前日譚 Case.2 ライブ
こちらは前日譚の追加となります。
前日譚は先輩彼女と後輩彼氏の二人劇で、本編開始前の時間軸になっております。
「サイリウムってあるじゃない」
お昼下がりのティータイム。
二人でまったりとテーブルの椅子に腰掛けて、それぞれでスマホやタブレットを触っていた。
わたしはふと、再生していた動画で思いついた疑問を口にする。
「ありますね。あの……ライブコンサートで振るやつですよね?」
通称光る棒と呼ばれるアレだ。
むしろコンサート会場以外で見たことがないまである。
「そうそうそれそれ。ところでキミ今何調べてたの」
「いや、ただ単にライブって言おうか、コンサートって言おうか、そもそも両者の違いってなんだろうって調べてました」
「それでどうだったの」
「どっちも明確な定義はなくて、いつもの日本人の縮めグセでライブって言ってるだけみたいです。外国の人とかに言うとライブ? 何の? ってなるみたいですけど」
今日生行くんだーって言われても外人さん困っちゃうよね。
「まぁ日本人にライブって言えばサイリウム振りまくってアーティストがコンサートやるアレってわかるからいいよ」
「でもライブコンサートって確かに長過ぎません? ライブっていいたくなるのもわかる。私ぃ、今日ライブコンサート行くんだー」
「確かに長い」
あとその女の子のモノマネはキモいからやめなさい。
「それでライブがなんでしたっけ」
「サイリウムだよ」
「そうでしたそうでした」
「ネタがサイリウムだからって、見え見えの振りには突っ込まないよ。あれっていつごろから振るようになったんだろうね」
今のライブDVDとか見ると必ず振ってるよね。
昔の映像ではそうでもないんだけど。
「そういいつつキッチリ律儀に突っ込んでくれる先輩が好きですよ。俺もあんまライブとか行かないんでその辺よくわかんないですけど、確かにいつの間にか振るのが当たり前になってますね」
「その唐突なデレはやめようか。心臓に悪いよ。昔はあんなの振ってなかったよね? 右手突き上げて振りまくってなかった?」
「先輩も存分にデレて頂いて構いませんよ? 最近デレ分少なくない? それってアレじゃないですか、パンクとかロックとかヘビメタとか」
「わたしのデレは希少価値が高いんだよ。そうそうデレてあげたりしないんだからね。てかその人達はむしろ頭振ってるイメージなんだけど。超高速で」
「希少なツンデレきたー。お約束を忘れない先輩も好きです。ああ、ヘッドバンキング。あれ絶対頚椎痛めますよね。実際たまに振りすぎて怪我してる人とかいるし」
「キミは随分気が多いみたいだね? その調子で浮気でもしてるんじゃないの? そもそもなんで頭振るのかそこからよくわかんないけどね」
「おおっと唐突な修羅場フラグ。これは折るしか無い。なんなんですかね、こう、魂の衝動が故に自然と頭振ってるんですかね。頭大丈夫か」
「問い詰めフラグも追加しとく? ハイライト消えた目も今なら大サービスだよ。てか唐突にヘドバン民に喧嘩売るのはやめようか。でも5万人規模のライブとかで全員が頭振りまくってたら確かに怖いかも」
「不必要な押し付けサービスは客足を遠ざけますよ。俺は優しい先輩だけで十分です。というか優しい先輩しか要らない」
「遂に掛け合いが本題を乗っ取っちゃったね。わかったから話を戻そう。ヘドバンの話だよ」
ちなみにここまでずっとお互い目をそらさず、どっちが先に目をそらすかというチキンレースを開催していた。
「サイリウムの話じゃなかったんですか」
「あ……うん、そうそうそれそれ」
うわー。やっちまった。
「え、何そのテレ顔。まさかマジボケでしたか。うわ先輩天然かわいい」
「わたしのことはいいんだよ!! キミはさっさとサイリウムがいつから流行ったのかそのタブレットで調べる! はやく!」
わたしはテーブルの端をバンバン叩くと、隅に寄せられているタブレットを指差す。
