1、徒労の果て
五話完結二万字程度の作品です。
「正妃フリージア、お前は第二妃であるリーナを殺害しようとした。すでに証拠は揃っている。異論がなければ、お前は死刑だ」
玉座の上には、私の夫がいる。
つまりニスカヴァーラ朝サウスヘラス王国の王が、にやついた顔で私を見下ろしているのだ。
隣に並んだ正妃用の場所では、第二妃であるリーナが申し訳なさそうな笑みを作っていた。
本来、そこに座ることができるのは正妃である私だけだ。決して彼女のための場所ではない。
……ああ、何もかもがどうでもいい。疲れたの、私は。
頭の中を支配するのは、『徒労』という言葉。
辺境伯家の令嬢だった私が反乱軍の一員となり、内乱を戦い抜けて王妃となった。
そこで落ち着けるわけもなく、新王朝を安定させるために走り続けた。
しかし、この光景を見れば、そのことに何の意味もなかったのだとわかる。
だから私は、こう発言することにした。
「異論はありません」
「……は?」
この煌びやかな謁見の間に揃った人間たち全員が驚いている。至尊の座に座る二人もだ。
馬鹿々々しい。何を驚いているの。お前たちは、私が邪魔なのでしょう?
「私は……このフリージア・ニスカヴァーラ・ヘラスアリアは第二妃リーナを殺そうとしました。よって処刑台へ上がることにします」
ほぼ全員が呆気に取られた顔で固まっている。
私は本当に疲れたの。
だから、この国がどうなろうとも、もう知ったことではないのよ。
●●●
十五年ほど前だから、私がまだ十二の頃だっただろうか。
二つの大陸から南東にあるとされるヘラスの島。いくつかの国がひしめき合うこの島で、最大の国家といえば、我がサウスヘラスの国だ。
この国の民は疲弊しきっていた。原因は、支配者である王族や貴族たちの圧政だ。
貴い血族とやらに生まれ、権力と金に飽かし、己が欲望を満たすために弱き者たちを虐げる。そんな者たちから逃げ出す民も多く、小規模な反乱も頻発していた。
国家としての限界。
他国からはそう評されていた時代だった。
そんな国で私は、辺境伯という貴族の家の長女として生まれ育った。
自讃だが、他国との国境を守っていた我が辺境伯家は、良識ある人間の集まりだった。
他の領地よりも税が安く支配者層も横暴ではなかった、というだけでわかるだろう。
ゆえに、周辺の貴族領から逃げてきた避難民で溢れかえっていた。
大人たちが慌ただしく動き回る中、十二歳の私にできることなどなく、私は辺境伯家の屋敷の庭で、少年と少女の子守を務めていたことを思い出す。
「オレは、みんなが笑ってるせかいがいい」
私より少し年下の、十になったばかりの少年は、大きな目標を定めた目をしていた。
「わ、わたしもそうおもう!」
傍にいた一人の少女は、純粋に少年を慕っていたはずだ。
二人を見守っていた私はつい、
「そうね。リクなら出来るかもね」
と励ますように答える。
だけどそんなことは難しいと、十二歳の私はよく知っていた。
大貴族の長女として十分な教育も受けており、何度か王都に行って現状を知っていたからだ。
当時の王都には、欲望に人間の服を着せたような王侯貴族たちが横行しており、民は死んだような目で暮らしていた。
「オレ、にげてきたひとたちをたすけたい。だって、かわいそうだもん」
彼のように率直に願望を口に出すことは、私にはできない。その一歩を踏み出すための、知識も力も足りないと思い込んでいたから。
今ならわかる。ただ勇気が足りなかっただけだ。
いいえ、あの頃の自分でもわかっていたの。このまま自分も王都の貴族たちのようになってしまったらと、悩んでいたのだから。
だから、リクの瞳が眩しく見えたのだと思う。
そして数年後、逞しく育った彼の瞳に、私は自分の全てを賭けることになったのだ。
◆◆◆
あの少年の成れの果ては、玉座から腰を浮かせていた。先ほどまでの余裕ぶったニヤけ面はどこへ行ったの。
「……何を言っているんだ、フリージア。リーナは第二妃といえ王族だ。いかに正妃フリージアといえど死刑は免れない」
お前が何を言っているんだと口に出すのを、ぐっと堪えた。
「ですから、死刑を受け入れると申し上げているのです、陛下」
私の跪く謁見の間には、重臣たちが揃っている。多くが彼の英雄記における初期からの協力者ばかりだ。
そんな彼らは呆気に取られたままだ。この下らない裁判紛いを仕掛けたリーナですら、目を見開いていた。
おそらく私が理路整然と反証を挙げていくと思ったのだろう。
いつもなら、こんな茶番を仕掛けても、私の反証と反論により棄却される。王と第二妃も最初から、そうなると予想していたと思う。
第二妃リーナの目的は、ただの嫌がらせだろう。その後ろ盾である公爵家の目的は、私を少しでも疲弊させること。
逆にリーナが偽証で罪を被されそうになったら王が出てきて、ご破算。似たようなことを何度か仕掛けられたから、わかっているの。
「そ、そうですよ! わ、私は謝罪してもらえれば、それで!」
いつもと違う流れに気づいたのか、彼女が慌てて申し出る。
だけど、もうこんなお遊びに付き合う必要もないわ。私にはもうどうだっていいのだから。
「王家、それも第二妃に対する暗殺未遂。これを許してはならないわ。ねえ、そうでしょう、陛下?」
「あ、い、いや、それはそうだが」
私の生家である辺境伯家は、戴冠前のリクハルドにとって最大の支援者だった。
しかし辺境伯家の当主たる父と、嫡子の弟は領地に引っ込んでいる。元々の役目である隣国からの守護を全うするためだ。
「ですから、陛下のおっしゃる通りにすると申し上げています」
今、この場に私の味方たる辺境伯家の人間はいない。王都に屋敷を構えることすらしていない。それはリクハルドの頼みでもあった。
なにせ辺境伯家は、権力を持ち過ぎた。
我が家が望めば、それを叶えないのは不義理となる。現王はそれほどまでに借りがあるのだ。
だが善良な武人である父は、擦り寄る人間たちを煩わしく思い、また利用されぬために私以外の家人を連れ領地へと引き上げた。
正妃フリージアの後ろ盾が遠いことは問題だが、大丈夫だと説得したのも私自身だった。
「し、しかしながらフリージア様、貴方様が無実である証拠があるはずです!」
最初に我に返った人間だろうか、重臣の中から一人の女性が歩み出てきた。
リクハルドの公妾の一人として、外交政務に携わるリトヴァだ。
元々は辺境伯家の隣を領地としていた男爵家の令嬢である。王妃になるには家格が足りず、公妾となったのだ。
この国の公妾は、国王の愛妾に仕事をさせるための名目である。
「いいえ、公妾リトヴァ事務次官。そのようなものは、存在しませんわ」
「は? いえ、しかし……」
「ないわ。一つたりとも」
さっきから皆が皆、呆気に取られ続けている。
第二妃リーナが用意した、私が彼女を毒殺しようとした証拠。
それに対する反証は全て、自分自身で処分したもの。
私が犯行時刻に書類仕事をしていた証拠も焼き、そのときに控えていた侍女も解雇し辺境伯家へと送った。
「ゆえに私は王であるリクハルド陛下の求刑を、受け入れます」
異世界恋愛を書いたつもりだった。
 




