Ⅱ-1 理解者
竜の里は暗黒大陸の北部に位置する秘密の里だ。
基本的にはドラゴンしかいない雪の大地なのだが、リナはここで人間の母から生まれたのだという。
「あの。暗黒大陸の北部といえば、サンタイトの調査もまだ進んでいない土地ですよね」
ゼナが問うが、その言葉には二重の意味が含まれていた。
なんでそんな場所に住んでいたのに奴隷になったのか。また、そんな場所まで無事に辿り着けるのかという疑問だ。
それを知ってか知らずか、リナはマイペースに続けていく。
「はい。暗黒大陸へは船で行きますが、そこからは自力で行くことになりますね」
「自力って具体的には?」
「徒歩ですが」
「えええええええええええええええええええええええっ!?」
馬車の中でゼナが叫ぶ。直後、シンドーとリナのふたりから黙っておくように叱られた。
「驚くのもわかるけど、はしゃぎ過ぎないようにね」
「でも! でもですよ! この地図見てください!」
ゼナが暗黒大陸の地図を広げる。
「港はここじゃないですか」
「そうだね」
「目的地はここですよね!?」
港町から竜の里まではかなり離れている。具体的にいえばサンタイト大陸を縦断するくらいの距離だ。これを歩いていくのであれば1週間は覚悟しなければならない。しかも、途中で休めるような場所などなかった。
暗黒大陸はまだ未開の土地が多い。竜の里に近づけば、それだけ安全な場所は減っていくのだ。
「なにか問題でも?」
「問題しかありませんよ!」
ただ向かうだけならいいかもしれない。暗黒大陸に住む凶暴なモンスターもリナの手にかかれば子犬も同然だ。問題があるとすれば、同伴者にある。
「ご主人様がこんな状態でどうやって行くんですか。道のりも平坦じゃありませんよ!」
「問題ありません。私が抱っこします」
「え」
「抱っこします」
珍しくシンドーが驚いた表情を見せた。流石の元勇者もこの移動プランは想定外だったらしい。
「リナ、ひとつ聞いていいかな」
「なんでしょう」
「椅子を押すのじゃダメなのかい?」
「崖がありますから。抱っこの方が安全に運べます」
「せめておんぶじゃダメかな」
「ダメです。私、羽がありますから」
「そうかぁ」
それならしょうがないかもしれない。シンドーは諦めたように頷くが、やや考え込んだ後に再び口を開く。
「ゼナはどうするんだい? 山登りは得意そうには見えないけど」
「彼女には足がありますから」
「え、もしかして私は徒歩ですか?」
「当然です。偶にはご両親から頂いたご立派な足を存分に使うべきです」
意外とスパルタ思考だった。同時に、マスターには激甘思考だった。
「しかし、長い旅になるね。その炎の剣とやらで本当にサイラスを倒せるんだろうね?」
シンドーが確認を取る。欲しいものはすべて与えるとは言った物の、クロエを殺してから大分時間を要する作業だ。下手をすればこちらの足取りも追われるかもしれない。そんな危険を冒してまで手に入れるべきものなのだろうか。
3年間旅をしてきたが、シンドーは炎の剣など聞いたことがない。
「ドラゴンの一族が代々守ってきた秘法です。先代の竜王、ティアマットが魔王に反旗を翻す為に用意していた切り札とも言われていますね」
「ティアマットが?」
その名前には聞き覚えがある。
なにを隠そう、暗黒大陸でティアマットと戦い、討ち取ったのはシンドーだ。
「勿論、マスターが討ち取ったことは知っています。が、ドラゴン族は元々魔王軍の加入を快く思っていませんでした」
「じゃあ、一族を守る為に仕方なく傘下に入っていたってことかな?」
「はい。そして機を見て離脱するつもりだったのでしょう」
ところが、機を見る前にティアマットは倒されてしまった。
勇者一行との激しい戦いの末、ドラゴンの長は倒されてしまったのである。
「戦いの最中に言葉を交わしたことはあった。今後のことも考えていた、中々賢いドラゴンだったよ」
「会話をしたことがあるんですか?」
