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Lament for U.N.O  作者: tetori
4/7

エピソード 3

 保健室にはデスクとベッド、ソファと身長計しかなかった。

「152cmか〜…いいなぁ、かわいくて」

 女の子3人は身長を測って遊んでる(ちなみに侑菜は3年前から152cm)。呑気なもんだ。まぁピリピリしたって疲れるだけだけど。

 時刻は22時44分。時間が余っている状態。することもないので、俺と裕二はソファに座っている。

「なぁ、結局オーエンは何者なんだ?」

 裕二が俺に問いかけてくる。俺が知りたいくらいだ。

「知るか。化学準備室に集めては音楽室で「熱情」と「月光」を聞かせ、次は保健室?目的が読めん」

「それは同感だ。そもそも大切なものって何なんだ?」

 それも俺が知りたい。

 不意に、また。

 しゃらん、という音を聞いた。

「どうした?」

 急に振り返った俺を不思議に思ったのか、裕二が問いかけてくる。

「さっきから何回か、鈴の音を聞いてる」

「鈴?聞いてないぞ?」

 空耳か?この状況のせいで幻聴でも聞こえるようになったのか。



「…あん?なんだ、あれ」

 デスクの上。なにかが――ファイルがあるのに気づく。半透明のファイルが5つ。

 俺は立ち上がってそれが何なのか確認しに行く。

「…これ」

「どうしたの?なにかあったの?」

 侑菜が歩いて近付いてくる。

 俺はファイルの1つを手にとって持ち上げ、ライトで照らして確認する。間違いない。

「カルテだ。俺達全員の、10年前の」

「…なんだって?」

 裕二が眉をひそめてカルテを手に取る。それは確かに、俺達のカルテだった。

「なんでこんなもんが…?」

「わからない。でも、これは――」

 10年前。俺の記憶が、抜け落ちてる頃。やっぱり、オーエンは知ってやがる。

「…いっ…」

 梨香が急に声を上げた。

「梨香?」

「いやっ…」

 様子がおかしい。顔色は蒼白。足は震え、後ずさる。

「梨香っ!」

 裕二が梨香を支える。梨香はしりもちをつき、裕二にしがみついて震えている。

「どうした、梨香」「梨香ちゃん、大丈夫?」

 それぞれが心配して声をかける。けど、梨香の震えは治まらない。

「ぁ…っ、あぁっ…」

 目から生気が失われてる。どうしたんだ、一体。

 ブツッ、とスピーカーが鳴る。ハッとして時計を見ると、23時になっていた。

『カルテをご覧になってはいただけたでしょうか?』

 オーエンだ。こんなときに。

 梨香の震えは激しさを増し、裕二の背中に回された手にも力がこもるのが見えた。

『次の指示です。これで最後。化学室に行ってください。そこであなたを待っているモノがいます』

 待っているモノ。それは、オーエンなのか、そうでないのか。

『リミットは23時30分。お急ぎくださいませ』

 さっきと同じような終わり方で放送が切れる。

 また残ったのは、静寂。梨香の呻き声により崩されたそれは、音楽室のときのそれより遥かに嫌なものに思えた。

「…梨香、いけるか?」

 俺は梨香にそう問が梨香は反応を示さない。

「…ゆっくりしよう、とりあえず。時間はあるから。梨香、深呼吸」



 裕二が優しい口調で梨香を落ち着かせる。最初はなんの反応もしなかったが、次第に落ち着いてきたのだろう、深呼吸をし、大分落ち着いたようだ。

「…ごめんね」

 梨香が弱々しくそう言った。この場にいる全員に対する謝罪だ。

「全然いいよ。もう大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。心配掛けてごめんね」

 ふらつく足で立ち上がるも、すぐに倒れてしまう。裕二が支えて、再びゆっくり立ち上がる。

「無理すんな。周りの力を借りればいいんだ、頼れ頼れ」

「…ありがと」

 裕二が梨香に肩を貸したままゆっくり歩く。

「行けるか?」

「大丈夫。急ごう」



 静まり返った学校の中に、懐中電灯とランプを頼りに行動し始めてから1時間半が経過した。

 時刻は23時15分。月明かりは木々や建物に隠れて頼りにならない。

 俺は相変わらず両手に花の状態で、裕二は梨香に肩を貸して歩いていた。

「梨香、大丈夫か?」

 後ろを振り向いて声をかける。

「大丈夫〜」

 呑気そうな返事が返ってきたので、逆に気が抜けた。そのタイミングで。

「わっ」「きゃぁっ」「ひゃっ」

 狙い済ましたかのように、地面が揺れた。地震だ。それも結構な震度の。

「侑菜っ」

 侑菜がバランスを崩して倒れる。俺は反射的に左手を離して侑菜を抱きかかえ、庇う。

 しゃらん、と、また鈴の音。

 まただ。また。また、この感覚。前にも、こんなことが――。


《――げて、――が――に!》

《で――、みん――》

《い――って!はや――》


「いたた…」

 揺れが収まった。侑菜を放し、起き上がる。

「大丈夫か?」

