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ヒトに恋した怪物たちへ  作者: キョウさん。
ヒトに恋した一匹狼
6/17

五話~ヒトになりたい半端者へ~



 いつもなら来ている行商人がずいぶんと遅かったのを疑いだしたのは、それから一日半は経った頃だ。


 荒天の事情で到着が遅れることは時折あったが、直近の天候は晴天が続いていたために村人たちはやむなく狩人を筆頭に馬と数名の、それなりに腕の立つ者を連れて街道をひとまわりしてくることにしたのだ。無論行商人から聞いていたシルバーファングの群れの話はあったが、金銭、納税、食糧事情、流通の足が潰されてしまうことはすべてにおいて大きな痛手になるため最低限、”何があったか”だけでも確かめることが必要だった。


 ソトロンも農夫であったが昔はならしていたクチらしく、腕っぷしが立つとのことなので同行しレラとセドラがその背を見送った。


 遠く離れていく背中を見送る間は不安感と、焦燥感がレラの背中をぞわぞわと刺激し続けていてどうにも居心地が悪い。レラはそれでも信じるおじいちゃんならば大丈夫だろうと、服の背中にぱたぱたと空気を送りその来訪先のわからないぞわぞわを押し込めた、背中が冷えたのでまた別のぞわぞわが来たのは計算外だったが。


 ただやっぱり、ただ待っているほど苦しいこともない。

 いてもたってもいられず、レラは横のセドラに目を向けた。


「おじいちゃん大丈夫かな、帰ってくるかな」

「帰ってこないなんてこと、言うもんじゃないとおもうよレラ」

「うぅ、ごめんなさい」

「大丈夫、怒ったわけじゃないから」


 セドラも尻尾がしゅんと垂れているのをみて、本気で落ち込んでいるのがわかってひと撫でした。

 

「お母さんが死んでわたしがここにきたときからおじいちゃんとは二人でさ、こういうこともたまーにあるんだけどそのたびおじいちゃんがこうやってどこかに行ってさ……昔は結構こわかったんだ、また一人になるんじゃないかって思ってわんわん泣いてたっておじいちゃんに聞いた」

「ひとり」

「もう8年くらい前かなあ…でもいつも必ず帰ってくるから、泣かなくなった」

「8年っていうとえーっとえーっと」


 とりあえずわたしが生まれてないころだ、と納得して、ぽんと手を叩いた。


「私って別にいい教育受けたってわけでもないからさ、どうしてもやれること少ないんだよね、女だし。だからこういうときにほんとやることなくなっちゃって……でもね、何度も何度もしてるうちに、待ってる方のやることっていうことがだんだんわかってきたの」

「待ってる時にするおしごと?」

「うん、帰ってくるのを信じて待つのが、待ってる人のすることだって」

「信じる、信じ…る」


 おじいちゃんの教えひとつ、かもしれないはほんとのことになる。

 帰ってこないかもって思ってたら、ほんとに帰ってこないのかもしれない。


 そう思うとまたぞぞぞってして、レラはまた背中に空気を入れてぞわぞわしていた。


「…でも」

「でも?」

「やっぱちょっと思うんだよね、人の世界って結構厳しいから、ずーっと信じて続くってわけじゃないからさ、たまーにやっぱり悪いことも起こるんじゃないかって思うとそれでさ。やっぱりちょっとイヤな気持ちになること、ある」

「厳しい、世界…」


 信じて続くなら、わたしがしたいって思ったことはいまごろ全部できてるのだろうか。狼世界も厳しいのかな、と思ってレラは空を見上げる。空の上に住んでる天使さまの世界もそうなのかな、どうなのかな、とひとしおの問いかけが空に消えた。


