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植物彫りの義手

作者: 紫晶朔実

 夏日。

 まだ初夏だというのに、冷房を着けなければ、家でじっとしているだけでも額に汗が滲み出てくる。そんな日だ。そんな日でも森の工房では小さな作業音が響く。と。大きな落下音。

「あっちゃー…またやっちゃったー。」

 記憶世界の十三番目の管理者は、宝石が盛大に散らばった根の床を見てため息をついた。どうやら入れ物を手から滑らせてしまったらしい。此処の所、どうも調子が悪い。

「面倒くさいなぁ、足に刺さったら痛いし。かといって魔法はちょっと。」

 渋々としゃがんで一つ一つ丁寧に仕舞っていく。入れ物の中に緑色が集まっていく。その途中でコンコンと、扉をノックする無機質な音が響いた。

「どうぞー。裸足なら足元に気を付けて入ってきてくださいねー、刺さりますよー。」

「…何が刺さるというのだ十三番目。」

「おや?これは珍しい。」

 そこには一切書斎から出て来ないという、五番目の管理者が立っていた。

「一番の引きこもりがこんな辺鄙な森の奥へ来るとは。翼はどうしたのさ。」

「この前何度も四番目の顔に衝突したから、今日は外してきた。普段でも怪我をする奴の近くに居たら、なんとなくどうなるのか分かる。」

「うーん、気遣い感謝だけど、そう言われると。ちょっと癪だな。…それで?今日は何の用なのさ。」

 宝石を集め終わった十三番目が「よいしょ」と入れ物をしっかりと抱えて立ち上がる。

 五番目は左腕の巫女裾を一気にたくし上げ、銀色の義手のような機械腕を露わにし、目の前に差し出した。

「…腕に彫刻してほしい。」


 最低限のメンテナンスのされた金属は少しくすんだ銀色で、使い込まれたように濁っている。作業机に向かい合って座った管理者二人の視界に、装着したまま乗せられた左腕が入った。

「綺麗だね。自分で磨いたりするの?」

「いや…動けばいいし、汚れないから別に。」

「ほんっと、合理主義過ぎるよね。それも良いんだろうけれどっと。」

 紙やすりの入った箱が、ドン、と机に置かれた。カチリッと鍵が開くと、バッ一気に棚が開き、何番やすりでもすぐ取り出せるように展開した。

「別に大きな傷もないし、少し表面を落とすだけで綺麗になりそうだね。」

 そういって八百番の棚から一枚取り出して、ガシガシと磨き始めた。振動が五番目の体にまで伝わってくる。腕は見る見るうちに本当の色に、少しぼかしかかった反射で見えてくる。

「だが…よく君がここまで出てきたもんだ。何か重要なことでもあったのかい?」

「流れ着いた外界の記録を見ていたら、ちょっと欲しくなった。」

 抑揚のある声と反対に、淡々と無気力に話す。人間と機械がこうも話しているのは不思議なのだろうか、この世界では機械も心を持って、正義を持って生きている。彼女は単にとても賢いAIなのではなく、途中からだが動物と同じように生きてきたからこその性格である。ともあれ最終的には環境によって左右され、これほど機械的なのだが。

「オシャレにも欲にも興味がない君が、ちょっと欲しくなった、とはね。今日は珍しいことばっかりじゃないか。」

 銀色の粉がきらりと舞う。

「興味がないわけじゃない。気にする時間がないだけだ。」

「それもそうか。この世界の何十万人と居る存在しうる全てのモノの記録をずっと手書きでしてるんだから。よく嫌にならないよね。」

 十三番目は五番目の過去を知らない。というより管理者の過去はほとんど知らないのだが、彼女に至っては謎なのである。並行世界に居た、四番目のIF。それ以外の情報が管理者クラスにも開示されていない為である。

「………。」

「ん?どうした振動で壊れた?」

「…壊れてはない。」

「んじゃどうしたのさ。」

「どう返答しようか考えていた。」

「ほほう。出た?」

「ーあの世界に居た時よりは、ましだ。まだ楽だから、これでいい。」

 逆に、五番目はこの世界に居るすべての過去を知っている。目の前に居る十三番目の少しだけの過去でさえも覚えている。無論、自分の過去もちゃんと覚えている。その過去の悲惨な風景を脳裏に浮かべながら、目を伏せて顔を背けてそう答えた。

「あれだけペンを走らせて、私だったら右腕攣っちゃうよ。第一飽きそうだ。」

「内容は、飽きない。」

「それはなぜに?人の過去なんてどうしたって興味が湧かないだろうに。」

「一人一人、思想が同じだとしても経緯は違うんだ、十三番目。誰としても全く同じ過去を生き抜いたモノは居ないんだよ。あるとしたら、同じような環境下で同じように育てられたクローンが何体も居たのなら有り得ない話ではないけれども。」

