Ⅱ-2 竜の子
港町から移動を開始して1週間。荒野の色は白へと変わり、辺り一面吹雪が目立ち始めてきた。この辺りからは調査団が足を踏み入れていない地域だ。厳しい気候の影響もあり、人間が足を踏み入れにくい為である。
そんな場所に、これからシンドー達は足を踏み入れる。
「この辺は相変わらずだね」
勇者と呼ばれた時期に来たことがあるシンドーがぼそりと呟く。
この台詞だけ聞けば経験者が感慨深く語っているように見えて心強く思えるだろう。が、今のシンドーはメイド服を身に纏ったドラゴニュートの娘にお姫様抱っこされていた。歩けないので仕方がないのだが、威厳なしである。
唯一、経験がないゼナが息も絶え絶えになって問う。
「それで……問題の竜の里はどこにあるんでしょうか?」
「竜の気配を辿りましょう。私が先頭になります」
「リナさん、生まれ故郷なんですよね?」
「はい。ですが、子供のころの話なので殆ど記憶に残っていません」
そういえば、リナは人間の母から生まれたのだと聞く。その辺に込み入った事情があったりするのだろうか。ゼナは聞くべきかどうか迷っていたのだが、先にシンドーが別の問いかけをだした。
「やっぱり竜の気配はわかるのかな。この辺は他のモンスターも生息してたはずだけど」
「はい、マスター」
とびきりの笑顔を咲かせ、リナは即答した。
「彼らは――――というより、生物全般に言える事ですが、独特の匂いがあります。それを辿れば、無事に辿り着けるはずです」
この答えを聞いた直後、ゼナは自分の腕の匂いを訝しげに嗅ぎ始めた。変な匂いはしていないと思いたい。
「もっとも、優れた個体であればそれだけ察知能力は高いです」
「リナ程のドラゴンがいるかもしれないってことかな」
「その場合は全力で処理しますのでご安心を」
「うん。そこは信頼しているとも」
言われた瞬間、リナは嬉しそうに瞼を細めた。が、その表情はすぐに崩れる。
「早速ですか」
「え?」
首を傾げるゼナだが、その疑問はすぐに解消された。雪の影から足音が鳴り響いたのだ。
「ひゃ!?」
地鳴りを受け、ゼナが転ぶ。リナは直立不動のまま、震源の主へと問いかけた。
「何者です。こちらは無暗な殺生をするつもりはありません」
「言って聞いてくれるかな」
シンドーは思う。先程、リナの話しにも少し出てきたのだが、相手の気配を察知できるモンスターはかなり手強い。警戒心が強く、知能も発達した上位種であることが多いのだ。そんな奴がわざわざ人間を出迎えるような場所に来ているのである。最初からリナを警戒してのことだ。
「もしドラゴンだったら面倒なことになる気がするな」
「私もそんな気がしますね」
「でも、この辺って竜の里なんだよね」
「そうですね」
「じゃあ、出迎えも当然――――」
崖から火球が飛びだした。リナはシンドーを抱きかかえたまま宙へと飛び、ゼナは慌ててその場から離れる。
「はわああああああああああああああああああ!?」
爆風で吹っ飛ばされるエルフ少女。一方、ドラゴニュートの娘はエルフを気にすることなく火球を放ってきた影を睨んでいた。
一応、主人として命令しておく。
「リナ。余裕があったらゼナのフォローをしてあげてもいいかな」
「マスターが仰るのなら」
言うと、リナはゼナのもとへと羽ばたいて片手で背中を担ぐ。急に持ち上げられては宙に運ばれ、ゼナは戸惑った。
「ふぇ!? な、なんですか!?」
「動かないでください。マスターに唾が飛びますから」
「確かに、この位置だと飛ぶね」
担がれたエルフ少女の眼前にはお姫様抱っこで抱えられたシンドーがいた。片手でシンドーを、もう片方の手でゼナを抱えているのである。
「あの。助けてもらってこんなことを聞くのはやぶですけど、この状態で戦えるんですか?」
「問題があったらあなたを助けていません」
「ですよね」
冷酷な答えが返ってきたので、がっくりと項垂れる。
「とりあえず、攻撃してきたってことは敵対意識ありかな」
「そうですね。やってしまいましょうか」
急降下。ふたりを担いだ状態で火球が飛んできた方向へと飛んでいく。
