



 王城内に急遽設置された処刑台に向かって歩く。

 粗末な衣装となった私を見つめている人間も多いだろうが、すでに見回す気力すらない。どうだっていい。

 私が死ねば、王宮が混乱に陥るだけではない。おそらく辺境伯家が造反する。民がまた苦しむでしょう。でも、それもどうでもよいの。


 ――この国は、思えば新ニスカヴァーラ朝が国主となったときから、今のように腐る要素を内包していた気がする。


 まあ、つまり最初からだというのが情けないことだけど。

 事の発端は、前王朝を倒して、戴冠式に向けた用意を始めたときの話だ。

 リクハルドが戴冠すると同時に結婚をすることにした。世に安定を知らしめるためだ。

 それ自体は賛成した。その相手が私というのもわかる。彼を憎からず思っていたのもあるし、戦友でもあったのだ。

 当時でも私は結婚するには遅い年齢だったし、宰相のような役職について国に尽くしたかった。

 だが革命の立役者である辺境伯家との繋がりを、確かなものにすることが必要だった。

 リクハルドが信頼する仲間の中で、正妃になれそうなのは隣国の姫のみ。他の人間の家柄は、どれだけ高くても男爵家の令嬢だったリトヴァぐらいだ。

 わかってましたとも。私とて貴族の娘だ。結婚に自由があるとは思っていなかった。ゆえに私が正妃として立つことは納得した。

 そこはね、納得した。

 しかし、ここでリクハルドの悪い癖が出る。女性に甘いのだ。特に自分を慕う人間には。

 彼は他の女性陣に押され、全員一緒に結婚式を挙げさせたいと言い出した。全員で一度に、合計で八人だ。

 前代未聞どころではない。この世界の歴史で前にも後にも彼以外に現れないでしょうね。

 それに王朝はまだ建ったばかり。私は当然、反対したが、他の人間たちが『嫉妬している』などと言い出し、リクハルドを説得した。

 最後にはよりにもよって多数決(・・・)で決められた。

 それだけでも良くないのに、リクハルドが、ただの村娘だったリーナを第二妃にしたいと言い始め、まだ実態のわからない公爵家へ協力を願ったのだ。

 確かにリーナはどこまでもついてきた。特に我儘を言うこともなく、ずっとリクハルドに寄り添ってきた。気持ちを察することはできる。

 相手の公爵家は、前王朝で蔑ろにされていた一家だった。現公爵の祖母が旧ニスカヴァーラ王朝の王女であったゆえである。

 だがこのリクの遠戚に当たる公爵家の実態は、前王朝・そして近王朝によくいる腐った貴族そのものだったのだ。

 重税をかけて豪奢な生活を送り、民を顧みない。たまたま私たちが討伐した前王朝で、侮辱的な扱いをされていただけである。

 まだ実態がわからなかった新王朝設立時、結婚式を合同で行うために焦って内側に入れてしまった。

 もちろん私は何度も説得を重ねた。

 時間を置いて、もう少し王朝が安定してからでも良かったはずだと。その度にリクは少し嬉しそうな顔のまま聞き入れなかった。

 やがて戴冠式の後の結婚式で、彼の後ろを歩く私は、恥ずかしくて死にそうだった。後ろに七人の花嫁を連れて歩く結婚式など、私の人生で起こるなど想像していなかった。

 思えば、あの辺りからだったかしら。彼への思慕が急激に冷めていったのは。

 政治的に言えば公爵家の専横を許してしまい、大失策だった。

 私は正妃としてリクを支え政治に深く関わるはずが、いきなり後宮の主人も兼ねなくてはならなくなった。

 忙しくてたまらなかったが、国と民を思えばと……リクもそこは同じ気持ちだと信じて頑張り続けた。

 だが、彼は乱世の人だった。王として(まつりごと)に気が向いていなかった。

 周りから吹く心地よいだけの言葉の風に浸り、すぐに腐っていったのだ。

 妾の中では比較的真面目なリトヴァですら、王の寵愛を得て立場を確固としたものにするべく、内部闘争に明け暮れるばかりだった。

 公爵家の操り人形になった第二妃リーナや、隣国の姫ラールカーナは言うに及ばずだった。

 その矛先はどこに向かうか。

 正しく妃を全うしようとした、私しかない。

 結果として、民のためにとリクの代わりに政治を取り仕切りながら、後宮の中ではやり玉に挙げられた。

 新王朝についた貴族たちも、まだ体制が固まりきっていない今のうちだと言わんばかりに、権力の暗闘を繰り返す。

 それでもまだ、私は何とかしようと思った。

 国を正しい姿に戻すために、リクとともに立ち上がったのだ。

 働き過ぎて倒れたことも何度かあった。

 そこに見舞いに来たリクハルド・ニスカヴァーラが……この国を正そうと最初に声を上げた彼が、私にこう言ったのだ。


『昔の方が良かった』


 私は心が折れた。

 何の意味もなかった。

 誰がどうなろうと、何がどうなろうと。

 だから今、両手首に巻いたロープを引かれ、処刑台に上りきる。

 何かを振り返ることもしない。

 誰かに促されることもなく、断頭台へと首を差し出した。

 目を閉じれば、首の後ろに衝撃を受け、意識が遠くなっていく。

 頭に受けた痛み。首が落ちたのだろう。

 ああ。

 これでようやく、この盛大な徒労の果てから、逃げ出すことができたのだ。

 

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] いいヒストリカルでした [一言] 合同結婚式が運命の分かれ目で、アレをしたからこうなる結末しかなかった、って感じですね それにしても革命の立役者たる辺境伯家とのつながりを強めるための婚姻…
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