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春夏  作者: 塩きみどり
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 自己紹介は再開し、ついに気になっていた隣人の番になった。

「古賀ひなたです。よろしくです」

あまりにも簡潔な自己紹介に「え、それだけ?」と思わずツッコミを入れてしまいそうになった。

「……あはは、古賀さんは何か好きなものとかはありますか?」

困った顔をした榊原先生が問いかける。

「好きなものはクリームパン」

 ひなたがまた物言いたげな視線を私に向ける。何が言いたいのだろう。クリームパンと何か関係があるのだろうか。

 そんな感じで自己紹介は終わり、休み時間になった。一樹に群がる女子たちを横目で見つつ、隣の席へ近寄る。

「あの、隣の席の安藤桃香です。えっと気のせいだったら申し訳ないのだけれど、式典の時から私のことを見てなかった?」

ストレートに聞いてみる。するとひなたは立ち上がり、いきなり桃香に掴みかかった。

「え、ええっ⁉」

突然のことに身動きが出来ない。掴みかかってきたが、攻撃してくる気はないらしい。それどころか、何やら私の胸元の匂いを嗅いでいる。ひなたの髪が首元をかすめてくすぐったい。

「くんくんっ……これは間違いなく香ばしいバターとイーストの香り……コーヒーの匂いもする。んんっ、でもクリームの匂いがしない……これはトースト」

コーヒーとトーストって朝ごはんの話だろうか。やがて、ひなたは残念そうな表情を浮かべ、掴んでいた制服を離し、ゆっくりと私から離れた。

「なぜ、クリームパンではないのですか!」

真剣な顔をしたひなたに抗議される。

「いや、そう言われても」

制服にトーストの匂いが付いてしまっているのか不安に思い、胸元をつまんで鼻へ近づけてみたが、桃香にはよく分からなかった。

「いいですか。パンの文化は安土桃山時代に日本へ伝来しましたが、クリームパンは明治時代に日本で生まれた、日本を代表するパンの一つです。日本で生まれたパンには、あんぱんやジャムパン、メロンパンなどもありますが、中でもクリームパンは、店によって製法もクリームの種類や味も形すら違い、個性溢れるパンであり、進化し続けているパンなのです。クリームパンには無限の可能性があるのですよ!」

早口で熱く語るひなたに気圧される。自己紹介でクリームパンが好きだと言っていたが、相当好きらしい。ここは適当に会話を合わせよう。

「コーヒーにはクリームパンも合うよね」

「分かってくれるのですか」

桃香は輝いた瞳に見つめられ、目をそらす。気恥ずかしさから頬を掻きながら、うん、と返事をした。

「モモカとは仲良くやっていけそうです」

「それは良かった」

 ひなたの幸せそうな笑顔にそっと胸をなでおろす。ひなたのようにクリームパンマニアではないが、コーヒーとクリームパンが合うと思うのは偽りではない。

 そこへ、取り巻きの間から一樹が姿を現した。

「こんにちは、お嬢さん」

一樹はひなたに興味を示したようだ。ひなたに爽やかな笑顔を見せ、舞台の上でやるような丁寧なお辞儀をした。

「こんにちは、なのです」

ひなたもそれに応じて、ちょこんと頭を下げる。

「君はまるでハムスターやお人形さんのように愛らしいね」

 一樹が初対面の女子を口説こうとするのには2つ理由があるらしい。1つは全く知らない人に臆することなく恥ずかしい台詞を言うことで演劇の良い練習になるのだとか。もう一つはファンと友人のどちらとして自分と接してくれるのかを見極めたいからだそうだ。             

 ところが、一樹のお得意の口説き文句をぶつけられた日なたは何か勘違いをしたらしい。

「わたしはハムスターでもマネキンでもないのですよ」

ひなたが真剣に答える。桃香も一樹もこれには笑わずにいられなかった。



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