Ⅰ-4 マリスウロボロス
初対面でのイメージはそんなに悪くなかった。
サイラスは年上。ネフィアは異性。だから同じ年代のクロエが冒険についてくることになって嬉しかったのを覚えている。
彼は非常に頼りになる男だった。薬草の知識は人一倍高く、ダンジョンの構造を知るのに長けている。同時にパーティーの切り込み隊長でもあった。
頼れる男だ。身体の頑丈さはサイラスに劣り、魔法の技術もネフィアに比べて劣っているが、彼がいなければ魔王の討伐などできなかっただろう。
長い間旅をしてきた。当然ながら、時間をかければそれだけ仲間の嫌な所も見えてくる。
クロエの場合は簡単に見つけてしまった。彼は時折、無垢な表情で恐ろしいことを言ってのける。最初の頃はそれが盗賊というものだと思ったいたが、違った。彼は任務に忠実なのだ。ネフィアが精霊を信じるように、サイラスが武器を信頼する様に、少年は王を信頼していた。
彼は国の為ならばなんでもする。盗みや殺しを平気な顔で執行する。彼は王の意見をそのまま代弁するのだ。王が実際にやってはいけないことをするのがクロエの役目だったから。
ゆえに、シンドーも心の中では理解していた。
クロエが自分を殺すなら、きっと国が関わっている筈だ、と。
「ご主人様?」
思考を回すシンドーに、エルフの少女が声をかける。
「どうした?」
「音が、止みました」
「そうだね」
「派手にやりましたね」
「ああ。なるべく静かに、と言ったつもりなんだけど」
まあ、あのクロエを殺すのならどうしてもド派手にやらざるを得なかったのだろう。傍から見れば建物は崩壊してもおかしくない状態なのに、また保っているのだから不思議だ。
「リナさん、無事でしょうか」
「生きているさ」
そうでなければ買った意味がない。
シンドーは嘗ての仲間の実力を知っている。そのうえでリナにすべてを托した。彼女なら、全員潰せると感じたから。
「ほら、見てごらん」
その証拠に。建物の中からゆっくりと姿を現したドラゴニュートがこちらに歩み寄ってきた。脇に何かを挟んだまま。無表情のまま帰ってきた従者に対し、シンドーは言う。
「おかえり。どうだった?」
「こちらです」
脇に抱えていた物をシンドーの前に差し出した。
「ひっ!」
その正体を確かめた途端、ゼナは嗚咽を漏らす。吐き気を催すグロテスクな物体を前にして、彼女は口から溢れる嫌悪感を懸命に殺していた。
「……」
後輩メイドの態度にむっとしつつも、リナは主人の反応を待つ。
シンドーは残された腕でリナが持つそれに触れると、感動するように震えだした。
「は、はは……クロエじゃないか。久しぶりだな。ん? 何だ、その様」
シンドーの目に映るのはクロエの頭部だ。それは間違いない。
が、彼の記憶にあるクロエとは何かが違う。
「マスター。ご命令通り、考える限りのすべてをクロエにつぎ込みました。他は首を負った程度です」
「く、くびって……」
既に致命傷ではないか、と訴えるゼナを無視し、リナは報告を続ける。
「クロエは皮膚を破り、精霊像の首と結合させました。いかがでしょうか。私としては、始めての芸術なのでいささか不安なのですが」
「芸術?」
なるほど、確かにミイラの首を芸術品として扱う文化がある。
そういう意味では首も立派なアートだ。シンドーはそう思うと、率直な感想を呟く。
「リナ、これは芸術品としてはいささか趣味が悪い」
「……そうですか」
悲しそうに俯くリナ。シンドーは続けていった。
「芸術品っていうのはね。粗悪品じゃダメだ。コイツは品性の欠片もない奴だからね。せめて、そうだな。ネフィアでやらないとね」
「え?」
「精霊像だろう、これ。クロエにはもったいないくらいさ」
リナに首を渡すと、シンドーは微笑みかける。
心からの笑顔を送ると、彼は言った。
