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「……というわけで、再試験を受ける人以外は解散! 来週はオリエンテーションでドッチボールをやるからお楽しみに!」
ドッチボールと聞いて一部の生徒が歓声を上げる。不満の声もあちこちから上がる。前者はイツキと桃香で後者はひなたと深雪が含まれていた。
生徒たちは各々談笑しながら教室へと帰る。
「ひなた頑張れよ、合格したら手の甲にキスしてあげるから。じゃあ、また明日!」
クラスでも1、2を争う運動神経の持ち主はそう言うなり、猛スピードで消えた。
「手の甲にキス……あまりされたくないのですが」
反論する間もなかった。イツキがカッコいいという女子たちは見る目がなさすぎるのですよ。幽霊に怯えるイツキ、毎日アルバイトをしているにもかかわらず明るく振る舞うイツキ、そんな彼女は王子様なのか。可愛いところもあると思うんだけどなと思ってしまう。友人相手にそんなことを考えているあたり、わたしは生まれながらにしてレズビアンだったのかもしれない。
「はぁ」
大きなため息をつく。レズビアン、同性愛者、マイノリティ。現代日本では社会的に同性愛は認められていない。社会を大きな集合体と捉えるなら自分は異分子なのだ。桃香に気持ちを打ち明ければ自分の心の荷が軽くなるかもしれない。けれど、その後はどうなるのだろう。もう仲良くは出来ないかもしれない。
しばらく落ち込んでいると、ぽんと背中を軽くたたかれた。
「ひなたさん大丈夫?」
桃香の声だ。一瞬幻聴かと思ったが、振り返ると女神がいた。
「大丈夫ですよ」
声を絞り出して答える。嫌な未来を想像して悲しみのせいで声が出なかったわけではない。桃香が近くにいると心拍数が上がるのだ。うまく話せなくなる。
「あ、あのね、さっきのことなんだけど。深雪さんからはひなたさんのことについては何も聞いてないよ。なんというか、私の秘密を深雪さんに当てられちゃって」
てへへ、と困ったように頭に手を当てる。
「桃香さんの秘密?」
「いや、大したことじゃないんだ。いや、大したことなんだけど。秘密は秘密だから」
「気になるのですが」
「えー、じゃあひなたさんの秘密も教えてよ」
「そ、それは言えないのです」
二人して困ったような笑みを浮かべ、笑いあう。
「じゃあお互い内緒ということで」
「そうするべきなようです」
桃香さんの秘密、気になる。お互い内緒とは言ったものの、あとで深雪に聞いてみようかな。
「ひなたさんはまだ再試の続きがあるんだっけ。じゃあ私は新聞部の活動があるからこれで。適度に休憩をとるんだよ」
手を振って桃香も教室へと帰って行ってしまった。体育館には教師とひなたを含めて3人。教師は倉庫から折り畳み式の簡易いすを持ってきた。長期戦になると踏んだのだろう。
「少し休憩してからやろうか。再試験だけど、途中でも水とか飲んだり休憩していいからな。帰りたくなったら帰ってもいいぞ。ただしその場合は大幅な減点を覚悟しとけよ」
教師の言葉を聞いて、残りの再試組の2人はお喋りしながら体育館を後にした。
ひなたはとりあえず体育館の床に座り込む。ひんやりとしていて火照った肌には気持ちがいい。
「ふう」
ほっと一息。
「古賀は水のまなくて大丈夫なのかー?」
簡易いすに腰掛ける教師の声が静かな体育館に響き渡る。
「ええ、でも少し休憩させてほしいのです」
「りょーかい」
気の抜けた返事をし、持っていた水のペットボトルを開け、ぐびぐびと飲み干す。
「ぷはー」
「先生、オヤジ臭いのですよ」
「悪かったなオヤジで」
にひひと笑う。
「古賀は合格までもうちょっとなんだけどな。跳ぶことは出来ているんだけど、勢いが足りないというか、もっと高く跳んだ方がいいな」
「その通りだと思うのですが、身体がうまく動かないのです」
「だろうな」
出来ていたら再試験にはならないよな、と笑う教師を見て少しムッとする。
「続きをはじめるのです」
「そうか、そんなに焦る必要はないと思うが、まぁ私も夕方には会議があるし早めに切り上げたいから早く合格してくれよ」
床から立ち上がり、スタートラインに立つ。憎いハードルを睨みつけて、大きく息を吐く。
教師が笛を吹く気配はない。再試験は吹かないらしい。
好きなタイミングで走り始め、そして、やはり足を引っかけた。