「まあね」
思えば、ティアマットは数少ないシンドーの理解者だったのかもしれない。
一度しか面識がなく、しかも殺し合った仲なので『理解者』と表現するのはティアマットに失礼かもしれないが、場面さえ違えば彼とは友人になれたとシンドーは思う。
少なくとも精霊の考えに疑問を抱いていた者同士だ。
だが、シンドーがどう思っていたとしても、ここでは意味がない。
「その時の話はいいだろう。問題は竜の里だね。そこに俺を連れて行って大丈夫か? 仮にも長を殺した男だぞ」
ティアマットは引き連れた部下からも厚い信頼を寄せられた長だった。
そんな長を殺した男がやってきたとなれば、ドラゴンたちは黙っていないだろう。
「関係ありません。私が黙らせますから」
しかし、そんなシンドーの不安はあっさりと打ち砕かれた。
そうだ。自分には最高の僕がいる。最高の矛がある。
ティアマットがなんだ。確かに強いドラゴンだったが、リナには劣ってしまう。
「頼もしいね。いざとなったら里のドラゴンを全員血祭りにあげてくれるのかな?」
「マスターがそれをお望みならば」
「別に望んではいないよ。無駄に殺すのは好きじゃないんだ」
「では、構いませんね」
「ああ。良いと思うよ」
話は纏まった。
後は暗黒大陸に着いてから必要な物を纏め、改めて竜の里を目指すのみである。
が、沈黙が支配する中でシンドーは嘗ての強敵の影を思い浮かべていた。
竜王ティアマット。
暗黒大陸の北部で出会った巨大なドラゴンだ。サイラスの剣技やネフィアの魔法を弾く強靭な鱗。周囲の雪を丸ごと灰にする強烈な炎。すべてが規格外だった。
当時は『どうしてこんな凄い奴が魔王の下についているのだ』と考えた物である。実際、本人に問うたこともあった。
シンドーはその時の問答を覚えている。
『ティアマットと名乗ったな。それだけの力があるのならなぜ魔王に従う!?』
『小童め、ほざきよるわ! だが逆に問おうぞ。貴様はそれだけの力を持ち、なぜに人間に加担する!?』
己が人間だからか。
いや、その答えは違う。
『魔王は無差別に支配するだけだ。これでは平和は訪れない!』
『ならば精霊に従い、人間の支配が訪れればよいというのか!?』
『それは……』
『……ふむ!』
口籠った途端、ティアマットは僅かに攻撃の手を緩めてくれた。
この時、仲間たちはティアマットの部下にかかりっきりで、こちらの援護をする余裕などなかったのである。逆に言えば、その間だけがふたりだけで語り合える時間となった。
『お前も精霊に疑問を持ったクチか』
『なに?』
『皆まで言わずとも良い。小童、貴様は精霊の声を聞いたのだろう』
『あ、ああ……』
精霊に導かれ、魔王を倒す為の聖剣を手に入れた。その最中、何度も精霊と言葉を交わしてきたのを覚えている。
『私もだ』
『え?』
『私も精霊の声を聞いたよ。魔王を倒す為に、人間と協力してくれとな』
だが、その内容はあまりに崩壊しすぎていたのだ。
『確かに、私は魔王を快く思っていない。貴様が言うように碌な世の中にもなりはせんだろうな』
『では、なぜ』
『精霊や人間も同レベルであろうに。信じられるか? あの精霊め。手を貸してくれたらドラゴンは繁栄を約束されると言った。だが私が他の種族はどうなるのかと尋ねると、不必要であると言っておったわ』
それはまさにシンドーが聞いた言葉と一致する、あまりにも残酷な一言だった。
『しかし、このまま魔王に好き勝手させていい理由にはならない!』
『そのとおりだ。だからこそ私は――――』
問答はそこで終わった。
ドラゴンを退けたサイラスたちがティアマットに攻撃を仕掛けたのだ。
『話は終わりか。いくぞ、小僧!』
この数時間後、ティアマットは討ち取られた。
もしもあの時、無理にでも剣を収めていたらどういう結末を迎えただろう。
ほんの少しだけ想像するが、やがてその行為が無意味であることを察する。シンドーは考えることを止めた。




