星条旗よ永遠なれ
僕たち三人家族は月を周るロケットに乗り込んでいた。プランはおよそ三日間、ファーストの貸し切り。搭乗員に約束された快適な宙の旅をクルージングするように楽しむものであった。
大きな丸窓からは昨日と変わらぬ夜空が見える。無重力浮遊も十分楽しんだので、今はスイッチを切って地に足をつけている。地上と変わらぬスタイルで、テーブルに料理を並べ、椅子に座り、ナプキンで手を拭きディナーをとる。
案外変わり映えしないものね、と妻は言う。案外、というか案の定、と思っているだろう。僕のたっての希望で実現したこの旅も、妻からすれば地中海を飛んでミラノでショッピングしたほうがよっぽどいいのかもしれない。息子がクロスを汚すのを妻にたしなめられている。別に食べ方くらい自由にさせてもいいじゃないかと思うが、僕は口には出さない。そういう瑣末なことは関係なしに、次に寝て起きれば僕らは月にいる。
やがて月面が近づいてくる。息子を抱き上げて窓にやってみればヤモリみたいに張り付いた。乗り気でなかった妻もこの時ばかりは身を乗り出している。月というのは近づくほどに表情があって、白く眩しくて、波打っていた。これからぐるりと何周ばかりかして地球に帰宅する計画だ。
ロケットが回り込めば、僕たちは月の裏を見た少なくない人間の一人になった。
あのクレーターなんて大きいぞきっと中にナチスの秘密基地がある、と息子に適当なことを吹き込む。妻は声の入らないよう歴史うんちくをたれるナビを切って動画を撮り始めた。もうしばらくは三人だけで分かち合ってもよかったのだが。いや、もうじき夜に入るから絵になるのは今のうちか。
太陽光の陰になると月面は塗りつぶされ、星の海にポッカリと空いた黒い穴は自分の顔も映さないほど深く、そこには何もないようだった。しかし存在するその先に一体どれほどの先人たちが取り込まれてきたのか。僕たちを38万キロの彼方まで連れてきた推進力とはなんだったのだろう。ひとつの時代が終わり、すでに過去のものとなったそれらを僕は推し量ることができない。
そうして光ある半球に戻り、待ちに待った瞬間がやってくるはずであった。ロケットが最近傍へと迫り、砂の湧き立ちすら見える。息子の肩を寄せてもうすぐだと伝える。息子の体はひやりとしたが、冷房のせいではなく僕の興奮の熱が伝わっているからだった。
そして僕は見つけた。
向かいくるそれに指をさす。
「みろ、星条旗だ」
鮮やかに立つ旗はすぐさま後方へとすっ飛んでいった。