「もし、もし」

「うん」

「シルバーファングの群れがわたしの前の仲間たちで、それでおじいちゃん達が帰ってこなかったら」

「うん」

「セドラちゃん、どうする?」


 その時自分は、この村にいられるだろうか。

 ふと湧いた疑問だった。


「そのときはシルバーファングをすごーく憎むと思う、憎んで恨んで、いつか復讐したいとか、きっと考えるかも、でもね」


 黙って、目だけでセドラを見て、レラは答えを待った。


「レラはレラなの、レラはシルバーファングのはぐれで、それでもしかするとシルバーファングと話せたりとかするんだったりかもしれないけど、でもレラはもう私の家族なの、シルバーファングを憎んで最初はちょっとだけレラが嫌いになるかもしれないけど、でもきっとそのうちレラがうちにいないとやっぱりダメなんだな、って思うようになる日がくるとおもう」

「ヒトの、家族」

「…まあでも、ほんとのことを言うとやっぱりおじいちゃんもレラもずっと家にいてほしいんだよねー、村の夜ははさみしいし、おじいちゃんがこの先何年生きられるかわからないしレラは都に行っちゃうんだろうけど、それでもね」

「…わたしやっぱりいたほうがいい?」

「そうだね、でもレラが都に行かないのはもっとイヤ」


 いてほしいのにいってほしい、ちょっとだけレラは首をかしげた。


「私のためにレラが夢を諦めるなんてそんなの一番イヤだもん、傘、返すんでしょ?」

「う、うん!」

「だったら私のことなんか気にしないで、行っておいで!」

「…うん!」


 背中をばしっと叩かれ、びくっと耳をぴんと立てる。

 ちょっと痛い、と思いつつ、でも気がほぐれた気がして、レラはふうと息を吐いた。


 そうして待っていると胸がはち切れそうで、そしてほんの少しだけ彼女は直感も抱いていた。狼としての直感か、何か焦燥が前以上に湧いて出てくる、そうするとやっぱりいてもたってもいられないのが彼女の性だった。

 おじいちゃんの教えふたつめ、危ないと思ったら動く、何が危ないかはちょっとわからないけど、無意識に足が動いていた、自分が行って何ができるかもわからなかったが、ただ待っているのが彼女にはより苦しかったのかもしれない。


 スカートがぱたぱたと揺れて、走りにくいなと思った。


「やっぱりわたし、行ってくる!」

「あっレラ!」

「おじいちゃんもセドラちゃんも、みんながいるのがいいから!わたし!」


 焦燥に駆られて走るその背に、セドラの指先はかすりもしなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 荷馬車にたどり着いたソトロン達が見たのは、荷馬車の天井で必死に狼達を上にあげまいとたいまつを弱々しく振る行商人とその周囲を取り囲む狼達だった。


「見捨てはおけん、やるぞ!」


 狩人が射掛け、村の人間もそれに追従し荷馬車へと接近する。狼は数がいるし、なにより自分たちの目的は行商人の安否の確認だ、自分たちが来るまで満足に食事も採れなかったのだろう、見るからに衰弱している行商人を確保し逃げればいい。

 狼の足でも馬には追いつけまい、帰ったら都へと伝え山狩りを行わなければ、そう思いながら、ソトロンは行商人に聞こえるように叫んだ。


「こっちだ、来てくれ!」


 狼の群れの中で人の声はさぞ天使のささやきにでも聞こえただろう、弱々しい顔をみるみる歓喜の涙で濡らした行商人はたいまつを放り投げると、狼達を勢いで散らした村人たちに紛れて荷馬車の横についたソトロンの手をとろうとする。


 だが。


「あッ」


 満足に食事も摂れておらず、かつ疲労困憊、もつれた足が彼を荷馬車から転げ落とした。

 おまけに転げ落ちる時にソトロンの馬にぶつかり落下したせいで馬は驚き走り去っていき、彼は足を失ってしまった。


「誰か!」

「待ってろ!」


 足がなく狼から逃げ切れるものか、呼びかけに応えたのは狩人で矢をシルバーファングに向け射掛け再び群れを散らすと、ソトロン達を拾うべくもうひとり馬に乗った村人を連れ彼らのもとに向かった。