「先輩そのマジテレに濁点付けましょう。マジデレってどんなのか一度見てみたい。先輩のなら特に素晴らしい物になるでしょう」
うるっさいなぁ。たまに人が失敗したからって。おぼえてろよ。
「よーしキミは夕食にメインがなくてもいいらしいから、私だけチーズハンバーグでも焼こうかな。中からとろーっとチーズがとろけるようにとろけるチーズ使おっと」
「あっすみません調子乗りました。反省してます。だからチーズハンバーグ俺にも焼いてください。ヤキモチも追加で注文できますか?」
反省したという前半から後半にかけて落としていくというぬか喜び系テクニック。こやつ。
「わかったよ。ご飯を二合炊いておけばいいんだよね? キミ、白米好きだもんね」
「あっ付け合せも消えた。これマジで白米しか出てこないパターンだ」
「キミ今暇だよね。はい、計量カップ。鍋はそれ使えばいいよ」
にっこり笑って計量カップを突き出す。
一度水を計った後で濡れているという、地味な嫌がらせを仕込んである。
「遂に炊くのまで投げちゃったよ。よーしここは奮発して三合炊いちゃうぞー。俺、余ったら焼きおにぎり作るんだ……」
「どんだけ白米好きなんだよ……。ああもう、いいから出てって。邪魔だよほら」
そんな嫌がらせにも気づかず喜々として計量カップをセットする彼を押しのけて、ふきんでカップを拭う。
このまま使ったら正しく計れず分量に誤差がでてしまう。
「遂にキッチンからも追い出されてしまった……。えーと、サイリウムサイリウム。へー、サイリュームが正しいのか。んでサイリュームって商標登録らしいですよ。ウォークマンとかセロテープみたいな。ケミカルライトが総称らしいです」
「つーん」
「機嫌直してくださいよ。へー、警察とかの特殊部隊では制圧済みの部屋に落として後続に伝えたり、特に軍ではナイトビジョンでしか視認できないって言う赤外線仕様のものが夜間の敵味方識別に使われてるそうです」
「なにそれかっこいい」
くっ。思わず反応してしまった。かっこいいのが悪い。
「サイリューム自体は結構前から使われてはいたみたいですね。普及したのは十数年前頃からなのかな。検索で引っかかるページはそれぐらいが多いみたい。まぁもっとも、アイドル系のコンサートではそれ以前から当たり前に使われてたみたいですけど」
「流石アイドル業界」
「何が流石なのか。なんかアイドルってだけでそう言うの何でもありみたいな感じは確かにするけど」
アイドルって言えば何でも許される時代が昔あったみたいだよ?
「アイドルコンサートって言うとあれでしょ。なんかハッピとか鉢巻とか」
「今でもいるのかなぁそういうの。特攻服に刺繍とかいましたよね。昔の映像とか」
懐かしの映像100連発系で竹の子族を見るようなものだろう。
あれも結局良くわかんないけど、今のアキバ系みたいなもんなのかな。
「特攻服に暴走族とか絶滅危惧種久しぶりに聞いた。それこそ今いるの?」
「さぁ……見たことはないですね。たまにピンで騒音撒き散らかしてるアホは居ますけど」
「あー、いるよね。バイクなのにスピーカー積んでドンドコドンドコ重低音撒き散らしてるの」
だいたいふんぞり返って乗ってるイメージ。
「信号で止まると曲が判明するっていうアレですね。判明ってか洋楽なのかな? っていうレベルでしかわかんないのがほとんどですけど」
「ああいうのこそ痛いアイドルソングとかかけてそうなのにね」
痛車では実際に電波ソング撒き散らしてるのを見たことがある。
「凄い偏見ですよねそれも。まぁ騒音バイクが何考えてあんなことしてるのかも全くわかんないですけど」
「信号で隣に停まった騒音バイクから痛ソングが流れてきたら笑わない自信ないよわたし」
「どう考えても絡まれるフラグだからやめてくださいね。見ないふり聞かないふりですよ」
「もしかすると彼らは笑って欲しいのかもしれないよ? ドMなのかもしれない」
