◇死せる勇者と底辺の召喚師◆
力を貸してほしいと願ったのは事実だが、まさかセヴェリア自身を召喚してしまうとはつゆほども思わなかった。
セヴェリアを連れて上階に戻ると、父も姉も驚いた。
「お、お父様……彼が、私の契約者です」
フィロメーナの言葉に、父は拍手をした。
「あぁ、あぁ、素晴らしいフィロメーナ。やはりおまえもラングテール家の血を引いているのだな、まさか、勇者殿を召喚するとは!」
父の喜ぶ顔を見て、ひとまず試験には合格したのだと悟った。
一方、姉はセヴェリアに駆け寄るとその腕に触れた。
「セヴェリア! あぁ、あなたに生きてもう一度逢えるなんて!」
ディメリナの言葉に、彼は冷たい青い瞳を向けた。
なんとなく、幼馴染であるフィロメーナは、彼が姉を疎んでいるように感じられたが、それは黙っているべきことで、なおかつ気づくべきことでもないと口を閉ざした。
「ディメリナ、きみも無事で何よりだ」
セヴェリアは短くそう言って、話を終わらせたいのかフィロメーナに視線を移そうとするが、ディメリナはしつこく彼の腕に抱きついた。
「でも残念だわ! あなたを喚びだすことができるなら、私のほうがずっと適任だったのに! まさかこんな俗物に……可哀想に」
事実であるだけにいたたまれない気持ちになって、フィロメーナは早くその場から立ち去りたかった。姉とセヴェリアは戦友だ、積もる話もあるだろう。
「お父様、私は合格できましたか?」
「もちろんだとも、フィロメーナ。よくやった」
そう言って父はフィロメーナの頭を撫でる。それに翠の瞳を嬉しそうに細めて、フィロメーナはさっと礼をした。
「では、お父様……私は少々疲労してしまいましたので、お先に休ませていただきます」
「ああ、そうしなさい」
セヴェリアを置いて駆けだそうとすると、即座にその細い腕を彼の手が掴む。
「待ってくれフィロ、私はきみと一緒に居るべきだ。私ときみは、今や契約によって結ばれているのだから」
射抜くような視線を感じた。それが姉のものであると気づくのに時間は必要ない。
フィロメーナは青ざめて、振り返らないまま勇気を振り絞って口を開いた。
「セヴェリアさんは……姉さんと積もる話もあるでしょうし、ここに危険はありませんから、一人で大丈夫です」
「セヴェリア、フィロメーナもああ言っていることだし、今日は私と一緒に話をしましょうよ。だって、あなたは死んでしまったから、あのあと何が起きたのかも何も知らないでしょ?」
ディメリナの笑顔に、セヴェリアはしばし沈黙した。
「それはきみの命令なのか? フィロ」
それは、召喚師としてのフィロメーナの立場に影響する質問だった。
「それがきみの命令であるなら、私は不本意だが従おう」
「――」
父の手前、試されているようなものだ。
召喚師たるもの、契約者とは円滑な関係を結ぶべきだ、それが不平等なものであってはいけない、少なくとも基本的にはそうあるべきだ。
セヴェリアが「不本意だが」と言っている以上、強制することはフィロメーナのすべきことではない。
「……では、一緒に戻りましょう、セヴェリアさん。私もあなたと話したいことがあります」
そう答えると、セヴェリアは柔らかく微笑んでディメリナの腕をやんわりと払い、フィロメーナに続いた。
去っていくフィロメーナの背には、女の憎しみと妬みが混ざった突き刺さるような視線が向けられていたが、気づかないふりをすることしかできなかった。
◇◇◇
フィロメーナの部屋に着くと、彼は室内を見回したあとで「変わらないね」と微笑んだ。
彼女は彼に椅子を勧めて、自分もテーブルを挟んだ反対側に座る。
今のセヴェリアは人間ではないのだから、人間として接するのはいささか不自然ではあるのだが。
「セヴェリアさん、なぜあなたが私のところへ来たのです? もっとよいところがたくさんあったはずでしょう」