 だが、それも阻まれる。

 荷馬車に潜んでいた狼が狩人めがけ食らいついたのだ、たまらず叩き落とされ、そして食らいついた狼のほうも投げ出される。すかさず射掛けた狩人は一匹の狼を仕留め手傷は負わなかったものだが、この時点でアドバンテージを彼らは大きく奪われてしまった、足は逃げ出し手負いが一人、逃げ出すにも時間がかかる状況だろう。


 狩人は荷馬車まで引き下がると、ソトロンと気を失った行商人を背に狼達から護るように立ちふさがった。


「私達のことは構うなっ!行け!行って!」

「追いつかれるぞ!走れ!!」


 ソトロンと狩人は判断をつけられずにいた村人たちに発破をかけ走り出させる。

 既に狼に囲まれた状況、数的な有利でもなければもはや騎乗突撃で散らすこともできないだろう、せめて背中から襲われないように荷馬車を背にし、対面からの攻撃のみに集中できるようにすると徹底抗戦の構えを見せた。


 ―――同時に、死を悟るとも。



「もう少し、孫娘たちをかわいがっておくべきだったなあ」


 ふとつぶやき、ため息が出る。


 独り身の自分への嫌味か、と狩人に言われるが、残す者がなくていいじゃないかと茶化した。同時飛びかかってきた狼を受け流しざまに狩人が喉元を切り裂く、流血は致命の一撃を悟らせるに十分で一匹が群れから減り、警戒した群れの動きはより慎重になった。


 だがそれでもなお、あとどれだけ根比べできるかとふとため息がまた出る。


 じりじりと、じわじわと追い詰められていく姿は俯瞰すればあまりに残酷で、手を伸ばしたくなるだろう。天からひょいとつまみあげてやれればいいものだが、天使も神も人に手をのばすことはない、もしかすると見てすらいないのかもしれない。

 互いに威嚇のしあいになり、ひとときが経過した、その時だった。


「ッ!」


 背後に気配を感じ振り返る、その頃にはもう遅い。

 ”上から来たッ!”


 肩に鋭い痛みが走り、ソトロンは剣を取り落とす。

 そうだ、荷馬車に登っていた狼が鋭い爪で奇襲してきたのだ、肩口に傷をつけられ出血が麻の衣服を濡らし鋭い痛みが瞬間的にたちのぼってくる。着地した狼を反射的に蹴り飛ばして距離をとるも、利き手を失った彼に闘う力はもう残っていなかった。


「ソトロン!」

「私はもうだめだよ、せめて彼と君だけでも上へ」

「だが!」


 左手で剣を握り、振り回して狼を威嚇する。

 また荷馬車の上に登って抵抗すれば、助けは来るだろう。


 そこに自分がいなくとも、老骨の最後の役割が自分の想像していない形になることだけを悔やみながら、彼は闘いの構えをとった。






 ―――もっと早く、もっと速く、もっと!!


 走って走って、おじいちゃんがもう見えるのに、それでもまだ届かない。

 ヒトの足ってなんでこんなに遅いんだろう、でもおじいちゃんとの約束だから、ヒトの前では”変身”できない、でもおじいちゃんが血を流してる、わたしのかつての群れが、おじいちゃんの命を奪おうとしてる。


 約束は大事だけど、だけど、だけど!

 おじいちゃんを失いたくはない!


 その時セドラちゃんの顔が浮かんで、不意にわたしは脚をつよく踏み込んだ。


「おじいちゃん――――!!!」


 ”変身”!