崖の中から次々と火球が飛んでくるが、リナはそのすべてを避けていった。
「ひぃ!」
「あまり暴れない方がいい。リナが手放したら俺たちは死ぬんだから」
「なんでそんなに冷静なんですかぁ!?」
「自分の運命はもう預けてるからね」
軽くいうと、シンドーはリラックス。涼風を楽しむかのような優雅な態度でリナに語りかける。
「リナ、折角のご挨拶だ。ちゃんと相応の返礼をしてあげようか」
「はい、マスターが望むままに」
言うと、リナは加速。ふたりを担いだまま崖の後ろへと回り込んだ。
「!?」
火球を飛ばした生物が慌てて振り返る。しかし、あまりに反応が遅い。振り返る前に身を屈めた方がいいと思いながらもリナは敵対者――――ドラゴンの首目掛けて蹴りを放った。鈍い打撃音が鳴り響くと同時、ドラゴンの首があらぬ方向へと曲がる。
「ひええ……」
衝突音だけでわかる破壊力を目の当たりにし、戦慄するゼナ。しかし、数秒後。彼女は更に戦慄することになる。
「あ、あれ!? もしかして私たち、囲まれてません!?」
岩陰から続々と顔を出し始めるドラゴンたち。いずれもリナより巨体の大型モンスターだ。どこから出てきたのか不思議になるほどの数が、自分たちの周りを囲んでいる。
「ど、どどどどどうしましょうご主人様!?」
「とりあえず君は落ち着こうか」
シンドーはあくまで冷静だった。彼はあくまでパーティーの代表者として振る舞い、会話に務める。
「同胞を無残な姿にしたのは失礼した。しかし、先に仕掛けたのはそちらだ。我々は向かってくるならすべてを打ち払うつもりでここにいる」
そんな挑発的な物言いで大丈夫なのだろうか、とゼナは思う。
聞けば、ドラゴンはモンスターの中でも特にプライドが高い種族なのだという。自分たちこそが強いのだと言う誇りをなによりも大事にしているのだ。
そんな彼らに対してこの物言いは、喧嘩を吹っかけているように見えなくもない。
「あ、そういえば。人の言葉がわかるドラゴンはこの中にいるのかなぁ?」
「馬鹿にするな。その程度、我らにとっては造作もないことよ」
シンドーがわざとらしく言うと、ドラゴンの中の一匹が前に出る。他の個体と比べ、やや体格が大きい黒いドラゴンだった。
「確かに先に仕掛けたのはこちらだ。だが、それも貴様らが我らの大地に土足で踏み入ろうとしたからだ」
「玄関がないんじゃ挨拶だってできないじゃないか」
「減らず口を」
「ま、まあまあ。その辺にしましょうよ」
剣幕な雰囲気に耐えられずにゼナが言うが、全員聞いちゃいなかった。見れば、周りのドラゴンたちは口から火を噴きだすことで威嚇しはじめている。
「立ち去れ。ここは人間が出入りする場所ではない」
「申し訳ありませんが、そうはいきません。我々は竜の里に行かねばならないのです」
今度はリナが毅然とした態度でドラゴンと対峙する。
すると、ドラゴンは訝しむような目つきでリナを観察し始めた。
「これは驚いたな。同胞の匂いがすると思ったが、お前はバーゼトの娘か」
「父の名を聞いたのは久しぶりですね」
「もう10年以上昔になるか。里から追放されたお前が今更なんの用だ。言っておくが、父ならばもう他界したぞ」
「炎の剣を貰いに来ました」
淡々と紡がれた言葉を聞き、ドラゴンたちは言葉に詰まった。
彼らが何か言う前に、リナは続けて言う。
「簡単に説明しますが、強い武器がどうしても必要なのです。なので、ここの炎の剣を頂きに参りました。通していただけるなら、無駄な同胞の死体が増えずに済みますよ」
「馬鹿なことを!」
黒いドラゴンが吼えた。
「炎の剣はドラゴンの始祖が鍛え上げた、いわば我らの誇り! それを人間との混血が持つなど……否、そもそも扱えるはずがあるまい!」
「それはドラゴンが強く、優れた種族だからでしょうか?」
もし、そうなのであれば、
「私にもドラゴンの血が流れています。文句がるなら、ご自身で確かめられますか?」
激昂したドラゴンが一斉に襲い掛かってくる。リナは溜息をつくと、襲い掛かったドラゴンの顎を思いっきり蹴り上げた。




