プロローグ
ばち、ぱちと弾ける音が響く。
宵闇に包まれた世界を、崩れた家屋に燃え移った炎がゆらりと辺りを照らす。
人の気配は、ない。
そう──人気はないのだ。
例え辺りに何かに喰い千切られたように散らばる肉片があろうと、辛うじて〝人のモノ〟だと認識できる〝何か〟が落ちていたとしても、そこにはもう〝誰も生きてはいない〟のだから。
焼き爛れた肉と血と木材の燃える匂いとが混じり合い、むせ返りそうになるその中を、1人の少年が全身を血塗れにして歩いていた。
麻で編んだ服は左半分が焼け落ち、剥き出しになっている華奢な身体には、巨大な爪で刻まれたような3本線の裂傷が肩から腹までに深々と刻まれており、未だ血は流れ続けている。
靴も失ったのか、その小さな足には小石や枝が突き刺さっていて、踏み込む度に空いた穴や傷から血が吹き出ていた。
そんな生きているのも不思議なくらいの傷を負っていながらも、少年の緋色の瞳にはギラギラと激しく燃える光が灯っていた。
「はぁ……、はぁ……。……許さない。絶対に、許す、ものか……っ」
呪詛のように同じ言葉を吐き出しながら少年が左手に握った灰色の短剣を強く握り締めると、その意志に答えるかのように柄の中央に埋め込まれた真紅の宝石が光を放つ。
「必ず、必ず殺してやるっ──女神アァァァァッ!!」
──その日、全てを奪われた少年──ロランは、深い絶望と憎悪の炎を胸に決意する。
神を滅ぼし、世界を在るべき姿へと還すこと。そして、これ以上己と同じ哀しみを背負う者を出さないことを。
◆◆◆
フォルランシア王国王都、サリヴァン。
中央大陸の約3分の1を占める国土を持ち、数多の人々が暮らすフォルランシアの中でも最も人口の多いこの街は今、朝にも関わらず活気に満ち溢れていた。
それもその筈だ。
今日行われるのは、新たに発足される騎士団と、王国の──いや、世界の次代を担う若き勇者一行のお披露目式が開かれるのだから。
「いやぁ、ホント勇者様々ですわ! お陰様で売り上げも上がったりよォ! っと、そこの奥さん! この勇者饅頭はどうだい⁉︎ 味良し見た目良し、値段も今ならなんと300ウェンとお買い得だよォ!」
そう言って万屋の店主が話を打ち切り、目ぼしい客の方へと声をかけていく。
それを若干呆れた顔で見ながらも、特に言及することなくその場を離れる。
(売り時だし、買わない客よりかは買う気のありそうな方を優先するのは分かるけどね。でも、いくら羽振りが悪そうだからってさぁ……って、何考えてんだか)
と、大して気にしてすらない事をさも気にしている風に考えていることに、古びた外套の下でふと苦笑する。
(一応久し振りの〝帰省〟になるから、感傷にでも触れたのかな? ……いや、ないない)
そう考えて、直ぐにそれは有り得ないとかぶりを振る。
確かにここは少年が生まれ落ちた場所ではあるが、それだけだ。
それ以外のものは何もなく、しかしもうここしか少年が存在したことを証明できる場所はなかった。
「……ま、いっか。取り敢えず宿を探さないと」
そういって、少年──ロランは王都の中へと歩みを進めるのだった。