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マリスレギオン  作者: シエン@ひげ
第1章 クロエ
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Ⅰ-1 羽の生えたメイドとエルフ奴隷

 コロシアム崩壊の知らせは瞬く間に闇市場に広がっていった。オーナーのイアンはモンスター奴隷の先駆者だ。彼を失ったことは、モンスター奴隷の入荷が難しくなったことを意味している。

 勿論、イアンだけがモンスターの調教を行っているわけではない。魔王の脅威が去り、モンスターが人間よりも下の立場であることが確立されたこの世界において、彼らはいい労働力だった。欲しがる場所は幾らでもある。そこに金の匂いがあるなら一儲けをしようと動く人間が出てくるものだ。

 実際、イアンが死んだからといって奴隷市場が閉鎖するわけではない。奴隷の売買は平然と行われる。


 ここ、パルミラの街でも同様だ。サンタイトの富裕層が集まるこの街では、見栄えのいい奴隷モンスターの売買が盛んである。


「それでは、本日のモンスター奴隷の紹介を行います」


 司会を務める男が口を開くと、彼を取り囲む貴族たちが一斉に拍手を送る。

 喧しい欲望の音だ。そう思いながらも、錠をかけられたエルフの少女は貴族たちの前へと姿をみせた。カーテンの奥から見えた金髪白肌の少女を見て、貴族の男たちが歓声をなげる。


「……」


 エルフは男たちの歓声を聞き、露骨に舌打ち。その態度を見ると、司会者はすぐさま説明し始めた。


「ご覧の通り、このエルフは反抗意識があります。どう調教するかは購入者の意思次第なのです!」


 にこやかな笑顔で説明する男を一瞥し、少女は敵意に満ちた視線を送る。が、男は沸き立つ男性客の盛り上がりに満足しており、商品であるエルフの意思など気にも留めていなかった。彼らが興味を持つのは目先の利益だけだ。


 少女はここに連れてこられる前のことを思いだす。

 故郷の森で可愛がってくれた長老は口癖のように言っていた。


『よいか。もしも魔王が勝っても、人間が勝ってもろくな世界にはならん』

『長老様。それはなぜですか?』

『どちらも欲望で戦っておるからじゃよ』


 もちろん、どちらの陣営も全員がそうだったわけではないのだろう。だが、両陣営のトップは間違いなく欲望に目を眩ませていた。


『魔王は新たな労働力と資源を欲してサンタイトにやってきた。しかし、その一方で人間側もモンスターの力を欲しておる。どっちが勝っても碌な世になりはせんわい』


 この頃、人間は魔法枷という技術を完成させていた。簡単に言ってしまうと、モンスターの力を制限する魔法の枷だ。はめられた最後、抵抗する力を失ってしまう。今の自分のように。

 長老が危惧した未来はあっさりとやってきてしまった。勝った人間側は水を飲むかのように資源を汲み始め、人間以外の生物を道具のように扱い始めている。


 なぜ、こんな醜い種族に力が与えられたのだ。

 少女は心から思う。これから自分を待ち受けているであろう地獄を想像すると、誰かに明確な答えを教えてほしかった。


「では、さっそくまいりましょう。なにか質問がある方はいらっしゃいますか?」

「よろしいでしょうか」


 男たちの薄笑いを切り裂き、凛とした女性の声が響いた。

 その場にいる全員が女の顔を見る。


 メイドだった。

 女中の衣服を身に纏った羽の生えた女が、じっと司会者を見つめている。人間から程遠いその姿は、誰がどう見てもモンスターだった。


「彼女は文字の読み書きは行えますか?」

「もちろんです。エルフは筋力はないものの、高い魔力と学習能力を持っています。彼女は若いですが、一通りの教養は持っていますよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 羽が生えたメイドが手を降ろす。男たちが訝しげに彼女を見守る中、司会者は進行を再開した。


「では、あらためまして奴隷の売買を行いましょう。では、まず金貨100枚から!」


 パルミラの奴隷市場はオークション形式で行われる。

 最初の設定額は奴隷の種族によってばらばらだが、エルフは姿形が人間に近いためか高価で取引されていた。知能が高く、使用人としての価値が高いのも拍車をかけている。当然ながらそれ以外の目的を持ってエルフを買おうとする人間も多い。

