Ⅰ-3 芸術品
サンタイトにはいくつかの都市がある。
その中でも精霊への信仰心が高い人間が集まるのがクライムと呼ばれる街だ。この街に住む人間は基本的に精霊を拝む習慣がある。その為、朝のお祈りは欠かさない。この日を迎えることができた感謝を精霊に送る為の祈りは、彼らの信仰の証なのだ。
が、その一方で例外もいる。暗殺者と呼ばれる職業の人間だ。
「ゼナ。君は精霊様の存在を信じるかい?」
車輪のついた椅子に座る傷だらけのご主人様がエルフの少女に問いかける。
車椅子を命名されたそれを押している少女は戸惑いつつも、自分の考えを小さく述べた。
「私は、失礼ながらいないと思います」
「何故そう思う?」
「だって、おかしいじゃないですか。この地は精霊様のお加護があるのでしょう? だったら、私たちがこんな目にあっているのは絶対におかしいです」
「そうだね。その答えはある意味的を得ている」
問いを出しといてなんだが、シンドーは解答を持っている。精霊は実在している。あの精霊はサンタイトの繁栄をなによりも優先とした思考の持ち主なのだ。
「君は作物を育てたことはあるか?」
「はい。故郷でお手伝いを」
「その時、害虫退治をしなかったか?」
「退治と言うか、魔法でモンスターを寄らせないようにしていましたけど……」
「平和的な思考だ。けど、精霊様のお考えは多少違っていた」
魔王を倒す為の武器を欲し、シンドーは精霊に直接お願いをしたことがある。その時に言葉を交わしたが、精霊はモンスターを害虫とか扱っていなかった。
「作物から害虫から守る方法は簡単に纏めるとふたつある。害虫を遠ざけるか、害虫を殺すかだ。精霊は後者を取った」
「それって……」
「サンタイトにとって、モンスターは害虫だったんだろうね。だからこそ、俺のような害虫退治が必要だったんだ」
そして害虫退治として使われた男は、害虫として駆除されかかっている。わけもわからないまま大人しく駆除されてたまるか。消される前に、こちらから討って出てやる。
「リナ」
「はい、マスター」
待ってました、と言わんばかりにドラゴニュートの娘が前に出てきた。メイド服はそのままで、手足にナイフや薬の類が見られる。彼女はとびきりの笑顔を向けた後、マスターに言った。
「ご注文は?」
「暗殺者の皆殺し。ひとりとて生かして帰すな」
そして、最大の注文を付け加える。
「クロエは特に念入りに殺しておいてくれ。蘇生が不可能になるくらいには」
「畏まりました。では、マスター」
「ああ」
夜の闇の中、シンドーの瞳が大きく開かれる。力を込めて血走る眼球。彼の感情を代弁し、その言葉は放たれた。
「レギオンを刻め」
「はい、マスター」
直後、竜の娘は姿を消した。音もなく、風だけを残して主を同僚のエルフに任せて。ゼナはこれから起きる騒動を想像して息を飲んだ。
「緊張する?」
「……はい」
「素直だね。君のそういう所は好きだ。これからもそうであってほしいよ」
裏切られた勇者にとって、嘘はなによりも毒だ。だが、彼が行おうとしている事は正気の沙汰ではない。同情はできても、同意ができないのだ。だからこそ恐ろしいドラゴニュートが動いている今のうちに聞いておきたいことがある。
「あの、御主人様」
「なんだい?」
「どうしてリナさんはあんなに命令を守ろうとするのですか」
嘗てシンドーは勇者と呼ばれた男だ。今のサンタイトでは彼を崇める祭りも開催されようとしている。英雄といって褒め称える人間は大勢いるだろう。
しかし、リナはドラゴニュートだ。人間でなければドラゴンでもない。ゼナが聞いた『勇者シンドーの物語』にはドラゴニュートの娘の存在などなかった。あの新たな魔王にもなれそうな娘がどういう理由で堕ちた勇者の片棒を担ぐことになったのか、どうしても解せない。
「御主人様は私に正直であれと仰いました。私も、正直にお伺いしたいのです」
「本人に聞けばいいじゃないか」
「そうしようとしましたけど、殺されそうになりましたよ……」
「……意外と頑固だな」
溜息をつくと、シンドーは静かに肩を落とす。
「まあ、本人が喋りたくないなら俺からも語る事じゃないさ。ただ、誤解されたくないから言うけど、別に強要をしているわけじゃない」
「じゃあ、どうしてあんな……」
それ以上はゼナの口から出てこなかった。言葉にするのは簡単だ。彼女がシンドーに抱えている感情は宗教における崇拝と似ている。それこそこの街の人間が精霊の為に祈りをささげるように、リナはシンドーに尽くそうとしているのだ。
「それは彼女も魅入られた生物だからさ」
「なにに、ですか?」
「戦いと、マリスレギオンに」
「なんですか。そのマリスレギオンというのは」
「今は内緒。全部が終わったら話すさ。それに、お喋りはここまでにしておいた方がいい」
遠くからガラスが割れる音が鳴り響いた。シンドーは冷静に、ゼナは怯えるように振り向く。
「始まったよ。ちゃんと終わるまで俺を守ってね」
「は、はい。全力を尽くします!」
と、言いつつもゼナは内心、自分のやることなど殆どないだろうと考えていた。