「精霊像の首にはめておいで。それともうひとつ、お願いをしていいかな」
「はい、なんなりと」
「精霊像の周りに模様を描いてくれ。クロエの血で、勇者のシンボルマークを」
シンボルマーク。
三角形の中に大きな丸が描かれた勇者一行の証。三角形はそれぞれの点が仲間たちを示している。
「三角形の頂点がクロエの首になるように。後は、わかるね?」
「はい、マスターのお望みのままに」
「じゃあ俺とゼナは先に戻る。流石に派手にやりすぎたからね」
こうして話しているのも本来なら悠長なほどだ。が、シンドーは揺るがない。自信には絶対的な力がある。恐れるものなど、とうに捨てた。
「リナ」
「はい」
叱られたと感じたのか、やや俯き加減のドラゴニュートの少女。
「よくやってくれた。また後で顔を見せてくれ」
「……! はい、マスター」
言うと、リナは首を抱えたまま教会へと戻って行った。
「……リナさん、笑うんですね」
「あの子だって女の子だからね。聞いた話だと、まだ幼いらしい」
「幼い子にあんなことをさせるんですか?」
言ったからこそ、ゼナは改めて問う。
「ご主人様。あなたの痛み、あなたの辛さは知りました。ですが、あれはやりすぎです」
思い出しただけでも吐き出してしまいそうな憎しみの塊。それがドラゴニュートの少女を介して、クロエの首をまるごと作り変えてしまぅた。あんなことが、後2回も行われようとしている。
そんな少女の思いを知ってか知らずか、シンドーは厳しめな視線を向けた。
「普通に殺せば、それでいいのかな」
瞳に闇が宿る。怒りに満ちた光の中に、どこまでも深い黒が見えた。
「ゼナ。俺は思うんだよ。少し話をするけど、君は家族がいるか?」
「……はい」
「じゃあ、その家族が酷い目にあったとイメージしてごらん」
既に奴隷となったゼナだ。家族がひどい目に会っていることなど承知済みである。
が、シンドーが求めたのはより『最悪な場面』。
「俺は勇者だった頃、魔王軍によって破壊された街に立ち寄ったことがある。酷い有様だったよ」
そこでシンドーは小さな子供と出会った。
倒壊した家の間で泣き崩れていた少年はシンドー達を見ると、怒りの形相で睨めつけてきたのだ。
「彼は言ったよ。なんでもっと早く来てくれなかったんだって。お父さんとお母さんが下敷きになったじゃないかってね」
「それは、仕方がないことではないでしょうか」
間に合わなかったのはシンドー達の責任ではない。
が、少年の怒りはその場にいた物へとぶつけられる。
「確かに仕方がなかったのかもしれない。彼もそこは頭の中で理解していた。でもね、彼は何て言ったと思う?」
「え?」
「僕のお父さんとお母さんが味わった以上の苦しみを魔王を与えてくれ。そうしないと、ずっと呪い続けてやるって」
きっとこの先、クロエを尊敬する者から自分は同じことを言われ続けるのだろう。
サイラスやネフィアなんかは表に出てる有名人だ。非難や風当たりの強さはクロエ以上の筈だ。実際に動いてくる者だって、きっといる。自分がそうなのだから。
「終わらないんだよ。だって、全然満ちてないんだから」
憎しむ身になって理解する。
どうにかしてやりたい気持ちだけが疾走していって、飢えている。乾いている。叫んでいる。そのまま放っておいたら喉の先からどうにかなってしまいそうでとても怖い。なんの関係もない他人にまでぶつけてしまいそうになるほどに。
「俺はやるよ。だってそうしないと俺がダメになっちゃう。俺が保てない」
結果になにが待っていてもいい。ただ、求めた以上はやり遂げなければならないと思う。
クロエは死んだ。もう後戻りする選択など、彼らには残されていない。きっと破滅しかないのだろうとわかっていても、シンドーは己の歩む道を止めるつもりはなかった。