 オークションは貴族たちの道楽だ。他者よりも金をかけて手に入れた物にこそ価値がある。暗黙の共通認識だ。


「500で」


 が、そんなオークションの流れを無視していきなり高額の金貨を叩きつけた人物がいた。先程のメイドである。


「え!?」

「500!?」

「な、ならこっちは520だ!」


 誰かが負けじと言い放つが、メイドは淡々とした口調で続ける。


「800で」

「はっ……!?」


 オークションは少しずつ落札額を積み立てていくのがセオリーだ。もちろん、お金の調整のしやすさも兼ねている。

 しかし、そんなパルミラのセオリーなんてなんのその。メイドはトドメを刺すとでも言わんばかりに、周りの貴族たちに向けて言い放つ。


「まだ来る方はいらっしゃいますか?」


 挑発的な発言だった。同時に、余裕もうかがえる。

 このまま上乗せしていっても、更に法外な量の金貨を出す。そんな気迫を感じることができた。貴族たちは沈黙。それを彼らの最終決定と受け取り、司会者が場を閉める。


「では、落札者はこちらのメイドさんです」

「失礼ですが、すぐに持ち帰らせていただくことは可能ですか?」


 メイドが立ち上がり、無表情なまま問いかける。


「可能ですが、他の奴隷は見ていかないので?」

「はい。マスターが欲しているのは彼女ですから」

「……わかりました。では、こちらへ」


 メイドが司会者に促され、契約のやり取りをする。

 彼女に買い取られたエルフの少女はそのやりとりを呆然としながら見つめていた。








 結局、エルフの少女はスムーズに買い取られた。

 男たちの悔しげな視線を背に感じつつも、メイドに連れられて奴隷市場を後にする。


「あ、あの」


 振り返りもしないまま先頭を歩くメイドに声をかける。

 彼女は魔法枷から伸びる鎖を握っていた。今、少女の命を握っているのは間違いなくメイドだった。


「私、どうなるんでしょうか」

「マスターにご協力していただきます」


 羽が生えたメイドは振り返らないまま答える。こちらからだと顔は見えないが、なんの感情も浮かべていない表情で言っているのだろうと予想できた。


「マスターって、あなたのご主人様?」

「はい。詳しいことは、マスターに直に会ってお話することになるでしょう」

「そ、そうなんですか」


 普通に話している筈なのに、このモンスターメイドからは他者を近づけさせないオーラのような物を感じる。

 言ってしまえば見えない壁だ。無言で前を歩くその姿が、エルフの少女に『余計な事を口にするな』と圧力をかけてきている。背中越しから放たれる圧力に緊張しつつも、少女は黙ってメイドの後に続いた。

 そのまま会話のやり取りが行われないまま、やがてメイドはある宿の前で足を止める。


「ここです」


 扉を開けた。

 あまり大きくない宿だ。大金を払って自分を買ったのだから相当な金持ちなのだと予想していたが、思っていたよりも小ぢんまりとした宿に泊まっているらしい。


 カウンターにいるおかみさんに軽くお辞儀をし、メイドは二階へ。そのまま一番奥の部屋へと進んでいくと、そこで足を止めた。

 扉を軽くノックする。


「誰だ」

「マスター、私です。ご希望の商品を持ってまいりました」

「ありがとう。入ってくれ」

「失礼いたします」


 思っていたよりもずっと若い男の声だ。たぶん、自分と同じか少し上くらいの男性のものである。

 『マスター』がどんな人物なのか興味を持ちながらも、少女はメイドに続いて部屋へと入っていった。


「し、失礼しま――――!?」


 明かりがついていない薄暗い空間の中、そいつはいた。

 片足と片手を失った男だった。全身を包帯に包んでおり、その隙間から僅かに見える片目が少女の姿を射抜く。


「ひぃっ!」


 一言で纏めてしまうと、かなり威圧感がある『マスター』だった。椅子に固定されているのもあり、妙な不気味さを感じてしまう。反射的に逃げ出そうとしてしまった。が、首に繋がれた魔法枷の鎖がエルフの脱走を許さない。


