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◇最悪の召喚◆

 ――なぜなの、なぜなの、なぜなのよ!

 ディメリナは苛立たしげに廊下を歩き、地下室へ向かった。

 ――セヴェリアに相応しいのは私のほうよ! それなのにどうして彼はあの愚妹を選ぶの! おかしいじゃない! そうよ、もっともっと強い精霊を召喚すれば、彼にも私のよさが分かるはずよ!

 ――私は天才だもの! なんだって召喚できるに決まっているわ! 神代の精霊だって、いっそ神だって、なんだって!


 そうして、彼女は呪文を唱えた。

 悔しい? 違う、自分が惨めに思えたのだ。

 共に戦った、幼馴染の自分ではなく、セヴェリアがあのうすのろを選んだことが。

 許せない。どうしても、許せそうにない。

 こんなことは許されない、許されていいはずがない。

 なぜなら、ディメリナは天才なのだから。

 光の奔流、間違いなくよい精霊を引き当てたと思った。

 だが――。


「なんだ……きみか」

 聞こえた声に、その殺気に、ディメリナは短い悲鳴をこぼした。


 知っている、覚えている、忘れるわけがない!


「そうだな……ここで殺してしまえば、それも愉快だろうが。あえて生かしてあげよう、最悪の召喚を成した愚かな召喚師として名を馳せるまで」

 にこりと微笑んだその顔は氷のように感情がなく、黒の短い髪と金色の瞳が印象的な、美しい青年だった。黒い礼服に身を包み、彼は歪な笑みを見せる。

「ああ、そうか……ここに呼ばれたということは、彼女が居るはずだ」

「な、なんで……なんで! どうして⁉ あんたはセヴェリアが殺したはず――!」

 ディメリナは錯乱していた。この男を知っている。

 セヴェリアを道連れに消え去った、魔王と呼ばれた男。

 しかし、青年はディメリナを無視して上階へと向かう。口元に狂気の笑みをたたえて。

「どこだろう……どこに居る? フィロメーナ」


 ◇◇◇


「信じられません。最低です、あなたは」

 フィロメーナは帰り道、小さな声でセヴェリアにずっと文句を言っていた。

 せっかく姉に譲る方法が見つかったと思った矢先にこれだ。

 なんてことだろう。

『フィロ、きっときみは今、独り言を喋っているおかしな人物だと思われているよ』

「それでもいいです、今はあなたに言いたいことが山ほどあるんです!」

 苛立たしげに何もない場所を睨みつけたフィロメーナだが、彼が肩をすくめてみせたような気がした。


『きみのほうがあまりにも酷いと思うんだけれどね、私がきみに贈った指輪を、姉に譲ろうだなんて』

「それがあなたのためです!」

『きみも、ディメリナと同じように優秀な者は優秀な者と結ばれるべきだと思うのかい?』

「ええ、当然です、そうあるべきです」

 このとき、セヴェリアの中ではもう二度とディメリナを共に戦った仲間だとは思うまいという意思が芽生えた。

 いくらセヴェリアがフィロメーナにまともな価値観を与えようとしても、家族には敵わない。

『きみにとって私は実験動物か何かかな?』

「そ、そんなことは言っていないでしょう」

『そう変わらないことを言っていると思うよ、私は優秀な子供を残すために生きているわけではないし、親が誰であれ、子がどう育つかは分からないものだ』

「少なくとも……」

 フィロメーナは俯いて、小さく呟いた。


「凡人からは、凡人しか生まれませんよ。私は、自分の子供にまで自分と同じ想いをさせるのは嫌です」

 彼女のその言葉には、どれほどの苦痛が隠れていたのだろうか。

 セヴェリアが口を開く前に、フィロメーナの少し前に一人の青年が現れた。

「?」

 首を傾げるフィロメーナの一方、セヴェリアが息を詰めるのが分かった。

 黒の短い髪、金色の双眸、黒い礼服。

 だが、ひどい違和感があった。瞳の色や服の色が違う以外、体格も、表情も、顔も――その人物はセヴェリアの生き写しのようにそっくりだったのだ。

 あなたは誰ですか? と、問いかける前に、セヴェリアが姿を現してフィロメーナを背後に庇う。

 それでも青年の目にセヴェリアなど一片も映っていないようで、うっとりとした様子でフィロメーナを見つめている。


「フィロ、ああ、本当にフィロだ。やっと逢えた……たくさん、たくさん探したんだよ?」

「――え」

 けれどその青年からは、好意的な感情を受け取れなかった。

 そう、狂気。愛憎。そういったたぐいのものを感じ取って、フィロメーナが怯えた様子を見せると、彼は歪に嗤った。

「たくさん……探して、殺して、殺して、殺して。でも、やっと見つけた」

 氷のように微笑んだその笑みも、セヴェリアにそっくりだった。

 いつの間にか周囲にひとの姿はなく、冷気のような空気が漂いフィロメーナは震えたが、セヴェリアが何もないところから剣を取りだして言う。


「きみを召喚したのは誰だ? もう殺したのか?」

「殺していないよ……私を召喚したのは、かの天才と名高い、ディメリナ・ラングテールだった」

「……なるほど。先に言っておくが、ここに居るフィロはきみの知っているフィロメーナではない、そのくらいは分かるんだろう?」

 セヴェリアの言葉に彼は微笑んだ。優しくて、優しくて、それなのに一片の愛情もない微笑みだった。

「ああ……そうとも、私の知っているフィロメーナ・ラングテールは、私が死んだあとに……私のことなど忘れてしまったもの」

「死者を忘れるのは普通のことだ、自身の心のために」

「きみは、今もそうして彼女と寄り添っているのに? 私の気持ちなど……分かるものか」

 セヴェリアによく似た青年も剣を取りだす。二人は、持っている剣までそっくり同じだった。

 いったいどういうことだろう?