「なら私が経験したこれも誰も居ないわけだ!」

「この世界では。此処は狭く浅い、またどこかの世界線なら居るのかもしれない。」

「例えばどんな?私みたいにアクセサリー商人とか?」

「…君のその呪いのような呪縛を持つ人。」

 その瞬間スンッと手が止まった。空気がヒヤッと漂った。

「…居ないだろー!んなわけないない。」

「可能性は0じゃない。可能性にとどまるがな。」

 黙ってまた磨き続ける。さっきまで合っていた視線は合わない。

「この世界線一つしかない様に見えるが、それは違う。外から見る人たちの数だけ自分たちが存在しているのだ。その呪いが存在しない君も居るだろう。」

「…それは私なのかね。」

「さぁ。それは難しいところだ。同じ名前の、違う境遇の人物であるために、そう定義するのは難しい。もしかしたら、人間の自分と、機械である今の自分を比べるようなものかもしれない。」

 義手がくるりとひっくり返される。

「…姿勢がきつい。」

「なんで着けたままやってるんだっけ。」

「取り外せないから。というよりは、設定が面倒だから外したくない。」

 ふぅとため息をついて裏側も磨いていく。

「別人なら気にする必要がない。私は自分の事で精いっぱい、手を出せるとすれば近くに来てくれる弟子ぐらいだ。」

「記録を見ればわかる。…だが。」

「うん?」

「いつまで欺くつもりだ?」

 鉄の味がする。気持ち押し戻し、安心して口を開く。

「欺いているつもりはないさ。」

「その呪縛は君の努力次第でいくらでも切除出来る。自分たちの負債が呪縛という形になって君を苦しめて、それを生み出したのは一番目。そして君の中に眠るのはそれ以上に強大な力だ。…まぁ自分たちにとってそれは自分たちの座を安定させる君の力のストッパーであるが、その気になれば一番目の力を上回るし破壊できるはずなのに。」

「知ってるさ。」

「ならどうして、彼に不治の病だとか言った?」

「とっくの昔に、昔の私はその答えにたどり着いているさ。でも良いんだよ、健全であることが幸せの頂点じゃない。それに、治せるって言って彼どうすると思う?」

「自分は彼の事をまだ理解できていない。どうするのだ。」

「早く治そうとまた別の気配りを覚える。それは嫌なんだ、これ以上は負担を通り越すだろうからね。まず別世界に来てまで人の心配をするもんじゃないしさ。」

「憶測の域を超えない考えではないか。」

「ほら、磨き終わったよ。聞く訳に行かないだろ?なんだって何もしなければ何も起こらないんだからな。」

「逃げているのか。」

「逃げるべきものなんだよ。今は忘れても忘れてしまったと思えるからまだ良い。忘れてしまったことを忘れてしまったら、取り返そうにも取り返せないだろ?でも誰にも頼る訳にはいかない、私自身の問題だからね、私が何とかするしかないんだよ。」

 十三番目は立ち上がり、

「ほら、磨き終わったなら次は模様を決めないと。何が良いの?」

「考えてなかった。」

「だろうと思ったよ!?」

「なにか似合いそうなのはないか。」

「うーん…どんなのが好きなのさ。」

「好き…。」

「言い方を変えよう。何が美しいとか、愛らしいと思う?」

「美しいなら、植物が一番美しい。と自分は思う。」

「じゃぁそうしよう。どの植物が良い。」

 そう言って十三番目は植物図鑑を机に広げて、選ばせた。それを見ながらマジックで義手に下書きをしていく。時々アルコールが匂う布でこすっては消し、また書いていく。

「これさ、厚さ何ミリ?」

「2、3ミリだと思う。」

「設計図とかないのかい?」

「向こうに置いてきてしまった。そもそもデーターベースから持ち出す余裕が無かったんだ。」

「ふーむ。じゃぁ浅く彫るしかないなぁ。」

 彫刻ペンを取り出して電源を付けた。ビィィィィィと振動音が空気を震わせる。

「動くなよぉ…。」

 十三番目はこのような細かい作業に入ると途端に稀な集中力を発揮する。会議でもこれを生かせばいいものを、どうも力が入らないらしい。一人一人違い過ぎる為か、どうも同一人物に近い別人だと言われても、五番目にはしっくりこなかった。

 窓際を見ると、もう仕事を終えていたのか、真新しいアクセサリーが壁に綺麗にかけられていた。

 夕焼け、宝石が反射するそんな静かな日だった。

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