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ヒトに恋した怪物たちへ  作者: キョウさん。
ヒトに恋した一匹狼
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エピローグ~ヒトに恋した一匹狼~




 科学の成果が実感されるまでに、何年、何十年、下手すれば何世紀もかかる。

 それはヒトが変わって、世界の変化に順応するまでの時間ってことサ。


                             ―――旧世界の住人



◆◇◆◇




 すべてが終わって、あとにはちょっとだけ血の匂いの混ざった風と、静かな夕暮れ空と、そしてじんわり痛む身体中の痛みがのこった。


 わたしはどうすればいいかわからなくて、ただそこに立ち尽くしてた。やってのけたことがいっぱいで大きすぎて、頭がぜんぶ受け入れきれなかったのかもしれない、ただヒトの形を保ってそこにいるだけで、風が身体を冷やしてくれる感覚だけを感じていた。


「レラ」


 おじいちゃんの声がしてはっと振り向く。

 怒られるのかなと思って、尻尾が小さくなった。


 でも。


「ありがとう、君のおかげで―――」

「狩人さん!!あいつを近寄らせるなっ!!」


 怯えと怒りを含んだ声が、わたしに強く叩きつけられた。


「しかし行商人、彼女は…」

「見ただろ!シルバーファングに”変化”したんだぞ!奴らの仲間だろ!!

 奴らと何かを話してたのがなによりの証拠だろ!!

 ……シトロン、あんたこんなのを子飼いにしてたのか!!」

「違う、落ち着け、彼女は…」


 行商人さんがすごい剣幕でわたしを睨みつけて言う。

 違う、と言おうとしたけどもっと押されて、わたしは言葉に詰まる。


「俺たちを襲わせたのもこいつの仕業じゃあないのか?」

「行商人、レラは私達を助けてくれたんだぞ…それでも言うのか」

「どうだか、そうやってお前たちに取り入って村を内側から壊すんじゃないだろうな。

 群れを夜にでも誘い込んで、女子供を根こそぎ腹ん中におさめようって魂胆でな」

「…そんなことはない」

「どっちにしろ!

 ”化け物”のいる限りこの村とは取引はしない、追い出すか殺すかどうかしてくれ。

 街道を安全に通れるようになるまで、俺はここには来ないからな」


 次々にまくしたてる行商人さんに、おじいちゃんがつかみかかろうとする。


 でもその肩がもっと強い力でつかまれた。

 おじいちゃんよりも若く、鍛えてる狩人さんがおじいちゃんの肩を止めて、目を合わせて首を横に振るとおじいちゃんは握った拳をおろして息を深く吸って、吐く。行商人さんはもともと弱ってたからもう喋る気力もなくなっちゃったけど、今度は狩人さんがおじいちゃんに言った。


「シトロン、俺も聞いてはなかった」

「言えなかった」

「村の皆にも隠してた、レラのことは俺も知ってる、でもな、

 もしものことがあったらどう責任をとるつもりだった?

 …どっちにしろこの件は村に持ち帰って、都にも報告しよう、

 レラの存在はもう俺達の手には負えないよ」

「………それで、都の騎士団か、教会にでも素直に引き渡せと言われたらどうする」


 おじいちゃんは狩人さんにするどい目で言う。

 狩人さんはちょっとだけ目をそらすと、伏し目がちに言った。


「…我らにどうこうできるものか」

「村はレラともう何ヶ月も一緒にやってきた、それでもか」

「隠してたお前が悪い」


 

 ―――険悪で、ヒトとヒトがいがみあう姿で、みてられなくて。


「レラ、よくお聞き…」


 …わたしは、声をかけてくるおじいちゃんの言葉も聞かないで、ただこみあげてくるものを抑えられなくて走り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夕暮れの家はとんぼ色に染められて、そうすると村はもう灯りがともる時間になる。

 セドラは縁側でぼーっと、ただ唯一の家族である祖父と、もうひとりの家族の帰りを待っていた。


 何かをぼんやり待っている時というのは存外、感覚が鋭いものだ、こっそりでも家に誰かが入ってきて奥へと行こうとしてるのがわかって、彼女は念の為と、フライパンを持つと抜き足差し足そのあとをついていった。


「…レラ? おかえり?」

「ひゃっ! …な、なんでわかったの…」

「まあ、自分の家だし?」


 セドラが家の奥の、かつてほかにいた家族が使っていた部屋の扉が半開きになっているのをみつけ中をゆっくりとのぞきこむと、そこには今いる家族、レラが狼の姿からヒトの姿に変身している瞬間だった。

 全身が光の糸に弾けふたたび形作るこの瞬間が、あたたかな光を放つ姿がとてもキレイだとセドラはいつも思う。


「おじいちゃんは?」

「ケガ、したけどだいじょうぶ、そのうち帰ってくるよ」

「…レラはなんでここに?かばん持とうとしてるみたいだけど」

「それはね、それはね、えーっとね」


 目をあっちこっちに泳がせながらレラは、身体の半分より高いものすごく大きなリュックを背負い立とうとするが思うように立てない。なるほど作ったはいいが、レラの身体に合わせて調整されてないんだなとセドラは納得した。