 瞬間、わたしの身体がぼうっと光り無数の糸のようにちりじりになる。

 そして一瞬のうちにそれがまた形をつくると、今度はもとの”狼”の姿になるんだ。

 …ってセドラちゃんが言ってた。


 真っ白な毛皮で風を切ってよっつの脚で大地を踏みしめると、ヒトの脚だったころがウソみたいに強く身体が前に進む、ぐんぐん速くなって、おじいちゃんとの距離があっというまに縮まっていく。草を踏んで砂を舞い上げて、土をつかまえると風が道を作ってくれるんだ。


 まるで”そこに行け”って言ってるみたいに。


 わたしはおじいちゃんめがけてとにかく走って、群れの合間に突進して、その瞬間おじいちゃんに飛びつこうとした狼めがけて。


 

 ―――大きく口を開けて、食らいついた。



 ぎゃんって悲鳴をあげてシルバーファングと一緒に転がって、わたしはそいつを投げ飛ばす。


 それからすぐ、群れに立ち向かうようにおじいちゃんの前によっつの脚で立つと、お腹の底からうなり声をあげて群れを威嚇した。ちらっと後ろを振り返るとおじいちゃんと狩人さんがとっても驚いた顔をしてて、特におじいちゃんなんか、”なんで来たんだ”ってお顔をしてる。


 ごめんね、でも来てよかったんだ。


 わたしは脚を踏ん張って、群れに立ち向かう。

 わたし一匹が来たところで何が変わるのかなんてわからなかったけど、それでも。



 群れの狼達も吠えて、わたしも負けじと吠える。けどわたしはずっとずっと若くて小さいから、どうしても声の大きさも勢いもなにもかも負けちゃってた、でも折れちゃいけないんだって思って、必死に近寄ってこようとする皆をおしとどめ続けた。


 どれくらいそうしていたんだろう。


 そうしていると、群れの中から一匹、大きな狼がのっそりと近寄ってくる。

 毛並みがすこしやつれているから、きっと歳をとった狼だ、歳をとりすぎた狼は優先的に群れから追い出されるけどシルバーファングはできるだけ年長者に従う習性がある、わたしもおじいちゃんには従います、わぅわぅ。


 老狼、って呼ぶとしっくりくる。

 森の主さまほどじゃないけど貫禄のある狼だった、わたしの足が少し怯えて震える。



《―――なにゆえ、お前はヒトをかばう》


 老狼が短く吠えると、まるで言葉をもって喋っているかのようにわたしの頭に声が響く。ヒトの姿を得て声と言葉を手に入れたことで、わたしはこうやってシルバーファングの意思をぼんやりとヒトの言葉で理解することができるようになっていた。


 ちょっと考えて、一瞬目をそらして、それから答える。


《ヒトを殺しちゃいけないから》

《それはヒトのルールだ、我らが守るものではない》

《…わたしはヒトになりたいから》


 目を伏しがちに答えると、老狼がかっかっ、って笑った。

 バカにされてるのがわかって、なにがおかしいのとわたしは小さく吠えた。


《おまえがヒト?我らの臭いをそんなにも撒き散らし、かといって我らでもない、かといってヒトの臭いを交えていてもヒトとも言えない。そんな”半端者”がヒトと?そんなはずはない、お前はヒトでもない、我らでもない、なあ、お前はなんなのだ?お前は”何者だ”?》

《…ちがう、わたしは》

《お前が走ってくるときに見たぞ、ヒトに我らの耳があるか?尻尾は?もしかしたら牙もあるのか?そんなものがあるものか、お前がヒトの世界で生きられるか?ん?ああ、かといって我らの中でも生きられまいよ》


 言い返したくて、でも言い返せない。

 でもどこから来てるのかわからない怒りだけがふつふつたまってきて、でもそれをどこに発散すればいいのかわからないの。おじいちゃんが言ってた、ヒトは正しいことを言われると一番頭にくるんだって…じゃあ、これも正しいことなのかな。

 

 そう思うと一歩引き下がっちゃって、群れもまた、みんな一歩前に追い詰めてくる。

 

《そこをどけよ子犬、我らも元は同族なれば無闇に殺す気もない、なにより同族は食えん》

《ぐぅ…だめ、絶対にだめ》

《なぜだ?なぜヒトにそこまでして焦がれる?お前がヒトになって何があるという?お前の居場所なんぞヒトの世界にあってたまるかよ、半端者はどっちにも受け入れられず路傍を彷徨うのがお似合いだよ、そのヒトのために無意味に死ぬと?》

