Ⅰ-2 勇者パーティー
サンタイトでは今年、新たな祭りがおこなわれる。1年前の魔王討伐を祝した『勇者祭』だ。人間の尊厳を守る為に魔王と相打ちした勇者シンドーの魂に感謝の意を送る為の祭典である、というのが祭りの趣旨である。
祭りはサンタイトの各地で実施される。その期間は長く、2週間を予定されていた。長期間実施されるのは理由がある。当時の勇者パーティーが集まり、各地を移動していくからだ。
サンタイトのは広い。人間が住む場所を一通り回るのはそれなりの時間が必要なのである。彼らは祭りの主役だった。しかし、だからと言って必ずしも主役が乗り気とは限らない。
「主よ」
聖女――――ネフィアは祭りの意義に否定的だった。
使えるべき精霊の像の前で膝を折り、祈りの姿勢で問いかける。フードのようになっている修道服に覆われて顔は見えないが、声から悲痛感が伝わってくる。
「この度、勇者祭がおこなわれることになりました。今日までの間、また皆さんが無事に暮らせることに感謝いたします」
が、
「私には今でもわからないのです。あの選択が正しかったのか――――!」
ネフィアは知っている。
サンタイトの人々が言う、勇者と魔王の相打ちなどなかったことを。
本当は帰りの道中で自分たちが手をかけたのだ、と。
この事実を知るのはサンタイトでも一握りの人間だけだ。当時の勇者一行、サンタイト国王、大臣、兵士長――――いずれも今のサンタイトでは組織の長として君臨している身である。
ネフィアも教会の長として任命された身だ。しかし、そんな立ち位置が欲しくて魔王討伐の旅に同行したのではない。ネフィアは人間の尊厳と自由の為に魔王を倒す旅に出たのだ。それが正しいことなのだと信じて、3年間旅をしてきた。
そして旅が終わった今、ネフィアは後悔と懺悔の念に飲まれてしまっている。
「主よ。本当に、あの方はこの大地に災いをもたらす者だったのでしょうか。私は3年、あの方を見てまいりました」
旅が始まったころ、彼はまだ16歳だった。勇者一行の顔となる存在は、他の誰と比べても若く、素直な少年だった。
自分を姉のように慕い、勉強を乞うた。
サイラスを師のように崇め、剣技を会得した。
クロエとは友人のように笑いあい、薬草の知識を吸収していった。
魔王討伐の前夜。ネフィアは寝床で主の言葉を聞いた。
何度も会話し、自分たちを助けてくれたサンタイトの守護者の言葉である。
『ネフィアよ。お前たちは選択を迫られるだろう』
『主よ。どういうことですか? 私たちは明日にも魔王を倒します。その決意に揺らぎは有ありません』
『そうではない。シンドーのことだ』
『シンドーの?』
精霊は嘗てない重々しい口調で自分を信仰する女に言う。
『あやつはこの大地を滅ぼす要因になるだろう。止めることができるかは、奴の近くに居たお前たち次第』
『そんな! どういうことなのですか!?』
ネフィアが問いかけた時、精霊は消えていた。
ベットから目が覚めた聖女は、悪い夢を見たのだと自分を叱った。彼がサンタイトを滅ぼす。そんなことがあるわけがない。
例え本当に精霊様のお告げだったとしても、きっとなにかの間違いだ。
その時はそう思っていた。
しかし――――
「よう、ネフィア」
当時のことを懺悔しようとしていたネフィアの耳に、聞き慣れた声が届く。
ネフィアは祈りの姿勢を解かぬまま口を開いた。
「クロエ。今は祈りの最中です。また後でお願いします」
「と、いわれてもな。もう時間だぜ」
クロエが言うのと同時、教会に鐘が鳴り響いた。
「サイラスはもう出たんだそうだ。お前も行かないと遅刻するぞ。なんたって、最初の勇者祭だ」
祭りの顔は勇者一行。つまり自分たちだ。主役が遅れたら折角の祭りも冷めきってしまう。それでは折角の平和が台無しだ。
クロエが言いたいことはわかる。
「精霊様もわかってくれるぜ。だからお前も行けよ」
「まるで私に早く出ていってほしいみたいですね」
「そんなわけないだろう。3年間も苦楽を共にした仲じゃねぇか」
馴れ馴れしげに肩を掴む。ネフィアが不機嫌げに振り返った。
が、彼女の怒りの視線を物ともせずにクロエは言う。
「それに、共犯者だろ。俺たち」
「私は……」
「違わないさ。確かに、直接命令されていたのは俺だ。でも、お前たちは俺に協力してくれた。立派な仲間だろ?」
