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ヒトに恋した怪物たちへ  作者: キョウさん。
ヒトに恋した一匹狼
2/17

一話~ヒトになりたい一匹狼~



 森を出たころには、もうこうだったのかもしれない。

 いまではもう二本の脚で歩いてて、それがあたりまえになっちゃってる。弾けた雨粒のかかった銀の髪を手ではらうと、またぼんやり空を見る。わたしがなんなのかもわからないけど、覚えてるのはヒトへの想いとそうなりたいって憧れだった。


「レラさんは雨を見るのが好きじゃねえ…」


 しとしと降る雨を見つめていたら、うしろからしわがれた声をかけられてふりかえる。

 ベレー帽をかぶったしわしわのおじいちゃん、って言うとそれだけでつたわりそうな、シトロンおじいちゃんだ。わたしがこの村に来たときに最初に会ったひとで、森を飛び出して道に迷っておなかのすいたわたしを拾ってくれたおじいちゃんだ。


 ほんとはソトロンっていうらしいんだけど、しとしと雨の日に今のわたしみたいに外を眺めてるのが好きだからってそう呼ばれるようになったんだって。ヒトの”ことばあそび”ってなんだかよくわからないからもっとお勉強しなきゃ。


「レラちゃんと会った日も、こんな雨だったね」


 もうお日様が何十回か昇って沈んだとおもう、ながいなあ。

 数字の数え方は、わたしの姿がこうなったときから知ってた。


 ヒトの言葉なんて知らなかったはずなのに、なんで知ってるんだろう、わからないことだらけ。


 森を飛び出したわたしを見たおじいちゃんは、すっごい驚いたんだって。

 毛皮のないはだかんぼで、頭にいつもの耳と、尻尾を生やした女の子が歩いてたから”おいはぎ”にでも遭ったんじゃないかって心配して拾ってくれたんだってさ。ヒトはやっぱり身体を布とか鉄とかで覆うのがルールなんだって、おいはぎっていうのはそれを持ってっちゃうヒトたちで……つまりルールをまもらないヒトたちだ、悪いヒトだ!


 でもヒトの着てるものをしばらく見てて、一晩寝たらいつのまにかお洋服を着てた。

 白いブラウスと、ベージュの膝丈スカート、短く切りそろえた髪。 

 どうやったのかはわからないし、聞かれても答えられなかった、世の中ふしぎ。


 頭の耳としっぽはヒトと違うからこれも驚かれたみたいだけど、こういう飾りなんだな、って最初は納得してたみたい。でもあったかいおふろに入ったとき、ほんとに生えてたからやっぱり驚いたんだって、おじいちゃんもそういえば頭に何もないね、みんな髪の毛があるのに、もちろんわたしも。

 森に棲んでてとびだしてきたことを言ってもおじいちゃんだけにしか信じてもらえなかった、そこはシルバーファングって呼ばれてる狼の群れがいてヒトが生きていけないみたい。たぶんわたしもシルバーファングだ、でも誰も信じてくれないから結局東にずーーーーっといったとこにいる民族?じゃないかっておじいちゃんがみんなに話してた。


 わたし狼なのに、わぅわぅ。


「雨の日は畑に水をあげなくて楽だねおじいちゃん」

「そうだねえ……歳をとる前は一人でできたのにね。

 レラさんがいて助かるねえ…若いのはみんな都に行っちゃって」

「わたしもいつか行きたいなあ」

「傘を返しに行きたいだなんて、レラさんも律儀だねえ」

「わたしヒトに会いたくて!」

「そうだねえ都ならいっぱいいるねえ」


 そうじゃなくて。


「ヒトになりたいの」

「じゃあお勉強しないとねえ」

「どれくらい?」

「うーん……いっぱい」

「いっぱい」


 ヒトは頭がいいから、よくわからないことを言われたらわたしの勉強がたりないってことなんだろなあ、って。おじいちゃんはもう70年も生きてるらしいから、すっごく頭がいいしいっぱい知ってるの、わたしたちシルバーファングは生きてえーっと…20年くらいだから3倍!3倍頭がいいんだすごい!!


「おじいちゃん3倍ってどれくらいすごいの?」

「レラさんが3人いたらいつもの畑仕事が3つぶんできるってことだよ」

「わたしが3人!」


 わたしが3人いたら……お夕飯のお肉はいくつになるんだろう?

 3人でひとつだから…減っちゃうんじゃない?


