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Lament for U.N.O  作者: tetori
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エピソード 4

 それは、いつのまにかそこに居た。

 しゃらん、という鈴の音と共に。

 大量の薬の乗った机の上。そこに。

 しゃらん。

 音を立てて、振り返る。

 赤い鈴の、黒い、猫。


《おまえはいいな、じんせいたのしそうだ》

 しゃらん。にー。

《こんなしゅじんでいやじゃないか?ぼくのとこにくる?》

 しゃらん。にー。

《なにかいいなさい》

 にー。しゃらん。


 記憶が、呼び起こされる。

 鈴の音と、共に。

「オー…エン」

 ナルミの口から声が漏れる。オーエン――そうだ、こいつの名前は――。

 思い出しかけた、瞬間だった。


 ダァン。

 何かが、叩きつけられたような音が――。


「――梨香ッ!」

 嫌な予感がした。いいや、嫌な予感しかしない。

 嫌な予感ってのは外れないもんだ。いくら願っても。

 しゃらん。黒猫が机から飛び降りて走り出す。

「行こう、りょーくん、ナルミちゃん!」

 侑菜が促す。俺達は急いで黒猫の後を追った。



 その目に映ったのは、悲惨なものでしかなかった。

 ナルミと侑菜の頭を抱えて胸に押し付ける。ダメだ。見ちゃいけない。

「…んでっ…」

 23時32分。中庭で、俺が見た光景は。

「なんでだよ、チクショウッ!」


 血の海で横たわる、梨香の姿だった。


 腕の中で侑菜とナルミは泣いている。

 裕二は泣き崩れている。

 俺は――なにもできなかった自分が、恨めしかった。

「俺のせいだ…俺あのとき止めてれば…っ」

「裕二だけの責任じゃない。俺達もそうだ。傍にいながら支えられなかった」

 俺がそう言うと裕二は立ち上がって俺のむなぐらを掴んで壁にたたきつけた。

 ナルミと侑菜を離してしまったが、梨香の方をみないようにしていた。

「なんでお前はそう冷静なんだッ!」

 裕二は心の底から悔しいんだろう。守れなかったことが。

「人が一人死んでんだぞ!?なのになんで――」

「だったら」

 俺は酷な奴だから。

 酷いと解っていても、言う。

「泣き崩れて無力を恨んで何になる」

 一瞬、裕二の顔から表情が消えた。けど次の瞬間には激昂し、殴りかかってくる。

 左頬にストレートが突き刺さる。壁に強く叩きつけられるが、またむなぐらを掴まれる。

「テメェほんとに人間かよ!?悲しくないのか!?悔しくないのか!?」

 その言葉が、一瞬だけ。

 俺の理性を、半壊させた。

「んな訳ねぇだろ!」

 どこまでも響く、大きな声。

 裕二は尻餅をつき、ナルミと侑菜は潤んだ目で俺を見ている。

「…生者が自殺した死者にできることはな」

 もう大きな声は出さず、静かに言いながら歩いて教室の窓に近付く。叩き割って、カーテンを引っ張り出して引きちぎる。

「死者の願いをかなえることと、死者の未練を断つことだけだ」

 梨香の死体にカーテンをかぶせ、くるむ。

「俺達がやるべきことは、こうなった原因を探って、解決すること。そして、梨香が安心して眠れるようにしてやることだ」

 死体を校舎内に運ぶ。滴る血も気にせずに。

 守れなかった。ごめんね、梨香。でも、きっと安心できるようにするから。

「…悪ぃ」

 裕二が小さく呟く。

「構わんよ。さぁ、戻ろう。オーエンが待ってる」



 梨香の遺体はカーテンに包んで机の隣に横たわらせた。

 梨香も、まだ俺達と一緒にいる。一緒に、解決するために。

 しゃらん、という音と共に、猫が現れた。

「…オーエン」

 俺がその名を呟くと、猫――オーエンは、にー、とだけ鳴いた。

「…裕二、すまないが聞かせてくれ。梨香は飛び降りたんだな?」

 酷なことだと知りながらも、聞かなければならない。生者と死者、どちらも傷つけずに事を収束させるのは俺にはできない。

「…ああ、間違いない。音を聞いたろ。俺が2階にいるときだった。3階から飛び降りたと思う」

「そうか…ありがとな」

 梨香の飛び降りはこの場に俺達以外の人間がいないとするなら間違いないだろう。

 にー、とオーエンが鳴きながら机の上に乗った。

「あ、手紙くわえてる…」

 ナルミがオーエンがくわえていた手紙を開く。まだ涙声で、その声が俺を悲しくさせる。

「…見る?」

 ナルミは言いながら手紙を広げて見せる。気丈な子だと思った。悲しい筈がないのに、辛いはずがないのに、平静を装って。

 手紙にはこう書かれていた。


 「ヒントは与えました。大切なものを取り戻す為に、十分にお考えください。  U.N.オーエン」。


「…考えろ、か」

 時計を見る。23時45分。もうじき日付も変わる。

 俺達には、共通して記憶が抜け落ちている時間がある。

 思い出せ。なんで既視感を感じた。

「…俺が最初に既視感を感じたのは、手紙が来たときだ。U.N.オーエン。その名前に聞き覚えがあった」

 俺がそう言うと、裕二が口を開く。

「U.N.オーエンってのは「そして誰もいなくなった」って本の登場人物だったな。俺達にそうしたように、招待状を送ってた」

 「そして誰もいなくなった」。それを聞いた瞬間、俺の脳裏にある光景が浮かんだ。

「…机の上に、カルテと薬品、それから…本がたくさん」

 ナルミが呟く。俺の脳裏に浮かんだ光景と、全く同じ光景を。

「…オーエン――この猫は昔からいたな、そこに」

「ああ、いた。昔から、その鈴だった」

 裕二も同様に記憶が蘇っている。思い出せ、もう少しだ。

「音楽は――常に流れてたな」

 「月光」と「熱情」。「熱情」は昼間はずっと流れてた。「月光」は寝るときに流れてた。

「白い部屋があったよね。赤い染みのついた部屋」

 あった。確かにあった。その部屋で俺は――俺達は、地獄を見た。

「…全員、手ぇつないどけ。梨香の二の舞はごめんだ」

「ああ」「うん」

 裕二が言って、俺達は手をしっかりと握りあった。

 再び思い出す。俺達に地獄を見せていた人物が、いた。いた筈だ。

「白衣…だったよな」

「白衣だった。眼鏡だったよね」

「眼鏡だったな。変な位置にホクロがあった」

 みんなが、思い出している。

 そして、俺は。


「松田――松田が、俺達を絶望の淵へ追い込んだ」


 その元凶の存在を、思い出した。



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