「ちょっとそこに立ってて」

「えっ、どしたのセドラちゃ」

「いいから」


 困惑し耳をぴこぴこさせるレラの手をきをつけっ、とさせると、セドラはリュックの背負い紐が彼女の身体に合うよう調整しようとする。

 なるほどいくつも紐の通しがあって、身体の成長や使う人にあわせて調整できるようになってるのだろう、紐をほどけば狼の身体にぴったりになるのだろうと、自分の祖父ながら手間をかけるものだなと感嘆した。これなら紐を通して縛るだけで簡単にできそうだ。


 そのための革紐だったのだろう、テーブルの上にある二本の紐を手にとった。


「…女の子には無骨なリュックだよね、もっとおしゃれにすればよかったのに」

「そんなことないよ、わたしなんかのために作ってくれただけで…すっごく、うれしい」

「こら」


 わしゃわしゃと、セドラはレラの頭を撫で荒らす。


「わたしなんか、なんて言わない言わない!」

「でもでもわたしなんか」

「あなたはウチの子なの、おじいちゃんの孫娘で……えーっと、私の、姉妹?」


 頭に手のひらをかざし背くらべをして、ちょっとだけレラの方が高いのに落胆する。

 これではお姉さんじゃなくて妹じゃないか、とちょっとだけため息が出た。


「……行くんでしょ?」

「…うん」

「何があったかは知らないけどさ、レラはウチの子だから、だから」


 紐を結び終える。

 レラがちょっと肩を動かしてみると、想像よりぴったりになっていた。


「立派な”人”になりなさい」

「…うん!」

「はいっ、じゃあいっておいで」


 レラがぴったりになったリュックを背負ってくるりと回ってみると、身体にフィットしたその感覚にふと高揚を覚える、これはわたしのものなのだと、感動すら覚えた。


 背中を叩かれ、レラはびくっとしつつ前に一歩出る。

 だが後ろ髪を引かれて、後ろをふりむいた。


「わたし、わたし」

「何があったか知らないけど」

「…ヒトの世界でうまくやってけるかな」

「もしダメだって思ったら、戻っておいで」


「…ここはいつでも、レラの家だから」

 

 短い会話で、想いのすべてを伝えたわけじゃなかった。


 でもそれだけで十分だった気がして、後ろをもいちど振り向いて、前を見て、また振り向いて――― それから、レラは少しずつ外へと歩き出す。重い足取りが少しずつ軽くなって、夕焼け空に消えていくまでにさほど時間はかからなかった。


 一匹のまっしろな狼少女が、太陽色に染まって野を駆けていく。

 こっそりこっそり、ヒトに見つからないよう世界を見に行くために。



「……あっれ食べもの渡してたのかなおじいちゃん…」

「セドラ?」


 しばし夕闇空が舞い降りて、村に灯りが灯りきったころ、芳醇色の香りを部屋に漂わせるようになったころ、鍋をかき回すセドラの背に声がかけられる。傷に包帯を巻いたシトロンが帰ってきて、彼女を心配したように呼びかけたのだった。


「ケガは大丈夫?おじいちゃん」

「レラのおかげでね…レラは?」

「……」


 沈黙が帰ってくる。

 答えとしては、だが十分だった。


「私は、レラに何かしてあげられたかな」

「大丈夫」

「…そうか」


 口数が少ないから、不器用だからどうしても短く終わってしまう。

 でも血を分けた家族には、伝わるものがあった。


「……家族が減ると、さみしいもんだなあ」

「レラのこと、どうするつもりおじいちゃん?」

「村はなんと言われようと黙らせるよ、皆もレラのことは知ってる…信じてる」


 今度は自分も、ヒトを信じてみるよと。


「だから」


 だから。


「たまには泣いてもいいかなあ」

「…あたしも混ぜて」

「おいで」


 夜の帳に小さな泣き声が静かに響く。

 家族の旅立ちと、その寂しさを、せめて慰めるために。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 


 山を登って岩を弾いて、木立を飛び出しさらなる高みへ。

 夜の帳が舞い降りても、きっとそこは見えるから、ヒトの営みは続いているから。


 都を見渡せるいつもの小山に登ってレラは、故郷を想いふとふける。

 夜も灯りがいくつも灯り、さながら眠らないかのような都が待ち遠しく、そして故郷が愛おしくも思った。



 リュックをおろし、岩にこしかけ硬めのパンをひとつかじる。

 家が作ってくれたパンで、決して裕福な味でもないけれど家族の味だった。

 この先、これをまた食べられるようになるのはどれくらい先なんだろうと思って涙する。


 頬をつたう生暖かい感触、そうか、これがヒトの流す涙なんだ。

 ヒトは悲しいとき、これを流すらしい。


 あの輝いていた都はすぐ近くて、憧れていたはずなのに。

 こんなにも寂しい。だがパンの最後の一切れをカーテンコールに、彼女は涙を拭いてその感情も拭い払った。

 


「おじいちゃんの教えやっつめ」


 心に刻んだその言葉が、きっと自分を支えてくれる。

 言葉はヒトの爪で牙だ、身にまとって心を支える。


「自分の正しいとおもった道をすすみなさい」



 リュックに挿した傘に触れ、自身が目指す場所をも一度想う。

 いつでも帰れる場所がある、そして進める場所がある。


 ウィンクと会釈、そして遠吠えを別れとし、彼女はヒトの世界へと旅立った。

 歩むたびにする石と鉄の香りを道しるべに――― たゆたう新世界へと飛び込んだ。



―ヒトに恋した一匹狼・完―


二章はながめの予定

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