クロエはシンドーの仲間になる以前に、サンタイト国王からある命令を受けていたらしい。
シンドーの抹殺だ。王がどういう考えでシンドーを排除したがっていたのかはわからないが、クロエは最初から勇者を殺害するつもりで近づいていた。
傍から見て仲良く見えていたのも、すべて暗殺者が仕込んだ演技だったのである。
「今更どうして悩む必要がある。お前もサイラスも王に逆らえない。だからシンドーをやったんだろうが」
「止めてください!」
だが、だからといって。人類の為に戦ってくれた少年に対して、どうしてこんなことが言えるのだろう。3年も一緒にいたのだぞ。
「なんだ、その目は」
「……私にはあなたが判りません。どうしてそんなに割り切れるのですか」
「割り切らないとできんぜ。暗殺者なんて仕事はな」
「……!」
「時間だ。お前の足は遅いからな。早く出ないと最初の街に間に合わないぞ」
「あなたはどうするのです」
「俺の足ならお前とサイラスに追いつくのは容易いさ。ぎりぎりまで仕事をする。事件もあるからな」
サンタイトの暗殺者は素早い身のこなしで人間同士のいざこざを解決していく。国民は彼らを調査団とも呼んでいた。華麗な手際と身のこなしで犯罪者を血祭りにあげ、平和を維持する。これが今の暗殺者の仕事なのだ。
「魔王が消えてから人間が起こす仕事が多くてな。お陰で、刃こぼれも少なくて済んでるがね」
「……わかりました。先に行っています」
「ああ。急げよ」
不満げな顔はそのままで、ネフィアは精霊像の間から退出。
しばし静寂の時間が訪れたが、不意にクロエは振り返った。
「それで、例のイアン殺害の件については?」
精霊像から黒い影が飛びだす。クロエと同じ黒装束に身を包んだそれは、長の前で膝を折ると報告し始めた。
「はっ。直前に契約の約束をしていたと言う、商人のバースゴックを調べました」
「火をつけたのはそいつか?」
「いいえ。バースゴック自身にも火傷があり、寧ろ被害者だと思われます。今は家で治療に集中していました」
「引き続き、目を離すな。何か知ってる可能性がある」
「はっ!」
影が消える。一瞬で教会から飛びだした部下を目で追いつつも、クロエは険しい表情をつくる。
モンスター奴隷の調教を行っていたイアンが殺された。ここまではよくある話だ。犯人を追うのも、自分たちの仕事だから納得できる。
しかし、納得できないのは犯人についてだ。イアンの調教モンスターには魔王城に生息していた者が含まれているという。しかも、その死骸も発見された。クロエは彼らと実際に戦った事がある。どれもまともに戦ったら苦戦は避けれない難敵だ。ネフィアとサイラス、そしてシンドーが揃ってようやく安全に戦うことができる。そんなモンスターたちが殺されたのだ。魔法枷を付けられて本来の力を発揮できないとはいえ、彼らがただの人間に殺されたとは思えない。
より強力なモンスターか。
あるいはシンドーのような超人なのか。
もし、後者だったとしたらソイツは何者なのだ。あの魔王との戦いで世界中を旅したが、そんな力の持ち主なんて聞いたことがない。それこそ、シンドーでもない限りは不可能ではないだろうか。
「……まさか、な」
一瞬、深読みをする。
が、ありえない話だ。シンドーがこの世にいるわけがない。凶暴なモンスターが潜む暗黒大陸で手足をもぎ取ってやったのだ。生きている道理がない。
サイラスとネフィアの懇願で心臓までは刃を差し込まなかったが、あれで生きているのならアイツは人間じゃない。それこそ、モンスターだ。
捕まえた暗殺者を拷問にかけた結果、面白い話を聞けた。
勇者祭で各地に出向く為、元勇者一行が再び集まるのだという。サイラスは既に最初の街に出発し、ネフィアも先程旅立ったのだそうだ。
そして今、この街にはクロエしかいない。
「クロエは何時、出るのですか?」
「き、聞いてみます……」
リナと同じ服を纏ったゼナが、捕えた暗殺者の頭に魔法をかける。銀の粉のようなものが舞い散ったかと思うと、暗殺者は大きく目を見開いて喋りはじめた。
「2日後……クロエ様の足ならば、速く王都に着ける」
「随分余裕なのですね」
ドラゴニュートのメイドが暗殺者を見下す。鎖で手足を縛られた暗殺者は、抵抗することができなかった。ただ情報を垂れ流すだけである。
