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3、戦いを覚えている



 城内の一角に建てられた塔にある、王侯貴族向けの牢獄。

 質素な麻の服に包まれ、私は格子のはめられた窓から夜空を見上げる。

 死が間近にあるというのに、それほど怖くはない。むしろ、清々しい気分だ。

 これなら、辺境伯領が隣国と旧王朝軍により挟撃されたときの方が、恐怖を覚えただろう。

 あれはまさに窮地だった。国境の町パウリーナを囲んだ隣国の軍。

 辺境伯家の領都を目指す旧王朝軍。

 通じ合った二つの敵により、我が軍は未曽有の危機に落とされていた。

 踊る会議の中、当時の私は震える声で提案した。


『比較的弱いと思われる王朝軍へ、父上率いる辺境伯領軍とリクのニスカヴァーラ王朝軍の二つで叩きましょう』


 この提案に、会議室の全員が驚いたものだ。


『だがそうなれば、背後を突かれてしまう。隣国の方はどうするのだ、フリージア』


 眉間をしかめた父が否定の意見を告げた。


『耐えるだけなら大丈夫です』

『簡単に言うが、誰が誰を率いて戦うというのだ』

『私が、お父様の部下二千を率いて』


 全員が目を剥いた。

 私が兵を率いるなどと、一片たりとも思っていなかったせいだ。

 当時も今もそうだけれど、私はどちらかといえば裏向きの仕事を調整する側だ。矢面に立つことなど、ほとんどなかった。

 それでも、私は自分の価値を知っていた。


『バカな! それならば私が』


 父が腕を振るい却下するために口角泡を飛ばしたが、首を横に振って否定した。


『いえ、辺境伯が率いる騎士団こそが最精鋭。旧王朝軍を撃破し、きっと私の元まで引き返してくれるはずです』

『間に合うかどうかは賭けだ! 距離もある! 騎士ですらないお前に、そのようなことがさせられるか!』

『私こそが適任なのです、お父様。隣国の敵将は、私という身柄を欲しがるはず。侵攻も慎重になるでしょう』

『……以前も向こうからあったな。お前を妻にしたいという話が』

『彼らは旧王朝軍と協力しています。我々を破った後、旧王朝軍を蹴散らし辺境伯領を占領するつもりでしょう』

『僭王からすれば、辺境伯領を一部割譲はすれども、領都までは渡したくはない、か……』


 私たちはすでに、正統なる王を掲げるための戦いをしていると表明していた。ゆえに当時の王こそが僭称する者であるという意味で、僭王と呼んでいた。愚王とも呼んでいたけれど。