「お尻打った…」

 俺がとっさに左手を離したせいでナルミが尻餅をついたようだ。

「ごめん、反射的に…」

「大丈夫?」

 俺と侑菜がそれぞれ手を差し伸べる。いや、ほんとにごめん。

「いいよ、大丈夫。梨香ちゃん、裕二君、大丈夫?」

「大丈夫だ」

 手をとりながらナルミが振り返りながらそう問うた。

 裕二が返事をし、全員の無事を確認した。

「地震か…結構揺れ強かったな」

 裕二が梨香に肩を貸しつつ歩いて近付いてくる。

「家の食器大丈夫かなぁ」

「あー…割れてそう」

 ナルミと梨香がそんな心配をしているが、今はそんな場合じゃないような気がする。それに、さっきの既視感。

 あれは、なんだったんだろう。あれも、10年前の時のなんだろうか。あの時も、誰かを庇って――。

「りょーくん?」

 考え込んでいた俺に気づいて、侑菜が心配そうにこっちを見ていた。

「どうしたの?大丈夫?」

「…ああ、ごめん、なんでも――」

 答えかけて、ふと思う。

 なんでオーエンは俺達を集めたんだろう。それに、この既視感。偶然なのか?そんな偶然があるのか?

「…なぁ、みんな。1つ聞いていいか?」

「何よ、改まって」

 もし俺の考えが当たっていたら、オーエンの目的がわかる。謎を解く糸口が見つけられる。だから、聞いてみる。


「10年前の記憶、あるか?」


 俺の言葉に、全員が固まった。

「…どういう意味だ?」

「そのまんま。10年前の記憶が抜け落ちたりしてないか、って意味だ」

 だれも言葉を発さない。

「…私の記憶、一部だけ抜け落ちてる」

 ナルミがそう答える。

「私も、一緒。いつごろか覚えてないけど、10年前の記憶がない」

「私も」

 梨香と侑菜も肯定した。じゃぁ、やっぱり――。

「俺にもない。けど、忘れてるとかじゃないのか」

 裕二が1つの可能性を示す。

「かもしれない。でも、記憶が無くなってからの自分は覚えてる。あのときは、何日か前のことだったのに覚えてなかったのを覚えてる」

「…はぁ」

 裕二は頭を掻き、ため息をつく。

「…それが何を意味するか、解るな?」

 俺が問うと、裕二は頷いた。恐らく、全員がわかっているだろう。


「その抜け落ちた記憶の時間、俺達は一緒にいて、何かあったんだろうな」


 俺は頷いて付け加える。

「オーエンが俺達を集めたのは、大切なもの――記憶を戻すためだろう」

 そう考えると合点が行く。音楽室で流れた音楽に聞き覚えがあったのも、そのためだ。

「でもなんでそんなこと」

 ナルミがそう呟く。

「目的までは解らない。けど、さっきの梨香を見る限り、その記憶はいいもんじゃないと思うぞ」

 あの怯え方は普通じゃない。よほどのことが、俺達の身にあったんだろう。

「でも、思い出せるかもしてないのにそのチャンスを逃すのなんて」

「このチャンスを逃さなかったら別のチャンスを逃しかねないぞ?」

 知らないことは罪だという思想もあるが、知るからこそ動けない人間もいる。どちらが幸せかは解らないけど。

「…それでも私は、逃げたくない。自分のことだから、向き合わなきゃ」

 ナルミの言葉に、梨香が頷いた。

「…オーケー、とりあえずここで立ち止まっても仕方ない。判断はギリギリでやれるだろう。急ごうぜ」



 化学室の扉は閉まっていた。鍵は開いているが、オーエンの言葉が本当なら、何者かが俺達を待っている。

 全ての答えも、そこにあるかもしれない。

「…準備はいいか?」

 時刻は23時25分。リミットには間に合っている。

 裕二が全員に問い、確認する。全員が頷いた。裕二も頷き、扉に手を掛ける。

「…行くぞ」

 勢いよく扉を開く。そして聞こえる、あの音。


 しゃらん――。


 化学室の机の上には、大量の、様々な薬が並べられていた。

「なんだ、これ――」

 裕二が化学室に踏み入る。侑菜、ナルミもそれに続く。

「ぃゃ…っ」

 小さい声が。

「…ぃゃっ…」

 梨香の口から漏れた。

「いやああああぁぁぁぁっ!!」

 耳をつんざく悲鳴。梨香の目からは大粒の涙が溢れ出し、生気が失われている。さっきより、ずっとなにかを恐れてるような――。

「梨香ッ!」

 裕二の叫びでハッとする。梨香の姿は遠くに見えた。無我夢中で走ってる。

「裕二ッ!」

 裕二は猛スピードで梨香を追いかけて走っていった。

「梨香ちゃん、裕二くんっ!」

「ダメだッ」

 追いかけようとしたナルミと侑菜を手で制す。

「椋くん、追いかけないと!」

「ダメだ、ここで追いかけてバラバラになったら――」

 しゃらん。

 俺の言葉など必要ない。そう言いたげな鈴の――あの、鈴の音が。

 はっきりと、聞こえた。

 しゃらん。

 また。また、聞こえた。化学室の、中から。

 3人が、同時にその方向に振り向いた。そこには、いつのまにか居た。

 俺達を、待っているモノが。



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