「申し訳ありません、マスター。彼女が無礼を働きました」


 鎖を引っ張り、エルフが『ぐえ』と悶絶。そのまま引っ張られると、彼女はマスターとメイドの間に転んでしまう。


「エルフか。随分といい買い物をしたね」

「マスターのやり方を学びました」

「やり方?」

「目玉商品以外は目もくれていません」

「なるほど」


 包帯が苦笑する。ふたりにしかわからないエピソードがあるようだ。


「じゃあ、あらためて。始めましてエルフさん。俺が君のご主人様だ。名前はシンドーという」

「シンドー?」


 その名前はエルフも知っている。1年前、魔王を倒したと言われている勇者の名だ。

 珍しい名前なので、はっきりと覚えている。


「もしかして、勇者シンドー?」

「……勇者シンドーは死んだ。俺はただのシンドーだ」


 これ以上の問答を避けるかのようにシンドーは口を閉じる。

 代わりに、別の話をし始めた。少女自身の今後についてだ。


「さて、君にはこれから俺の願いを叶える手伝いをしてもらう。買われた手前、拒否権はないと思って欲しいな」

「願い、ですか?」

「ああ。そんなに身構えなくていい。難しいことじゃないから」


 そう言うと、シンドーはメイドを手招きする。

 羽の生えたメイドは無言のまま主の横に移動し、彼の言葉を待った。


「彼女はリナ、ドラゴニュートだ。君はこれから彼女の手伝いをする。言ってしまえば補佐だ」

「はぁ……?」


 いまいちピンときていない表情で少女は首を傾げた。

 当然だ。シンドーがいう仕事内容には具体性がない。


「あなたにお願いしたい仕事は、私から伝えます」


 メイドが感情のない顔で言ってくる。


「残念ですが、私は読み書きが得意ではありません。家事の面もすべてあなたにお願いしますので、そのつもりで」

「ええ!?」

「なにか不満でも?」

「え、いや……不満はないですけど、メイドさんなんですよね?」


 人間社会を詳しく知っているわけではないが、メイドがやる仕事は知っている。

 主人の世話をするのがメイドだ。だから家事のスキルが求められるし、文字の読み書きといった教養も求められる。


「これは彼女が着たいと言ったから与えたんだよ」


 シンドーがエルフの疑問に答えた。


「俺の目的を達する為に必要なら、どんな物でも与える。リナにはそう命じてるんだ。君も、欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ。必要だと思ったら与えよう」

「あ、ありがとうございます……」


 まだなにも与えられたわけではないのだが、思わずお礼を言ってしまった。

 が、シンドーは小さく笑いながら続ける。


「全部終わったら、俺を殺してくれても構わない。俺の首を取れば、君は魔王になれるかもね」

「え、ええええええええええええええええええええええ!?」


 どこかからかうような口調で言われた。しかし、内容はまったく笑えない。心なしか、リナの表情に怒気が生まれた気さえした。


「マスター。よろしいでしょうか」

「ん?」


 シンドーの言葉を切るようにしてリナが言う。


「必要な物は手に入りました。私が離れていても、彼女の枷を外せば安全は保障されるでしょう。また、彼女がいれば食事も困りません」

「俺はリナが焼いた肉も好きだけど」

「……あれは、ダメです。焦げすぎてマスターのお腹によろしくありません」

「ああいうのがいいんだ。生きているって実感が湧き上がる」


 どうも苦労をしている主従らしい。

 会話からなんとなく察し、できるだけ美味しい料理を作ろうとエルフは決意した。


「マスター。そういう実感は別の形で約束します」

「へぇ」


 シンドーの口元が歪んだ。包帯越しでも分かる。少女は背筋に走る寒気に耐えつつも、目の前のご主人様の言葉を聞いた。


「じゃあ、そろそろやってくれるんだね?」

「はい。マスターのお仲間を、二日後に殺します」


 羽の生えたメイドが小さく紡ぐ。少女の目が丸くなったことを気にも留めずにリナは報告する。


「最初はサンタイトの暗殺者部隊の隊長、クロエ・ベリフェンリードです。いかがでしょうか」

「良いと思うな」


 従者の言葉を受け入れ、シンドーは満足げに笑う。その瞳に血の色が滲んでいく。


「ひとつ、注文をつけていいかな」

「なんなりと」

「殺す時はできるだけ残酷にしてあげてよ。そして他の連中に示してやるんだ。俺はここにいるぞって」

「はい、マスター。あなたの望むままに」


 少女はなにも言うことができなかった。できることなら今すぐこの部屋から出ていきたい。目の前にいるふたりと関わったら、きっと恐ろしいことが待っている。


「ああ、そうだ」


 シンドーが少女を見る。怯えるエルフを見て、彼は優しく微笑んだ。


「心配するな。全部上手くいけばいいだけの話なんだから」


 あっさりと言ってのけた。かつて勇者と呼ばれた男は、先程見せた残忍な瞳を隠しながらも語りかける。


「今日から君はゼナだ。上手くいくまでの間はその名前でやり過ごすといいだろう」

「…………」


 ゼナはなにも言えなかった。身体を動かすことさえもできずにいる。ただ口を間抜けに開けて、呆然とするだけだった。

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