もちろん、彼のおかげで試験に合格したのは分かっている。
だが、フィロメーナと言えば名の知れた底辺の召喚師である。わざわざ、そんなところに彼が来る理由もない。
「きみに呼ばれたような気がしたのと、私がきみに逢いたかったから……だろうか? その想いが、私たちを結びつけたのかもしれないね」
「率直に言いますと……」
フィロメーナは迷ったが、それを言わずに居ることもできないと覚悟を決めた。
「あなたは、姉さんと一緒に居るほうが正しいと思います」
「正しい、とはどういう意味だろう? 私と彼女が共に戦った仲間だから、私は彼女と共にあるべきだということかな?」
「そういうことです!」
本当は、セヴェリアを手放せばフィロメーナに居場所はない。
それは分かっていても、明らかにフィロメーナは邪魔である。セヴェリアのような英雄とはつりあわないし、自分よりも、姉のほうがうまくセヴェリアを「使役」するだろう。
「つまり、きみが言いたいのは……自分より才能のある姉、そして私の戦友である姉と一緒に居ろと。だけどフィロ、それなら最初から彼女が私を召喚していたはずだ。まぁ、私は……彼女の召喚には応じないだろうが」
「?」
セヴェリアの言葉に疑問を抱いて首を傾げる。
けれど、彼はにこりと氷の薔薇のように微笑んでフィロメーナに告げた。
「契約の破棄には同意しない。私はきみの剣となり盾となろう、そのためにここに来たのだからね」
「セヴェリアさ――」
がたんと音をたてて彼が席をたつ、そしてフィロメーナのすぐ傍までやって来るとその白い頬に手を伸ばして頤までをなぞり、顔をあげさせると翠の瞳を覗きこんだ。
「私は死ぬときも誰よりきみに逢いたかった。きみや、他の人々の命と自分の命を天秤にかけたときに迷いはなかったが、きみに逢いたいという想いが消えることは死後もなかった」
ゆっくりと、唇に何かあたたかいものが触れる。
それが何か、フィロメーナには最初分からなかったが、口づけられたのだと気づいたときに頬が真っ赤になるのを感じた。
「こんな形でも再会できたことがとても嬉しいんだ、だけどきみはそうではない? 私が生きていた頃、きみが言ってくれた言葉は幻であったのかな?」
彼が続きを言おうとするので慌てて止めようとするのだが、それは無駄だった。
「きみも私と同じ気持ちだと、きみも、私を好いてくれていると」
「そ、それは……あなたが生きていた頃の話です。今はもう、違うのです」
フィロメーナが決まり悪そうに視線を逸らす、一方、セヴェリアの青い瞳はすうっと細められた。
「そうか……では、きみはもう、私に心残りは何もないと」
「――っ」
彼はフィロメーナの開いた首筋に顔をうずめる。
そのことに大袈裟に驚いた彼女が抗議する前に言葉が続く。
「きみには新しい恋人でもできてしまったのかな? それはそうだ、私は死んだのだからね。それが正常だろう、だけどね――」
ここで、フィロメーナは言葉を発することができないのに気づいた。
本来なら、命令をくだせばセヴェリアはフィロメーナから離れざるをえないのに。おそらく、セヴェリアの魔術行使によるものだろう、これではどちらが主人だか分からない。
「私がここに戻って来た以上、きみを簡単に手放してなどやるものか」
耳を甘噛みされて、フィロメーナは悲鳴をこぼした。言葉にはできないが、声がでないわけではないようだ。
彼は何をするつもりなのだろう?
椅子に座っていたフィロメーナを抱きあげて、彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫、きみが私をどんなに怯えた目で見ても……優しくしてあげるから」
それの意味するところを、彼女がそのとき察することはなかった。