《無意味なんかじゃない!!》

《そこのヒトを見ろ、怯えているではないか》


 老狼が見下ろした目でわたしを見やり、その場に座って顎をくいっと動かす。

 後ろを見ろということなんだろう、わたしがつられて後ろを見ると、そこには驚き顔を隠していない狩人さんと怯えた弱々しい顔の行商人さんがいた。わたしを見て、わたしの視線を受けて狩人さんは弓に手をかけ、行商人さんは後ろの荷馬車に背もたれづいていた。


 わたしは今”変身”してるから、言葉は伝わらないんだ。


《お前が助けようとしているヒトまでお前に怯えている、結局そういうものなんだよ。助けたとしてどうする?その怯えたヒトはお前に感謝する顔かなあ…もしかすると、その狩人は弓をお前に背後から射掛けるかもしれないぞ、万が一お前が我らを退けたとしたら、最後に残った脅威はお前だけになるからな》

《おじいちゃんだっている!おじいちゃんならわかってくれる!》

《どうだかなあ…まあ、もういい》


 そう言うと、まるで飽きたかといわんばかりにあくびをし、老狼は立ち上がる。

 短く吠え群れに合図を待たせ、牙を剥いて、お前を殺すんだと身体で語っていた。



 ―――こわい、逃げたい。


 全身が逆立って、どうしようもなく足が震える。

 ごめんねおじいちゃん、守れないかもしれない、でもせいいっぱいやるから。


 ヒトならきっと、涙を流していたのかな、そんな涙目で後ろを振り返った。


「レラさん」


 おじいちゃん?


「聞こえているかはわからないし、何を話していたのかわからないけど。

 なんとなくなんか…こう、わかった。

 だから最後の”約束”、言っておくね、そしたら君は逃げなさい」


 うんうん、なんでも言って、きっとそのぶん頑張れるから。

 でも逃げるのはダメ、わたしもここにいる、ここにいなきゃ。

 

「最後に言いそびれた言葉…君の行先には困難が待ち受けていると思う、けれど」


 狼達が吠えて、老狼が飛びかかってくる。まるで君が最初だって言うように彼だけが動いて、ほかの狼たちはそれを観客みたいに見守っていた。

 わたしは耳だけをおじいちゃんに向けて、そのどてっぱらに突進する、けど簡単にいなされて弾き飛ばされる。それでも食らいつかなきゃならない、身体の大きさはふたまわりも違うけれどここで戦わなきゃいけないんだって、頭がフットーしそうになるのもおさえて立ち向かった。


 そうして何度か打ち合って、わたしも傷が増えてきて、老狼にはかすり傷しかできなくて。

 ぜえぜえと息が少しずつあがってきたとき、おじいちゃんの言葉が耳を通った。


「―――自分が正しいと思った道を進みなさい、レラ。

 君の歩いた道が報われるかは私にはわからないけど…

 少なくとも、歩んだ道は無駄にはならない。


 君は”ヒトになりなさい”」


 瞬間、心がはねる。

 

 わたしが歩く道が、ヒトになりたいって願いがヒトに認められた気がして、身体が熱くなった。そうだ、わたしはこんなところで負けるわけにはいかないもの!どこまでだってあがいて、走って、たどり着くんだ。


 傘のヒトにも会ってないのに、ここで折れられない!


