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春夏  作者: 塩きみどり
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「明日は買えるかもしれないよ」

精一杯励ましてみる。

「そうですよ。まだ3年間もあるんですから、明日が駄目でも、また明後日もチャレンジしましょう。今度は私たちも協力しますから」

深雪も一緒になって励ます。ひなたは頭をあげ、「本当に?」とつぶやく。

「ああ。可愛いお嬢さんのためなら、どこまでもお供させていただくよ」

「みんな……ありがとう、なのです」

ひなたは嬉しそうに笑うと、包みを開き始めた。中から大量のパンが現れる。真ん中にぎっしりチョコが詰まっているチョココロネ、網目の入ったメロンパン、紙に油が染みついているのはカレーパンだろうか他にも様々なパンがある。ざっと見積もって15個はあるだろう。

「あの、それは……?」

「パンですよ」

きょとんとした表情でひなたが答える。パンなのは聞かなくても分かるけども、それを全部食べるつもりなのか。ひなたはまずカレーパンを手に取ると、。カレーのスパイスの香りが風に運ばれて桃香のもとにも届いた。おなかがすいてきた。

「私たちも食べるとしますか」

桃香も鞄から弁当を取り出す。ミニバッグにお弁当を入れて持ち運ぶのがだが、桃香の家ではランチマットで包んで持ってくるのが習わしだ。今日のランチマットはお気に入りのもの。青の布地に、むすっとした表情の白猫の顔がいくつもプリントされている柄だ。周りからは「ブサ可愛い」と言われるが、純粋に可愛いと思う。猫であるだけでも高評価なのに、この何とも言えない眠たげで不機嫌な顔は愛さずにいられない。

 ふと、横を見ると、一樹はミニバッグタイプ。派手な装飾のないシンプルなものだ。一樹曰く「私には女らしい派手なものは似合わない」とのこと。決して、そんなことはないと思うのだが。

一方の深雪は包みにお弁当をいた。包みと言っても、桃香のような安物のランチマットではない。高級そうな風呂敷である。包みを解くと、中から木目の入った弁当箱が現れた。太陽の光を浴びて輝くそれは漆塗りの弁当箱ではないだろうか。

さらに、気になるお弁当箱の中身も只者ではなかった。真っ先に目に入ったのは腰を曲げた赤い海老。続いて、ステーキと思われる肉に、様々な具材の入った煮物。ご飯も白いご飯ではなく、旬のをふんだんに使ったご飯だ。

「ここに日本の美しき春が結集している」

桃香の口から思わず飛び出た言葉に、姫は小首をかしげる。

「桃香は食べないのか?」

唐揚げを箸でつまんだ一樹が問う。周りの弁当を眺めるばかりで自分のものに手を付けない桃香を不審に思ったようだ。言われて、やっとランチマットの結び目を解く。中から現れたのはこれもまた蓋に猫が描かれた弁当箱。

中学に入学したばかりの頃、大型ショッピングモールで見かけて、母親にねだって買ってもらったものだ。弁当グッズ以外にも様々な猫グッズを集めている。

ふたを開けると、ラップに包まれたおにぎりが二つ、茹でた野菜にミートボールが添えられている。ごくごく普通な庶民の弁当である。

深雪の弁当を見ないようにして、一樹のものを見る。白いご飯に梅干し、唐揚げにほうれん草。仲間を見つけてほっとした。

ラップを剥がし、おにぎりを口に入れた。

海苔と鮭の海の香りが口いっぱいに広がる。

ふと、ひなたの方へ目をやると、チョココロネに食らいつくところだった。

「桃香さんは新聞部、一樹さんは演劇部でしたよね。ひなたさんはクラブには入らないんですか?」

チョココロネを加えたまま、ひなたが顔をあげる。そのまましばらく、深雪の顔を見つめた後、こくりと大きくうなずいた。そして、チョココロネを口の中に押し込む。

「わたしは委員会に入る予定、なのです」

「何の委員会に入るの?」

「図書委員です」

ふふっ、と笑い、「読書し放題なのですよ」と。

「まぁ、素敵。ひなたさんも読書好きなの?」

「ええ」

深雪がぐいっと身を乗り出す。新たな獲物を見つけた様子。

「どんなジャンルを読むの?」

「えっと、今読んでいるのは電波天文学に関するものですね。あと最近は黄金律にも注目しています」

電波天文学に黄金律ってそれは読書というよりも勉強ではないか。ひなたは返答に困っている深雪をよそに次はメロンパンを取り出す。

「どうして、なんとか天文学と黄金律なんだ?」

と一樹。

「それはですね、美味しいクリームパンを作るためなのです!」

よく聞いてくれましたと言わんばかりに答える。メロンパンはそっちのけだ。

「クリームパンとどんな関係が?」

「宇宙にはまだ解明されていない謎がいっぱいあります。その謎を解明することで、クリームパンの美味しさを証明できるかも知れません。それに、地球外の惑星に移住することが決まった場合に備えてクリームパンの宇宙食を開発する必要があります。そこで、電磁気学的なアプローチから宇宙について学んでいるところです。それで黄金律は……」

「おかげで良く分かったよ。ありがとう、お嬢ちゃん。……クリームパンは偉大だね」

一樹は複雑な話は苦手だ。ひなたの言葉を遮る。しかし最後にとってつけたようにクリームパンを褒めたのは成功だった。

「分かってくれたのなら、いいですよ」

話を遮られて、むっとしたひなたもクリームパンの良さを分かってもらえたと満足げな表情を浮かべる。話を変えようと、おずおずと深雪が喋る。

「ところで、皆さん、放課後は部活や委員会に見学に行かれるんですか?」




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