「それはダメ!」

「お夕飯できたよー」

「わたし食べちゃダメ!」

「ええ……?」


 呼び声に家の中をふりかえると、小さめの女の子がエプロン姿でお鍋を持っていた。

 困惑した表情で、首をかしげると一緒になっておさげも垂れる、わたしの髪は短い、なんでかのびない。


 わたしにレラって名前をくれたシトロンおじいちゃんの孫のセドラちゃん、あんぶれらだからレラらしい、意味はよくわからないけど、はじめてもらった名前だからうれしい。ヒトはにおいとか見た目じゃなくって、名前でものを区別するんだって、かしこいなあ。


 孫っていうのは子供の子供なんだって、じゃあその子供の子供はまごまごなのかな。


「食べないの?」

「食べる!」


 ヒトの作った料理っていうのはとってもおいしい。

 ちょっとまえまで森では虫や生のお肉だけ食べてたけど、そんな味を忘れちゃうくらいにおいしい。前に虫を捕まえて食べようとしたらだめだって怒られた、でも確かに、こんなおいしいものがあるのに虫を食べるなんておなかがさみしくなっちゃう、一日二回、セドラちゃんのお料理を食べるのがまいにちのたのしみだ。


 わたしは狼の姿に”変身”すると、飛び込むようにテーブルの前にしゃがみこんだ。

 すると急いで、おじいちゃんが扉をしめて私の頭をぺちん、と軽く叩いた、なんで。


「レラちゃん」

「わぅわぅ」

「人に見られるとあぶないから、村の中で狼になっちゃだめ」

「ごめんなさい」


 わすれてた、ついごはんのときには嬉しくなって、こうやって”変身”しちゃうことがある。ヒトの身体にどうしてなったのかはわたしにもまだわからない、けど、あれからわたしはこうやってヒトと狼の身体を入れ替えることができるようになった。


 おじいちゃんとセドラちゃんは、村のヒトに見られると”あぶない”から絶対に村のヒトたちの前で変身しちゃダメだっていうから守ってる。どうあぶないかはわからないけど、おじいちゃんたちが言うんだからこわいことになるんだとおもう、軽くはたいたおじいちゃんもこわかったんだからもっとこわいんだ、気をつけなきゃ…わぅわぅ。


 お肉はすき、お料理されてるともっとすき。

 でもタマネギは嫌い。


 森の中なら誰にも見られないから、そのときだけ”変身”して野うさぎとかの生き物を狩ってる。村ではお肉は貴重らしくって、よく村の人たちからほめられる。どうやったのって聞かれたら追いかけてつかまえたって答えるけど、やっぱり誰も信じてもらえない、ぐう。


 わたしとおじいちゃん、セドラちゃんはおひさまがちょっとだけ下りはじめたあたりまで畑で働いて、そしたらひとやすみ、明日の準備をしておうちに帰る。ここにきてなにも知らなかったときに教えられて、それからまいにちお仕事してるけどこれがそのうちまいにち食べてるお野菜になるらしい、そういえば植えた時よりだいぶおっきくなってきた、ダンシャクってお野菜らしい。


 たまに村には都から荷馬車を引いたヒトが来て、お野菜とお金を交換してまたどこかへ去っていく、でもこのときだけしか都のお話が聞けないからいっぱいお話を聞くの。あんまりにも聞きすぎたせいで最近はおすわり!ってセドラちゃんに言われてるけど、しゅん。

 ”せんそう”とか”もんすたー”とかいろんなものがこの世界にあるんだって、ヒトがヒトと戦ったりするんだっておかしいね。モンスターっていうのは”まもの”っても言われてて、わるい生き物みたい、ヒトを襲うんだって、じゃあわたしたちもモンスター?っておじいちゃんに聞いたら、そうなんだって言われた。


 わたしたちを襲うヒトもモンスターじゃないかなって聞いたら、それは違うって。

 ヒトの言葉ってまだよくわからない…わぅわぅ。



「“もんすたー”ってどこから来るの?」

「おじいちゃんは月から来るとか聞くねえ…」


 おじいちゃんもわからないなんて、わたしたちすごかったんだ。


 お夕飯を食べたらあとは自由な時間だ、でもうおんうおーんって遠吠えしてると怒られる、お外が暗くなってきたらヒトは寝る時間なんだって。確かにうるさいと眠れないもんね、だからセドラちゃんやおじいちゃんとお話したら、朝までぐっすり、お日様が昇ってきたら目を覚まして一日をはじめるの。


 

 部屋のすみには、傷だらけの傘が立てかけてある。

 わたしが森を出た時からずっと大事に持っていたもの。


 ”傘をくれたヒト”を探しに行きたいしいろんなヒトに会いたいけど、都にはヒトがいっぱいいるぶんお金がいっぱいかかるんだって、なんであんなものを大事にするかはわからないけど、キラキラでジャラジャラでなんとなく集めたくなるものなんだなってわかる、集めるとお肉になるみたい、かじっても硬いのに。


 毎日働いてると、おじいちゃんが余ったお金をちょっとずつくれるから少しずつためてる。


 もっとお財布がジャラジャラになって、それからお世話してくれたおじいちゃん達に恩返しができたら、ここを出てもっといっぱいなヒトに会いに行くんだ、ヒトはいろいろ知ってるから、傘をくれたヒトのことも知ってるかもしれない。きっと都にはもっと頭のいいヒトがいっぱいいるんだろうなあ……会って、いっぱいお話も聞きたい。


 そう想って、今日も寝息を立てた。



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