春の日の知ってはいけないこと。
初めて執筆した短編です。
文法に見苦しい所もあるかと思いますがご容赦ください。
これは、去年の春のことだったと記憶している。
私は地方の公立の高校に通う一学生であり、父母と少々年季の入ったマンションの下層階に住んでいた。
その日は朝から雲行きが怪しく、せっかくの桜が台無しだ、などときざなことを考えていた。
私はいつもより早めに家を出た。これといって重要な用事などないにも関わらず。そういう気分だったのだろう。
学校に着くと、まだ生徒の登校はほとんど見受けられなかった。
ただ、教室には彼女がいた。
彼女の名前は明確には覚えていない。しかしあまりにも印象的だったので、存在は知っていた。
制服をきちっと着込んだ赤いネックリボンの女生徒である。普段から他人が彼女と関わっている所を見たこともなく、彼女もまた心ここにあらず、といった様相で校庭をじーっと覗いているのである。
一方的に私が興味あるだけで、彼女と話したことなど一度もなければ、視線が合ったことすらない。
これは好機と見、私は彼女に接近し、緊張しながら第一声を引き出した。
「おはよう」
彼女は反応しない。
「何を見てるの?」
尚も何も反応しない。実におかしな娘だ、と内心ふてくされた。
「そうかい」
私は頬を膨らませて彼女に背を向けた。私も人の子だ。無視されれば怒るし、内心でとても落ち込む。
教室にいても面白みがないので、便所にでも行こうとしたその時のことだった。
「あの峠、見える?」
彼女が私にそう言った。完全に無視を食らっていたと思っていた私は面食らってしまい、上手く返答できずどもる。
「あそこの峠の一本桜」
彼女の視線は校舎から見えるところにある峠に向いていた。
よくよく思い返してみれば、彼女はいつも校庭を見ていたのではなく、あの峠の方を見ていたことに私は気づく。
「死ぬならあそこがいいな」
彼女はそんなことを口走った。このときの彼女に不気味な様相を感じた私は、更に何も言えなくなる。
「人間って結局死に場所すら選べないのね」
そう、彼女は悲しんだように呟いた。
「ああ、自殺は人の死とはいえないわ。あれは獣本来にはありえないもの。いわば知恵にまとわりついた癌ね」
「ちょっと待って。君は何を言ってるの?」
私は彼女の言ってることが理解できなかった。
「偶然にあの桜の下で死ねたら、どれほど美しいでしょうね」
「え、つまりあの桜の下で死にたいってこと?」
彼女がその時、わずかに笑った気がした。
その笑顔が何を意味するか、私は今でも分からない。
でもその時初めて、私はこの少女がひょっとしたら実在しないのではないかという奇妄に取り憑かれた。
その疑念が、私の意識を塗り変えた。
先ほどと変わらぬ教室内である。
そこには私独りが立っているだけであって、他に息をする者はいなかった。
少女の純白のセーラー服だと思っていたものは、風にたなびくカーテンだった。
少女の特徴だった真っ赤なリボンはカーテンに染み付いた赤黒い染みだった。
少女の漆黒の黒髪だと思っていたものは、ただの影だった。
それからの記憶は曖昧である。普通に生徒たちが登校し、普通の授業があり、何一つとして特異なことは無かった。
私の席からは三つのものが偶然の配置で、少女のような形を成して見えていたのだ。
高校卒業後、OBが宴の席で、昔あの教室で女生徒の殺人事件があった、という話を聞いた。私はあの赤黒い染みは血だったのか、と納得した。
あの少女がなんだったのか。幽霊か、はたまた思い込みによる幻聴幻覚か。
未だに私はその疑念に縛られている。
しかし今なら私は、彼女の言ったことが分かる。
私は死を求めて、例の峠の桜の木の前にいる。
偶然が私の死を、美しく彩ってくれることを信じて。