「確かにマトモな神経してたらあんなことしませんけども。だからこそ近寄っちゃいけない」
君子危うきに近寄らずって奴ですね。わかります。
「まぁね。怖いよね。で、キミはサイリューム振ったことってあるの?」
「ありますよ。付き合いで声優コンサート行った時に二度ほど」
へぇ。意外だ。その手の友達もいるんだね。
「二度目があったってことはキミ、割と気に入ったね?」
「まぁ悪くはなかったですよ。曲自体は前から聞いてた人でしたし」
「ふーん。わたし、振ったこと無いんだよね。サイリューム。実際どうなの?」
「どう、とは?」
「振り心地とか?」
「たのしい、かな」
「たのしいんだ」
「シラフではできないだろうなとは思いますけどね。ああいうのってそういうもんでしょ?」
「ディズニーで耳のカチューシャつけちゃうようなアレね」
場に酔えば、人間結構なんでもやっちゃうもんである。テンションって怖い。
「そうそうそれです。たまにつけてるの忘れて電車乗っちゃって、家に帰ってから気づくと猛烈に恥ずかしいっていう」
「詳しいね。実体験かい?」
「それが俺の実体験なら一緒だった先輩も同じ赤っ恥かいてますからね」
「わたし、ああいうのつけないし」
だからその手の自爆はないと心得ていただこう。わたしに死角はない。
「だからって俺につけることないでしょうに。男だけつけてるってどう考えてもおかしくね?」
「それはあれだよ。彼氏が熱烈なディズニーマニアで彼女が付き合わされてるパターン」
「そういう本当に居そうな生々しい話はやめろ」
「あれ次回行く時に持っていくそうだよ。ディズニーワールドは舞浜駅から始まってるんだよ」
居そうじゃなくて実話だよ。なにせ愚痴ってきた子本人が友達に居るからね。
「確かにそうだけど。もうつけませんからね。大体どこやったかもうわかんないし」
「大丈夫。わたしが保管しておいた」
ぬかりはない。
「そう言う時だけ準備万端なのはやめろぉ!」
「はい、できたよ。テーブルの上片付けて」
なんて馬鹿なやり取りをしてる間に夕食を作り終える。
今日のメニューは私だけチーズハンバーグ。あとは普通にハンバーグ。
「おお、先輩のハンバーグだー。このオニオンソースがたまんないよね」
「はい、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて食べ始める。
「んまー! チーズうまー!」
「ああ、先輩のチーズ様がとろけておる……あれ」
「んまんま。白米うまし」
チーズハンバーグ。白米。チーズハンバーグ。白米。キャロットグラッセ。チーズハンバーグ。白米。
「白米はいつも美味いです。それより先輩これなんですか」
彼は自分のハンバーグを箸の先で指している。お行儀悪いですね。
「なに? どうかした?」
「俺のハンバーグにチーズ様が入ってませんよ? チーズさんの捜索願いをお願いします」
「ああ、それで合ってるよ。入れてないもの」
だから最初に言ったじゃないか。キミのには入れないよって。
「何故!? どうしてこんな格差社会が許されるんです!?」
「それは自分の胸に聞いて見るんだね」
業が深いと生きづらそうで大変だね。
「ウザ可愛いキャラを目指してみたんですが、男がやっても普通に鬱陶しいだけでした」
「自分でわかってるなら途中でやめようよ……まったく。ほら、皿出して」
ほんとしょうがない男だ。
「ひとし君人形はボッシュートですか……」
「キミ、とろけるチーズには板状もあるって知ってるかね」
冷蔵庫から取り出したるは板状とろけるチーズ。
「それは……伝説のチーズトーストに使うという……」
「ま、中でも上でも大差ないでしょ。はい、レンチンでチーズとろけたよ」
「スーパーひとし君人形きた! ありがとうございます先輩! 愛してる!」
満面の笑みでそう言ってくる彼に、わたしは答える。
「もう知ってるよ。そんなこと」