「では、クロエの寝床と情報を与えなさい」
「誰が貴様ら等に……」
「ゼナ。お願いします」
言い切る前にエルフのメイドが再び魔法をかける。暗殺者は自分が喋った内容を覚えていない。今、自分は捕えられても情報を一切与えていないと錯覚しているのだ。
「本部にクロエ様の寝室がある。あの方が休む時は、周りに護衛がつく」
「装備は?」
「アサシンダガーとポイズンナイフ。薬草に水晶を持っている」
「魔法使いの類は?」
「いない。クロエ様は暗殺者の長だ。ゆえに、護衛にも暗殺者が付く」
「では、護衛についている者はあなたよりも強いですか?」
「私も護衛についたことがある。訓練でも成績は悪くない。戦闘なら、五分五分だろう」
「結構です」
一通り聞きたい情報を収穫すると、リナのスカートから尻尾が伸びた。蛇を思わせるそれは暗殺者の首に纏わりつくと、一気にへし折る。
「ひっ!?」
「ごめんなさい。すぐに殺さないとなにをするかわからないから」
突然の行為に驚くエルフメイドを簡単に宥めると、リナは尻尾を引っ込める。
そのまま部屋から出ようとすると、エルフメイドは尋ねた。
「本当にやるんですか?」
「もちろんです。マスターのお望みですから」
リナはクロエに恨みなどない。
しかし、御主人様にはある。それがすべてだ。彼が殺せと命令するなら、それ以上の理由などない。
「どうして、あの人の復讐を手伝うんです?」
ゼナは思う。
自分と違い、リナには力がある。恐らく、今のシンドーなら簡単に倒してしまうだろう。魔法枷も外されているようだ。にも拘らず、彼女がシンドーに従っている理由がわからない。
しかも、彼が求める仕事はかなり難易度が高い。倫理は置いといて、まともな思考の持ち主なら絶対にやろうとしないだろう。
「あなたが言いたいことはわかりました」
問いかけを聞き、リナは振り返る。半目になってこちらを見てきた。
「あまり快く思っていないのですね。マスターのご命令だというのに」
「い、いえ。決してそういうわけでは!」
「二度はありませんよ。次に同じことを聞くなら、私はあなたを殺さないといけません」
ドラゴニュートのメイドが左手を前に突き出す。指と指の間から僅かに炎が漏れた。
ゼナが数歩後ずさるも、リナは表情を変えずに続ける。
「これはマスターにとって大事なことなのです。あなたにとってはいけないことでも、それを安易に口にしないでください。不安要素は排除しなければなりませんから」
「は、はいぃ……」
涙目になって震えあがる。シンドーによって魔法枷を外されたとはいえ、リナの前ではゼナも下等生物だ。実力差がありすぎる。
「では、今夜にもクロエを殺そうと思います。マスターのこと、お願いしますね」
「わ、わかりました……あの」
「なんでしょう」
「私たちが離れていますけど、あの方は大丈夫なのでしょうか」
リナはシンドーのお守りのことを考えてゼナを買ったのだという。
当然ながらリナの手伝いもしているのだが、それにしたって放ったらかしにし過ぎではないだろうか。
「大丈夫です。私がいますから」
「え?」
「ただ、私がマスターの代わりに手を出す時だけは集中力をそちらに割く必要があります。だから代わりにマスターを頼める方が必要なのです。お分かりですか?」
冷めきった視線を送られる。彼女はゼナを見ようとしていない。見ているのは、あくまで目の前にあるマスターの彼の命令だけだ。
「しかし、安心しました。今日中に殺せなかったらマスターになんとご報告すればと思っていたのです」
「勇者祭のこと、御存知なかったのですか?」
「はい。まさかマスターを出汁にしてお祭りをするとは思いませんでした。そこに出ようとするのも予想外でしたし」
しかし、幸いにも最大のターゲットはまだ出発していない。だったらまだ間に合う。
さあ、急ごう。さあ、やろう。さあ、殺そう。
マスターが望むまま、残酷に、冷酷に。
クロエを刻んであげましょう。
そうすることがマスターに生の実感を与える。そして、自分にも与えてくれるのだ。
ああ、早く言ってくださいマスター。
リナは内に湧き上がる高揚感を感じつつも、命令を待つ。
全ての準備は整いました。
後はあなたが一言、仰っていただければいいのです。
レギオンを刻め、と。