「こういうのもっ!!」

《こざかしいっ!》


 当たりそうな攻撃を、”変身”してかわす。

 大きさならヒトの身体のが小さくてしなやかだから、思うように攻撃が当たらないことに老狼は苛立ってた。


 でもこのままじゃだめ、避け続けても攻撃が通らない。

 だからわたしはひとつ、賭けてみることにした、わたしが持ってきっとわたしだけが使えるわたしの技を、この場で編み出すんだ。


 わたしはヒトの姿に変身すると、腰を深く落とす。

 村の子どもたちがやってたような、”闘うヒトの構え”なんだって。


「ふしゅー……」

《何のつもりか、お前の技は見切った》


 息を深く吸って、吐いて。


 おじいちゃんはまえ、モンスターは”マナ”っていうものをたくわえて生きてる生き物なんだって言ってた、そしてヒトはそれを自分で生み出せるとも。だからわたしはきっと――― 生み出してたくわえて、そして自分で使える。


 きっとこれは自分だけが使えるんだ。

 ぼんやりとしたイメージを研ぎ澄まして、形に変えていく。

 

 わたしの着てる服、強くイメージすると別のものにかわるみたい、姿かたちは変えられないけどわたしが身につけてるものとか、こまかいところはイメージで変化するの、走る時もっと速くって思うと速くなったりもする。つまり…”わたしの身体はイメージで強くなる”。


 そしてきっと、”想いを力に変えられる”。


《ヒトの武術、というものか?

 付け焼き刃にしか見えないが》


 何を言われても、かまわない、これがきっと唯一のわたしのチャンス。


 想像するんだ、技の形を。

 自分よりずっと大きい彼に勝てるような攻撃、それでわたしがわたしである形。

 ヒトとして使えて、それでいてシルバーファングであるもの。


 ―――爪、なんてどうだろう。

 身体をめぐる何かを手のひらに集中する。

 

 さすがにしびれを切らしたのかな、老狼はわたしにめがけて口をおおきく開けて突進してきた。それは今度はどこにも隙がなくて、きっとこれを失敗すればわたしはこの牙に噛み砕かれるんだとおもう。

 だからちょっとだけ怖くなって――― でも、後ろにいるおじいちゃん達のことを思い出すと、身体がまた一気に熱くなった。心が燃えるようにバクハツして、こわいって心より守りたいって心が強くなったの。


 いける、今。


「せゃぁ――――――!!」


 きっとヒトの”武術家”ってヒトが見たら笑っちゃうんだろうけど、慣れない手をおもいっきりふりかぶって心のままに叩きつける。


 瞬間――― わたしにも見えた、光だ。セドラちゃんが言ってたわたしが変身するときの光の糸と同じなんだろう、わたしの右手を覆って、それは一瞬のうちに形を変えてまるで大きな爪みたいになって、まるで丸太を何本も叩きつけるように老狼を横合いから吹き飛ばす。


 眼の前から彼が消えた瞬間だけは、わたしはぼけっとしていた。

 自分でも”できたんだ”って気持ちが強くて、一瞬だけ。


 でも老狼が何回も何回もごろごろ転がって、全身傷だらけにして転がるのをやめて何も言わなくなったころ、ようやくわたしはわかったんだ。


「……できた」


 何の脈絡もないし唐突なひらめきが、なんの理由もなく成功した。

 って気がする。


 右手がすごいあったかくて、それが気にならなくなったあと、周りから音が消えてるのに気づいた。シルバーファングの群れ達も、おじいちゃん達も、みんなが黙って一言も何も誰も言わなかった。

 だからきっと、この場で最初に何か言えば誰もが聞いてくれるんだって思ったのかもしれない。わたしは感情にまた火をつけると、身体から立ち上るやわらかな光に包まれる感覚を感じながら、群れのほうへと振り向いた。


「…わたしは」


 …老狼、ちょっとだけ息がある、まだ生きてた。よかった。

 今まできっとこんな大声出したことなかったとおもうの、わたしはお腹と心の底から声をあげると、その場のすべての身体の奥まで聞こえるように響かせた。



『…わたしは”ヒト”だっ!!!』


 その時どんなお顔してたかなんてわからない、ただ覚えてるのは逃げ去っていくシルバーファングの群れをにらみつけていたことと、地面の草がちょっとえぐれてたことと、身体がどうしようもなく疲れてたことと、怯えた瞳が背中に刺さったことと―――――



 ―――すべてが終わったんだって、わかったことだった。




( ˘ω˘)つぎで一章えぴろーぐ

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