リナの実力は本物だ。きっと彼女なら、誰が相手でも勝ててしまうだろう。その実力をすべて見たわけではないのだが、不思議とそう思えてしまう安心感があった。
クロエが目覚めたのはガラスが破砕するほんの少し前だった。
目覚めと同時に破砕音が耳に届く。顔を洗うまでもなく意識を覚醒させ、彼は手早く装備を整えた。
襲撃が起きたのは明白だ。誰がやったのかは知らないが、ここで情報と準備に手間取っていれば死に繋がる。盗賊時代からのクロエの持論だ。この持論を持ち込むことで勇者パーティーは何度も危機を脱してきている。
今度もそうだ。冷静に。あくまでクールに対応することで襲撃者を退ける。
「……」
意識を集中させる。優れた聴覚は外から小さく漏れる音を察知。魔法による激しい攻撃ではなく、打撃によって部下と戦闘が起きているのだと判断した。また、襲撃者の場所も特定する。
「ハンニバル」
「はっ!」
誰もいなかった場所に暗殺者が出現する。
部下の名を呟くと、クロエは襲撃者への対応策を指示した。
「襲撃者は玄関口だ。人を向かわせろ」
「生死は?」
「可能なら生け捕りにしろ。仲間がいるかもしれん」
クロエ達が寝泊まりしているのはネフィアが使っている聖堂だ。彼女が留守なのを狙っての行動なのかは知らないが、今のサンタイトのバランスを崩すような不穏分子を放っておくわけにはいかない。揺れるバランスを律するのが自分たちの仕事だ。ゆえに、確実な仕事が求められる。
「建物を無暗に破壊すると後でネフィアがうるさいからな。なるべく外で止めるぞ」
「承知――――」
頷きかけた途端、ハンニバルが闇へと消えた。
床から鳴り響いた破砕音と共に打撃音が調和していく。不快なメロディーを耳にし、クロエは敵の侵入を許していたことを察した。
様々な思考を回すが、同時にこの場から撤退すべく足を動かす。
「く!」
床から槍のような突起物が飛びだしてきた。それはクロエの位置を正確にとらえ、障害物を無視して貫通していく。一度でも当たったら足はマトモに機能しないだろう。
だからクロエは突起物に直接攻撃を仕掛けることにした。
「ふっ!」
素早く毒塗ダガーを手に取り、突起物に切りかかる。横一線で繰り出された毒が命中し、突起物から僅かな赤い鮮血が飛んだ。
なにかしらの生物の身体の一部だ。クロエは確信すると、ここからいかにして脱出するかを考える。
ハンニバルと話している間に玄関口はアッというまに突破されてしまった。相手をこれまで戦ったモンスターと同等だと考えない方がいい。そんな奴がこの街に侵入していること自体が問題なのだ。
街中を監視させておいた部下はなにをしている。自分もこんな化物が潜んでいたなんて聞いていない。
あらゆる思考を回転させるクロエだが、結局それが纏まる事は無かった。
逃走先の床を破って巨大な翼が出現したのだ。
「ぐっ!」
足を止めるが、身を翻すよりも前に首を掴まれた。そのままゆっくりと持ち上げられ、クロエはようやく襲撃者の正体を知る。
「ドラゴニュート……!?」
月明かりからうっすらを見える輪郭。表情は人間そのものなのに、皮膚の鱗や頭の角、尻尾や羽と著しく違う生命。サンタイトではレアな魔物に分類されるソイツの姿を見て、クロエは僅かに嗚咽を漏らす。首を掴んだ腕に力が籠ったのだ。同時に熱を感じる。
焼き殺す気だ。直感的に感じ、クロエは反撃を試みた。振り子のように胴体を揺らし、足を娘の腕に振るう。その爪先から飛びだしたのは仕込み刃だ。毒がたっぷり塗りこまれた刃が、ドラゴニュートの鱗を傷つける。
「……!」
眉が歪んだ。痛みを感じた証拠だ。これをきっかけに脱出を図ろうとするが、リナはびくともしない。
氷のような表情に再び戻ったかと思うと、クロエを掴んだまま振りかぶった。
「!」
翼が伸びて急降下する。
下の階に設置されていた精霊像に脳天を叩きつけられた。頭から全身に衝撃が走る。なんとか意識を繋いだ状態だったが、そんなクロエに追い打ちがかけられた。
「うぐ!」
「終いです」
精霊像ごと首を絞められる。強靭な鱗の腕が捻られたと同時、暗殺者リーダーの首は精霊像と共にあらん方向へと捻じ曲げられた。抵抗していた手が動かなくなった瞬間、リナは呟く。
「まだですね」
リナに与えられた使命は2つ。
暗殺者の抹殺。これは済ませた。事前に入手した情報を辿った結果である。暗殺者を壊すのは始めてだったが、想像以上に簡単な仕事だったのは幸運だ。彼らは素早いが、コロシアムで戦った魔物たち程ではない。反撃できたのもこのクロエくらいだ。
問題はそのクロエである。シンドーは特に特に念入りに、と命じた。首をどうにかした程度ではダメだ。もっと残忍で、もっと狡猾で、もっと見せしめにするような方法でなければならない。
ある種の芸術だ。御主人様は凶器に芸術品を求めている。
「……ふぅん」
リナは困ったように首を傾けた。壊すのは得意だが、創造するのは始めての経験になる。いかんせん料理すらまともに作れないのだ。どうやって芸術品を作り上げようか。この素材をどう使えばマスターに褒めてもらえるだろう。
解毒の準備をしながらも、ドラゴニュートの娘はぼんやりと完成図を想像し始めた。