 彼は何者で、セヴェリアとどういう関係なのだろう?

 セヴェリアには兄弟など居なかったはずだし、親族というには似すぎている。

 フィロメーナが問いを口にする前に、二人の剣がぶつかった。彼女の目には映らないほどの速さだった。


「フィロは死なせない! きみはいい加減、奈落の底で眠るがいい!」

「ああ、そうするとも。フィロメーナと共にね!」

 ふと、以前セヴェリアが討ち果たしたはずの魔王が蘇るという話を思いだした。

 そして、その人物はフィロメーナに執着があるような言い方をしていた。

 まさか、とは思うが、ディメリナに召喚されたと金色の瞳を持つ彼は言った。

 では、彼が――魔王と呼ばれた人物?

(彼が死んだあと、私は、彼を忘れてしまった……?)

 先程、金色の瞳の彼は確かにそう言った。それはおかしい、フィロメーナが知っているのはセヴェリアだけだ、頭の中がこんがらがってくる。

 だが、とにかく今はセヴェリアの無事を祈るしかない。

 あの青年が魔王であるなら、少なくともセヴェリアは一度殺されている。

 急に、一つの感情を自覚した。


(もう、いや、いやです、セヴェリアさんが居なくなるのは……もういや!)


 我ながら、あんなに離れたいと思っていたのにとは思う。

 けれど、消えてほしいと思っていたわけではない、彼と再会できたのは嬉しかったのだ。

 だが、自分には不相応な相手であることも分かっていた。それだけなのだ。

 祈るように指を組むと、金色の瞳がこちらに向けられた。

「フィロメーナ、帰ろう? 私と一緒に。きみが望んだとおり、私は英雄ではなくなった、天才でもなく、私は今や、きっときみと同じ存在になれたはずなんだ」

 その声を聞くたびに嫌な予感が増していく。

 英雄ではなくなった、天才でもなくなった、それを自分は誰に求めただろう。

 そう、セヴェリアだ。そして彼はあまりにもセヴェリアに似すぎている。それの示すところは……つまり……。


「あ、なたは……セヴェリアさん……なのですか?」

 フィロメーナの怯える声、一際強い金属音が響き、二人が距離を取る。

 その剣筋も、動きも、まるで鏡のようだった。

「ああ、そうだ。私はセヴェリアだよフィロ。きみが忘れた、きみが捨てた、この世界のではなくても……セヴェリア・ユーシウスだ」

「フィロ、この男の言葉は聞かなくていい、きみには関係ない――!」

 セヴェリアの声が聞こえる。

 けれどフィロメーナは翠の瞳を見開いて、彼の金色の瞳を見つめて震えていた。

 彼がセヴェリア。おそらく、違う時間軸の、違う世界線の彼だ。

 フィロメーナに忘れられ、切り捨てられ、変わり果ててしまったのだろう、彼。


「きみは私を哀れんでくれるのかい? 嬉しいなあ、それなら、私と一緒に――死んでくれるだろう?」

 一瞬で距離を詰められて、フィロメーナは身動き一つ取れなかった。

 少なくとも自分は、セヴェリアのために離れようと思っていたのだ。

 自分は彼のためにならないと。

 彼が死んだと聞かされたときだって、忘れるしかないから、忘れようとしたのだ。

 だが、それが、そのことが、こんなに彼を歪めてしまったのだろうか?

「彼女に、近づくな!」

 セヴェリアの剣が、フィロメーナの心臓を狙った剣を弾く。


「本当に……邪魔なやつだな、きみが居なければ、私はとっくに彼女と共にすごすことができたのに」

「させるものか。奈落の底になら、一人で還るがいい」

 フィロメーナの耳には二人の会話が遠くに聞こえていた。

 なぜなのだろう。

 なぜ、こんなにもうまくいかないのだろうか。

 セヴェリアの幸せを願ったはずなのに、その結末がこれだというのだろうか?

 もう一人のセヴェリアは言った、自分はもう英雄ではない、天才でもない、きみと同じだと。

 フィロメーナはそういうことが言いたかったのではない。

 凡人とではつりあわないと言ったのだ、それに、彼がどう変わり果てようと、その才能は何も変わっていない。


「フィロ……私のところへおいで? 少しだけ、よくきみの顔を見せてほしいんだ。そのくらい、叶えてくれたっていいだろう? 気が変わったから、すぐには殺さないであげるから」

 そう告げたもう一人のセヴェリアに、フィロメーナが迷いを見せると、セヴェリアが彼女を庇う。

「フィロ、聞かなくていい。私の傍を離れないようにするんだよ」

「本当に邪魔な男だ」

 セヴェリアの言葉に、彼は眉を顰めて踵を返した。

「今日はもういい。いずれ、また会おう? フィロメーナ」

 さあっと靄のように彼の姿が消えると、周囲に喧騒が戻り始める。

 セヴェリアは周囲に悟られないように姿を消し、俯いたままのフィロメーナに声をかける。

『フィロ、きみが悪いわけではないんだよ』

 以前にも、彼はそう言った。


「……では、誰が悪いと言うんです? セヴェリアさん、戻ったらお話があります」

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