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春夏  作者: 塩きみどり
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 一樹を取り囲む騒ぎは一人の女性が教室に入ってくるまで続いた。

「はいはーい、お喋りはそこまでにしてね」

 髪を後ろに束ねた若い女性だ。赤い縁の眼鏡が彼女を真面目そうに見せている。

「私は今日から皆さんの担任になる榊原といいます。この学校では3年間クラス替えがないので、これからしばらく皆さんと一緒に過ごすことになります。先生の担当は数学です。数学以外のことでも何か相談があったらいつでも言いに来てくださいね。よろしくお願いします」

榊原先生は丁寧にお辞儀をする。人の良さそうな笑みを浮かべていて、接しやすそうな雰囲気だ。

「最初のうちは名簿順で席を決めたいと思います。今から名前を呼ぶので、呼ばれた人は前から順に座ってください。では、安藤桃香さん」

「はいっ」

いきなり呼ばれるとは思っていなかったので上擦った声が出てしまった。どうやらこのクラスには「あ」から始まる苗字の持ち主は桃香しかいないようだ。言われたように窓際の一番前の席に座る。

「次は一ノ宮深雪さん」

「はい」

 桃香の後ろには、一樹にモデルを依頼した女生徒が座った。中学で一樹と同じクラスのときは必ず私の次が一樹だったので、間に一人入るのは、残念ではあるが新鮮である。

「一樹亜紀さん」

「あ、はい」

明らかに不機嫌そうな態度で一樹が席に着いた。一樹は自分の亜紀という名前があまり好きではないらしい。そのため、私も彼女をイツキと呼んでいるし、彼女自身も一樹だと名乗っている。先生が次々と名前を呼んでいき、やがて桃香の隣の席の番になった。しばらくの間、隣人となるのだ。どんな人物か気になる。

「古賀ひなたさん」

呼ばれたのは聞いたことがある名前だった。近づいてくる人物を見て、「あっ」と声をあげそうになる。それはずっと私を見つめていたあの女の子だった。

クラス40人の名前が呼ばれ、全員が席に着いた。

「さて、次は自己紹介をしてもらいましょうか。安藤さんからでいいかしら?」

先生が私に尋ねてくる。私はその申し出に快く承諾の返事をして、立ち上がった。

「安藤桃香です。中学時代は新聞部に所属していて、高校でも新聞部に入ろうと思っています。皆さんのもとへ取材に行くこともあるかもしれませんが、クラスの一員としてもよろしくお願いいたします」

拍手が起こる。我ながら無難でまぁまぁな出来栄えだ。

「次の人、お願いします」

後ろの席の人が立ち上がる。改めて間近で見ると、彼女の顔つきはハーフやクォーターのようにも見え、日本人離れした美しい顔をしている。一樹が彼女を女神や姫と表現したことがなんとなく理解できた。

「一ノ宮深雪と申します」

深雪が名前を名乗ると教室内がざわついた。「一ノ宮って……」と口々に言っている。一樹と深雪が会話しているときには気付かなかったが、一ノ宮といえば、一ノ宮建設。国内の公共施設や海外でも数々のプロジェクトを手掛けている日本を代表する大手建設会社だ。その名前を知らない人はほとんどいないだろう。

「趣味は小説を書くことで、文芸部に入りたいなと思っています。よろしくお願いします」

深雪が零れ落ちそうな笑顔を見せる。名簿順も隣であるし、おそらく彼女は一樹とも上手くやっていけるだろう。仲良くやっていけるといいのだが。

深雪の次は一樹の番だ・

「私のことは気軽に一樹と呼んでほしい。演劇部に入る予定だ」

キャーと教室の一部から歓声が上がる。それに手を振り、答えながら一樹は続ける。

「ふふっ、このクラスには可愛らしい御嬢さんがいっぱいいて目のやり場に困ってしまうな。舞台の上でも皆からの熱い声援を待っているよ」

 ここぞと言わんばかりに一樹はウィンクをする。中学時代はこのウィンクをレディキラーと男子たちが呼んでいた。この技をまともに食らった女子の中には卒倒した者もいるのだとか。ウィンクの後、教室全体が黄色い悲鳴に包まれ、榊原先生が事態を収めるまでに数分を要した。人騒がせな奴である。


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