『はい。私の身柄があれば、保護という名目で領都を占領できる。それに民衆たちに対する人質にもなるから、役に立つ』

『だから、お前が囮に?』

『これが一番、正しいやり方だと思います』


 ……そうだ。あのときは本当に怖かった。

 それでも私がするべきことだと思ったから、赴いた。

 武力に秀でた辺境伯の長女とはいえ、私自身は護身術をやった程度だ。馬ぐらいは乗れるが、兵法などに明るいわけでもない。

 だけど、旗頭として兵の士気を上げるぐらいには、役に立つと思った。衛生兵の真似事ぐらいもできると。

 ここが最後の分岐点だと思ったし、後から振り返っても、その通りだった。

 まあ、思い出す限り、決して楽な戦いではなかったけれど。






 ●●●



 国境の砦に迫る一万の軍。

 立て籠もったのは二千の味方。

 城攻めには三倍から五倍の兵力がいるという。私たちは敵の国力から五千程度だと見積もっていた。

 だが実際にはその倍が攻めてきている。

 私たちは二週間の間、何とか生き残っていた。食料はまだあるが、敵の攻勢が思ったより強く、死人こそ少なかったが重傷者は多かった。


「姫様……もう逃げた方が良いんじゃねえですか?」


 救護兵に混ざって負傷者に包帯を巻いていると、馴染みの騎士隊長が声をかけてきた。


「私が逃げては味方の士気が落ちるわ。ただでさえ苦しい戦いよ」

「いやもう、充分に囮役はやったでしょうや。こんだけ足止めをすりゃ充分だ。リクの坊やだって感謝するでしょうよ」

「中庭の井戸が外に繋がってはいるけれど、最後の手段ね。外で敵の斥候にでも見つかったら意味がないわ。それで人質にでもされたら、この砦は終わりよ?」

「……まあ、そりゃそうですけどね」

「あとはお父様とリクを信じましょう……隊長、何か聞こえない?」

「っとこりゃやばいな! 突破されたか?」


 騎士隊長と連れ立って砦の物見台まで走る。


 すでに正門を突破されたのか、砦内に敵兵の姿が多く見えた。

 私はせめて敵に捕まるまいと懐の懐剣を握り締めた。


「姫様、こっちです!」


 決意した強張る私は、騎士隊長に手を引っ張られて駆け出す。


「どこに行くの!?」

「中庭の井戸ですよ! 姫様だけでも逃がさなきゃ、辺境伯様に殺されちまう」

「でもそれじゃあ!」

「どのみちここはもう終わりですぜ!」


 確かにその通りだ。

 ならばここから何とか逃げ出し、また囮として引き付けるしかない。

 

「姫様、変なこと考えてないで走って!」

「わ、わかったわ!」


 二人で走って辿り着いた中庭には、すでに目の血走った敵が入り込んでいた。立派な兜の男が剣を振りかざし、号令をかける。


「あっちに女がいるぞ! 顔を見たことがある! 辺境伯家の娘だ!」


 敵軍は二週間も足止めされて、かなり頭に来ているみたいだった。その目は血走っている。

 逃げようと後ずさりしたとき、背後からも味方の悲鳴が聞こえてきていた。


「……姫様すんません」

「いいのよ。さて、少しだけ頑張ってくれる?」

「どうされるんで?」

「捕まるわけにはいきませんからね」


 私は懐剣を取り出して、鞘を投げた。


「ちょっと姫様!」

「残念だけれども、私はここまでのようね」


 切っ先を首に向けると、敵すらも動きを止めた。

 当然だ。彼らは政治的に私の身柄が欲しい。旧王朝軍から辺境伯領を分捕るための口実だからだ。

 こうして自分自身を人質に取れば、少しでも時間を作れるはず。

 ただし、ここから先は何も考えていなかった。その考える時間を作るための脅しだ。


「脅しだ、捕まえて拘束しろ!」


 拙い芝居を見透かすかのように、敵は包囲を狭めていく。

 これまでかと思った私は、切っ先を喉に突き刺そうとした。

 そこで耳に届く声に気づいたのだ。


「ねえ隊長」

「なんですかい、姫様!」

「音が……聞こえるわ。お父様の……辺境伯軍の銅鑼よ!」


 戦闘の喧騒がより大きくなる。あちこちで聞こえるのは、おそらく敵軍の悲鳴だろう。


「援軍だ、辺境伯軍が来たぞ、間に合った!」

 

 砦のあちらこちらで、味方が喝采を上げる。

 周囲から『フリージア様!』と叫ぶ声が聞こえてきた。


「リク! こちらよ!」


 周囲の音に負けまいと、大声を上げた。


「フリージア様!」


 先頭をかけてくるのは、リクだった。


「ニスカヴァーラ王朝軍、僭王軍を破り、ここに参った!」

「信じられん! もう来たのか!」

「辺境伯軍も来ているぞ、聞こえるだろう、外の音が!」


 砦の外から、聞き覚えのある低い勝どきが聞こえてきた。

 お父様率いる辺境伯軍は外の敵を蹴散らして、リクの率いるニスカヴァーラ王朝軍が砦に乗り込んできてくれたようだ。

 リクの部下たちが駆け出し、敵将たちを囲う。隣国軍はわずかな逡巡の後、剣を落として両手を上げた。投降するつもりのようだ。

 地面に落ちる刃の音に、私はようやく安堵のため息を零す。


「フリージア様!」

「リク、よく無事で!」


 駆け寄ってきた彼に、私は思わず抱き着いてしまう。それまでの怖さの反動だった。


「よく耐えてくれました! フリージア様!」


 喜びを抑えきれず二人で抱き合って、お互いの存在を感じ合った。




 こうして我が軍の勝利で終わったパウリーナ砦会戦が、その後の流れを完全に決めたのだった。

 楽しかったというわけじゃない。

 だけど思い出せば、まだ輝いていた。

 私は正しくあろうとし、そしてリクは虐げられる民のために立ち上がった。



 もっとも、この大きな戦いは、その後の和平交渉に紛れ込んだ隣国の姫がリクを気に入り、後に第三妃として転がり込む流れを作るというオチもあったのだけど。






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